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本当のマントラ

ものを言う必要は何もない

ドドドン ドドドンの

はやしだけで十分


このはやし以外の文明が

出来上ってしまった

そして 文字と言葉の文明を

つくってしまった

人類はそれから地におち

悩みを持つ生き物となってしまった


ものを言ってはダメ

文字を書いてもダメ

それは間違った文明である

初めに文字も言葉も無かった

「振動」だけがあった

リズムだ

音楽だ


音楽という学問はすばらしい

それは原始の謎を解く秘訣である

原始には振動する音だけがあった


文明人は言葉 文字をつくった

そして宇宙と人間の 調和した「振動」の世界を

地におとしてしまった

悩みもそこからおきた


人類は今だに その暗闇

即ち間違った文明からぬけられなくて

文字をつかい 言葉を使っていて

その間違った文明から

ぬける術(すべ)を発見できず

悩むばかりである


宇宙と人間の元来ある「振動」

即ち調和のとれた「振動」をとりもどせずに

悩みつづけているのだ


元々の「振動」人間

「波動」的人間にかえれ

そうでなければその間違った

言語文明からぬけられない


ドドドン

ドドドン

ドドドンのドン


ドドン ドドン

ドドン ドンドン


このはやしの音 波動を

唱えよ


人は救われる ただちに

救われてくる 人よ!!


2009.10.11.
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| 2009年 | 08:45 | TOP↑

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日没の踊り

人は生きている自分を直視することなしに

ただ生きていることのみに 

汲々としている


生きていることを直視する時 

喜びがそこに湧いてくる


だが人は 喜びのない生をおくり続けている

生きている今を見ないで 

欲が前へ前へ 前進している

それは本当の生ではない


今をよく見て生きること

今をよく見て 喜びつつ生きること

そこに踊りが出てくる


踊りなくして生きている人間は

本当の生き方ではない

常に今の生を見て喜び

それを土台として まともな人間とならねば

生きているとは言えない


欲の前進しかないような生は

無駄である

無駄な一日一日でなく

生を喜ぶ知恵をもってこそ

まともな人間と言える


人が喜んだ時は 踊りがでてくる

踊っていない人間は 

生の欲のみで生きている人間であり

それはまともではない


人は毎日の生を喜ばず

次の日次の日と 欲の手を伸ばしている

次を 明日を生きることを考えずに

今日一日 生きたことを喜ぶ


感謝の気持ちを踊りに変える

それはお祭りという感謝の喜び


今日一日を生きた喜びをもって

人生を幸せ感で 満たさなければならない

これが自然である


自然の中での喜びの祭り 踊りなくして

本当の人間とは言えない

ひょっとこ踊りも 感謝の気持ちの現われである

踊りは喜びの姿である

感謝からくるお祭り 踊りなくして

生きる生は間違っている


踊りが常に必要である

その踊り 即ち感謝がないと

人生はまともではない

まともになると いつも踊りがでてくる


いつも踊っている人たちがいる

その人たちこそまともである

踊りながら 飯炊きをし 食べ子守りして

踊りながら 日没を迎える

そんなまともな人が まだいたるところにある


踊りをすることを忘れてはならない

これが本当の日没の姿である

日没の時は

感謝して踊るという神の声であると心得よ


日没は踊れという言葉である

日没は踊りに添えられた音楽である

日没の美は一日の感謝のお祭りを照らす

その踊りに添えられた音楽と

沈みゆく太陽とともに踊れ


2009.09.16.

| 2009年 | 16:48 | TOP↑

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原始の振動の世界

ものを言う必要は何もない

ドドドン ドドドンの

はやしだけで十分


このはやし以外の文明が

出来上ってしまった

そして 文字と言葉の文明を

つくってしまった


人類はそれから地に落ち

悩みを持つ生き物となってしまった


ものを言ってはダメ

文字を書いてもダメ

それは 間違った文明である


初めに文字も 言葉も無かった

「振動」だけがあった

リズムだ 音楽だ


音楽と言う学問はすばらしい

それは原始の言葉である

原始には振動する音だけがあった


文明人は言葉 文字をつくった

そして宇宙と人間の

調和した「振動」の世界を

地に落としてしまった

悩みもそこからおきた


人類は今だに その暗闇

即ち 間違った文明から

ぬけられなくて

文字を使い 言葉を使っていて

その間違った文明から

ぬける術(すべ)を発見できず

悩むばかりである


2009.10.11.

| 2009年 | 22:55 | TOP↑

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感謝は魂の古里

魂とは感謝の別名

感謝の別名は魂

感謝の寝床の上でねてしまう

感謝 魂なる者よ!


寝てとけてしまえ

秋祭はその祭りだ


感謝は魂そのものである 

それが 秋祭として

あらわれて来ている


無知 無学な人々のつくった文化が 

秋祭としてのこっている 

秋祭の偉大さがそこにある

昔の人はそんな立派なものを のこしてくれている


人は感謝という魂の古里にかえると

「感謝」という古里の中に とけ込み

この世界を忘れて 寝てしまうのである


即ち古里の中へ とけ入ってしまい

ドドドン ドドドンの踊りが始まるのである

「秋祭」はその文化祭である


「秋祭り」は 魂が古里の詩の中へとけ入る時の

祝いの祭りである

ドドドン ドドドンの音の中へ消え寝てしまい

おどり出す祭りの瞬間である


そこに永遠の世界があり 時の流れる世界がある

感謝の中へ 永遠なる中へ


時は感謝の変身である

感謝以外に何物もない

永遠が時であり 時は永遠である


時は感謝そのものである

その時の上にゆられて

我々は寝てしまうのである

感謝の寝床の上で 寝てしまう者よ
  

2009.10.15.

| 2009年 | 08:25 | TOP↑

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秋祭とは

秋祭のよさ

これぞ 本物のする事

人間に最も大切なもの


太古の人はこうであった

一元も二元も 知識もなかった

そして幸せであった


むろん言葉もなかった

言葉は 悪魔の作ったものである

それを使って人は 悪魔の仲間入りをする


言葉は悪魔の使い手

悪魔の使い手が言葉である


金も知恵もそうだ

悪魔は仲間を作る為に

それらを人に与えた


悪魔の仲間入りしたのが人間だ

言葉を使う生きものだ


悪魔は仲間を増やした

それが人間である

自分を善人だと思わされて

言葉を捨てずに過ごしている


大昔は言葉も詩も二元も

芸術もなかった

むろん美もなかった


あったのは 感謝だけであった

秋祭の場だ 行為だ 

それが今も残り 伝えられている


何はともあれ ドドドンと唱えると

秋祭がつくり出せる

ありがたい方法を見つけたものだ

有難い


ドドドン ドドドン ドンドンドドドン……


「感謝」の秋祭り

無学な人々の 農民の持った

すぐれた文化だ


秋祭


2009.10.02.

| 2009年 | 15:44 | TOP↑

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