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頭文明から 地の文明へ

言語を形相に売り渡す という方法は
大成功である
なぜなら言語は 頭から出てくるもの
それが形相という地に
政権を売り渡した事になる

いよいよ頭文明から 待望の地の
文明が来始めたのである
カバの形相のおかげで

喜びが涙となってふき上げてくるし
体内から 踊りが湧いてくるし
これでやっと 永遠なる生きた時間の
中で生きられるようだ

地こそ 肉体こそ 本当のものを 
知っているのだ
そこに定着し始めた

踊りが体中からふき出てくる

2006.12.26.
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| 2006年 | 17:05 | TOP↑

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カバの誕生

エジプトのカバ信仰
アホのようなカバの一線
それが生命を造る基である

他者をもたず 自己だけの一線に生きるカバ
そこから閃きが はね返ってきた
これは有り難い一瞬であった

他者のないカバの形相 これを発掘したのである
これは言語を越えている これは他者を越えている
これだ この形相こそ相対と言語を消す最も大切な
鍵となるものだと分った

カバのこの形相の中にオチャメもある
聖もある アホもある 一本立ちもある
そこから 生命が誕生するのだ
この知を一滴も入れない形相 これを持たねばならない

これ以外に 何ごとにも関心を持ってはいけない
今の人間にとって 最も必要なことは
このカバの形相に帰る事である

形相と言語を入れ変えるのである
30年間 問題として来たこの言語をやっつける事が 
出来るようになった
そして相対をやっつける事が出来るようになった
勝利の日が来たのだ

2006.12.21.

| 2006年 | 21:58 | TOP↑

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水文明と香り

水文明の方程式が現われた
1-1=0 或いは 1-1=1である
0=1
この1-1とは自己を消すと0となる
手伝うこと 下僕となる事である

何に下僕となるのか
それは天の下僕となるのである それが1-1=0である
すると0=1と言う事は 0になるとはじめて1となる
即ち 本当の自己となるのである
水文明とはこの事である

本当の自己をつくるのには 自己を何者かに捧げねばならない
それが天への手伝いである 水文明とはこれである
すると人は黄金の香りそのものとなってくる

0=1は無我である
成ることを欲する者は0にも1にもなれないで
知識だけの人生で終ってしまう

花は咲かねばならない 人も人にならねばならない
しかし成ろうとすると成らない
0になり1になって 黄金の香り波に自己を捧げねばならない
そこに溶けてゆくと そのものになる

ここで初めて命そのものが出てくる 誕生である
お祭り 踊り 命の躍動が起きて来る

相対を消して 自己の中にとどまれ
ギリシャの神 それへの信仰は静かであった 
燃えてはいなかった
ああしてくれ こうしてくれと 燃えていなかった

静かに神の前にひざまずいて
聖なる神のみ姿 形相を仰ぎ見るだけであった
そこで自己を消すのである

日本庭園や茶の湯にはそれがある
はでやかで 燃える世界に入ってゆかない
花はどのように生けるのですか それに対して
「野にあるように生ける」と答えが返って来た

ここに日本がある ここに日本人がある
日本人は大昔から流れ伝わって来ている
精神に帰らねばならない そこにこそ自由がある
本当の自由をもった日本人に帰らねばならない

自然は眼の前にあるのではない
自然は自己の内にあるのである
老子は自然に帰れと説いた 神も仏もそこにはなかった
天だけがそこにあった
そして天は我が内にあった

野にある花は 我が内にあった
夕焼けの女神はただ つっ立っただけであった
それが詩そのものであった
香りそのものであった

2006.10.17.

| 2006年 | 21:22 | TOP↑

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水の文明

人は今日まで約1万年 欲する世界に住んできた
知識もその内の一つである
金のスプーンと 銀のスプーンのどちらがいいか 
欲しい物を取れと言ったら 金のスプーンを取ったという具合である
便利なもの 価値あるものを取った
そういう欲の世界に住んでいた 知識欲もその内の一つである
いろんな事を知って 偉い賢いと思っている

ところが インドのラーマクリシュナは味わうことの世界を説いた
日本の茶道も味わう事を教える
これは相当高級部類に属する

貧乏をも不自由をも味わって生きる人は 
天国に近い所に住んでいる人である
欲を持たない素朴な人も 天国の近くに住む人である
光を欲する人は光を失う 天国を欲する人は天国を失う
真理を欲する人は真理を失う

今日までの文明は火の文明だともいえる
しかし火は表面的なもので 火の古里は水である
静かな水 一滴の露 小さなせせらぎ それを味わう人は幸せを得る
味わいは 幻想の世界の入国手形のようなものである
幻想の世界は現物の世界でなく 夢を描く世界で
宇宙より大きい世界でも 夢を描ける

ところが人は幻想とか夢は 腹の足しにもならない 
くだらないものと思いがちである
ところがそうではない 幻想こそ我が命である
静かさの中に我が命の巾を拡げ 豊かさを拡げ静かな喜びにひたる

日本の茶道のように イギリスにも茶の道があって
茶を口の中でかみしめて 宇宙を味わう
フランスでも 河にブドウ酒を流して宇宙を味わう
満月に手を合わせて拝む人々もいる
そういう詩の世界 神話の世界こそが我が世界である

燃える はでやかな事ばかりを欲しないで
つつましく 静かな春のそよ風に身をひたす喜び
その喜びの顔を作る事である 求めているとその顔が出てこない
求めは何か 相対的にあるものを欲する
これを相対人間 相対文明の中に住む人という

そういう人は 永遠の幸せを得る事は出来ない
他者との間で悩み やさしさを求め
一生求め通して 迷いの魂で終わってしまう

ラーマクリシュナの偉いところは 目標を持たなかったところにある
成らねばならぬ何ものも持たなかった 
自分の内にある良きものを味わった
彼は成ることを教えた人ではなく 味わうことを 教えた人である
その味わうから あの微笑みの顔が出来てくるのである

ラーマクリシュナの讃歌の詩の歌を歌っていると ラーマクリシュナの
あの微笑みは どこから出てくるのかと歌ったものである
私の求めて来たものは そこにあった事が分かる
では果して その微笑みはどこから出てくるのか
それを見つけるのに 約50年程かけてきた

2006.10.12.

| 2006年 | 21:55 | TOP↑

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はすかいの方程式が生まれた

はすかいを分母とし
自己なるはすかいを分子とする
これは 吸い込まれる方程式であるし
宇宙の秘密の鍵を開ける方程式でもある

この方程式で 宇宙に入り
自己なる我を消し
更に三宝の 通しの中を通るのだ
黄金の波動で出来た
三宝の通しは 聖なる命を
創ってくれる

誕生だ 新たなる聖なる命の
誕生だ
斜めの角度は
自己も他者も消してくれる角度だ

涙が 涙が出てくる
清く 静かで 穏やかなるものの
誕生だ
ドルガ女神とラーマクリシュナの恩恵である

はすかいは 真実なるものをつくる創造の
角度である

2006.10.10. 

| 2006年 | 19:41 | TOP↑

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