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折り返し運動は甘えと遊戯をつくる

本当の遊戯とこの世での遊戯(この世的遊戯)とはちがう
この世的遊戯とは 自分の力と知力を以って 遊ぶことである
しかし本当の遊戯とは自己の無力を知り
どうにもならなくなった時 苦しまぎれに 最も信頼出来る者に
甘えて頼み込む 頼み込むという事は 甘えがあるから
出来るのであって
いくら苦しんでいても他に頼らない時がある 
それは相手のよしあしや いやな奴には頼みに行かない 
それは親しくないからであるし
その他者に甘える事の出来ない空気を自分がもっているからである

だから太陽の笑いに甘えて頼み込むのは
親と子の関係のようである
そしてすがり付く それは甘えられる人や者であるからである
その甘えが その者との関係において「遊戯」となるのである

即ち 関係の中にある綱である
何らかの綱のない所には頼みにいけない 
その関係をもとにもどす事は遊戯即ち(折り返し)
即ちもとの関係に戻す事である

人は常に自分流に生きもっとも関係の深いもの
たとえば親と子でも何とかして自力で何とかしよう
出来るとして頼みに 甘えにいかない
行くという事は折り返し法則に従ったことになる

                   子
img004.jpg 親
                     
親の許に帰ってくる事
この運動こそが本当の遊戯ではなかろうか
この時に自力のない時におきる

太陽に甘えて遊戯すると心に余裕が出てくる
心に余裕が出てくると他者の言う事を
ゆっくり聞き受け入れられてくる 
今までは「知」で相手の言う事に対応していた事が
分かってきた

知でなく受け入れる事である
それも一つの遊戯だ

太陽に甘え遊戯する(折り返し法則)事になると
他者とも遊戯する(神話)(宇宙的)事が出来てくる 
すると自然が我が内になる 
手中に納まる 
即ち遊戯的になる事が自然そのものの相になった事である
自然と連鎖せよとか言ってもここまで来なければ本当の連鎖ではない
すべてと連鎖できるのは 即ちそれらと遊戯する時である 
と言う事になると――その遊戯の
中に甘えがあるはずである
無力という姿にならねば 即ち無力(無知)
の状態にならねば それらと連鎖出来ないのである 
知力のある間は すべてと連鎖出来ない事である
連鎖は自己の無力を知り
甘えが出て来た時即ち すべてにたよる時である

よく言う
大人になりまた 老いた時 頼る人となると
人は人らしくなる
自力のある間その人はかわいくはない
かわいくないと夫婦でもうまくゆかない
知力その他の力に頼っている間
夫婦でもうまくいかないのである

現今はそのうまくいかない方向に向っている

そこでは自由を失う
自由とか幸せは無力を知った時でないと現われてこないのか 
なさけない事だ 人間というものは

神の顔にはなれない人間なのか?
それが創造の法則である それが法の調べである
法の調べはその時にかなでられてくる

自分一人で生きてゆけると思う事自体が
大間違いである――と言う事になる 
そんな人は知力の人でか たいギスギスした大人である強い
自己を知らない人である
同時に「折り返し法則」という宇宙の法則に背を向けて生きている人である
不幸きわまりない人生をおくる

自然とは 甘えと遊戯の折り返し法則を
持つ事にある
その為には自己の内なる力を捨てねばならない
人はその力を持っていると思っているから 
他者とぶつかるのである
腹が立つのも 自分が正しいと思うからである

アートマンはブラフマンに合一出来る
ということはものすごく間違った教えである
又 自然に帰れという教えも間違っている
なぜならそうなれるという可能性という
力をその者にもたせるからである

悟れというのも 悟れるという力を人に与えるからである
仏陀の教えや老子の教えのまちがいが分かった
こんな力を与えられたがゆえに人は
苦の世界を歩かねばならなかったのである

人は自己の内にあるあらゆる力に気付き
それを無力化すれば甘えと遊戯が出てくる
よろこぶのも幸せをねがうのもダメである

女性の権利云々も力となってわざわいのもととなる
アジメールの賤民には何の可能性も力も与えられていない 
その者は実はめぐまれた人々である
だから光り輝いた姿を見せたのである

人は光ろうと思っても光れない
そこに可能性をもっているから
人は奴隷となる程に自己を無力化しなければ
光もでてこない
甘えも遊戯もでてこない
甘えと遊戯を持った者こそ
自然に帰れたといえるのである

1、内なる力を力をやっつける
2、甘え遊戯する
3、幸せがくる 平和がくる

平和にさえ 光そのものにさえなれたらよいのだ 
幸せなる者たちとなれればよいのである
太陽とも 人とも 自然とも
光の遊戯の中で舞う蝶となる
ウキウキしてくる

2007.02.15

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| 2007年 | 20:34 | TOP↑

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香りに帰る涙よ

宇宙は 幸せの

開花です

香りと 香りが

散り咲いている

夢の世界です

幻想そのものです


宇宙とは こんなものです

無限は この幻想の中に

あります

踊りそのものです

幻想の踊り

そのものです


幸せと 涙が

交叉して 

飛び散ります


涙が香りに

帰って行きました

黄金の香りの波動に

帰って行きました


2007.11.10.

| 2007年 | 21:40 | TOP↑

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あなた

「あなた」は

一体 誰なのでしょうか

宇宙の母なのか

とも思いました


すると手があり 体があり

顔がある

そんな女性の母

が浮かんで来ましたが

――そうでもなさそう

なのです


それでは その

「あなた」は 母でないのです

宇宙の母ではない


「あなた」を

私は神として

したう気持で 今までいましたが

その「あなた」を 私が

となえよんでいる

その「あなた」は何なの

でしょう


男性でも 女性でもない

親なるあなたでした


宇宙の母という そんな母では

なかった事が 今頃判明

したのです


すると分かりそうに

なって来ました

それは口では言え

ませんが「あなた」なのです

それしか 今のところ

分りません


どこかつっこんでも

その「あなた」は

言語の世界や

形相 現実の世界では

どれと決める事の出来ない

存在です


とにかく私の「あなた」です

母や父やの世界でない 

そんな「あなた」なのです


すると大分はっきり

分かりそうになって来ました

とにかく 私にとっての

「あなた」なのです

私の中にいる

「あなた」なのです


それだけは はっきりしています

何だか 口や言葉で言えない

「あなた」が 私の中にあるのです


そしてそれは 母のようなもので

ある事だけはたしかです


そのあなたと いつも一緒におり

一緒に歌い

一緒におどるのです

これ以上の幸せは 私にないのです


そのあなたは 「涙」かも

知れません

私を泣かせる者は

「涙」かも知れません


宇宙はこの「涙」の

かたまりかも知れません

やっとそこまで

こぎつける事が出来ました


古里は 古里は

それです

宇宙は幸せに

みちているのです


その一滴が

光る時

世界は 夜明けとなります


鳥は歌い

ウシャス女神は

泣きながら東天を

紅に染めはじめます

幸せは 幸せはそこに

あります


2007.11.09.

| 2007年 | 21:29 | TOP↑

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あなたを呼べば

私は 歌いはじめた

しかし うまいこと

初めから泣く事が

出来なかった

私は これではダメだなと

思った


しかし 少し歌っている

うちに調子が出だした……


神と共にいて 歌おう

よい調子で 泣いて歌おうと

していたが

どうもうまく 泣けて

こないのです
 

少々悲しくなった時 私は

神よ 来て下さい

と他動的に

なった

それが成功したのです


自動の中には

自己があります

それでは 何をしても

本物の世界が

やって来ません


神に 来て私と

一緒に 歌って下さい

そしたら 私は泣いて

歌えるようになる……

そう願ったのです


すると調子が 整い来つつあるのが

感じられたのです

そして私は心の中で(しめた)と

思い 急に本調子が出だして

私はうれしくなり

泣けそうに

なりました


そして私は 神に感謝の

気持で ついに

『「あなた」が来て下さい

ましたね

「あなた」が来てくれないと

私は 私ではありません

「あなた」と

私に よばせて下さい

「あなた」と 私がよぶ時

「あなた」を

私の内に 入れている時です

「あなた」とよばせて下さい』と

申し上げました


これがあなたを 私の内に 一つに

泣ける状態に 整えこんだ時の瞬間です


私には「あなた」以外になにも

ないのです

涙が底の底から こみ上げて

来ます

たまりません


あなたよ

私から はなれないで

下さい

私が あなたをよぶ時

本当の

泣く涙の私に

なれるのです


ふりかえって知的に

もどり 理屈の世界に

なってみるとこうです


自分が どうなろうと

しては何も本当の

世界がやって来ない

他動的にする時

自己は 消えるのです


これが一つの大きな秘訣です

そうです

わすれないようにしましょう


それをわすれた時

よぶのです

来て下さいと

私と一緒に 歌って

下さいと


すると神が

来てくれて 私を

泣きの世界に

してくれます


宇宙の一切のものが

泣いて 泣いて

ふるえながら

生きているのが

わかって来ます


人の道は

この自力でなく

他動の中で

泣きたい気持で

「あなたよ 私のもとに

来て下さい」と

よんで下さい


そうすると

本道が自分のものと

なります

「あなた」としたしく

神をよびなさい

あなたは

幸せのかたまり

となります


2007.11.09.

| 2007年 | 21:14 | TOP↑

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涙となって

涙が宇宙のふところです

真理の輝きは

涙となって 現われます

涙の無い所に 何の真理も

ありません


そして その中で

涙の中で おどるのです

これ以上の真実が

どこにも ありません


私を泣かせて下さい

その涙の大洪水の中で

……踊りましょう

あなたと共に


それ以外のものは

すべて無価値であり

まちがった道です


「道」とは

泣く事です

泣ける事です

涙に到達する事です


武術も 武道も

華道も 茶道も

泣く人を

泣ける人を 

つくる道です


それも「あなた」と共に

いつも居る

その事以外を

求める事のない人に

なる事です


涙こそ 涙こそ

泣けて 泣けて たまらぬ

自分になる事が

人生の存在の意義であり

そうなる事の為に

それ以外の道はない

のです


涙はこの世の最高の

ものです

泣く事を見つけるのが

宗教です

涙があなたを育てて

くれます


私はあなたと

共にいたいのです

あなたと共に

踊りましょうといって

踊りながら 泣いて

下さい


それが あなたの

本当の姿です

そういう形相が

出来る事が

神話の実現です


知の世界から

合理の世界から

早くぬけ出て下さい


共に我々の 仲間となって

泣いて踊りましょう

魂の古里は

ここにあったのです


私が あなたが 

道ばたの石ころ 一つにしても

存在しているのです


石は ただの石だと

人は思っているが

その石でも 涙に

むせんで

泣いているのです


花ひとつにしても 泣いて

いるのです

よろこびに 泣いて

いるのです

それが分るように

なって下さい


彼らはいつも「あなた」と

共にいます

「あなた」とは 宇宙の

母の事です


泣いて下さい 泣ける

ように なって下さい


2007.11.08.

| 2007年 | 11:02 | TOP↑

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