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線に酔う

景色とは 見るものではない

景色とは 眺めるものではない

景色とは ともに酔いしれるものである


ピュアーとはどんなものか

ピュアーとは 酔いしれることである

酔がまわった状態をピュアーという


線に酔うのだ

線に酔うのだ

線は人を酔わしめるものだ


会話がはじまる

オチャメの会話が

全世界の秩序が ここで輝いてくる


2002.01.03.
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| 2002年 | 13:10 | TOP↑

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素朴とオチャメ

今まで求め 得ようとしていた

オチャメは

何だか温かいものを土台にして

求め考え出されていたものである

ということに気がついた


温かいものを土台にしていると 

このよごれた世界での求めに

一歩足を踏み入れる事になる 

すると俗世のにおいから抜けられない 


では素朴を元とするオチャメとは 

どんなものか

それは子供のもつ素朴さ そこから出て来る

そこには温かさを求めているものは何もない


温かさを求めるのは大人である

子供は純粋なものを求め その中で生き 

その中で 親の懐の中にいる 

特別に温かいものを求めるという知力など

毛頭持っていない


子供は純心というが それは純粋なものを求め

純粋なものの中に憩い 遊んでいる 

その遊びも 遊んでいるというより 

憩っているのである


子供は純粋さの中で 憩える魂なのだ

それに比べ 大人は安心と温かさを求めなければ

憩うことすら出来ない存在と

なっているのである


素朴とオチャメ これは一つのものだったのだ

温か味のあるオチャメから抜け出そう 

そして子供の魂をお手本として

本当のオチャメをつかめ


天上から魂に そよ風が

吹いて来た


2002.03.05.

| 2002年 | 21:40 | TOP↑

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富士の薄化粧

生命には 躍動が必要である


躍動は 非平衡系の落差からおきる

時間の噴出口に立つと

無時間と 時間のちがいに

非平衡状態がある


その差を考えると 躍動がおきる

それが 生命を甦えらせる役目をする

躍動のない生命は 生命といえない


知識と 無知識の間にも

非平衡系がある

我々は 知識を放った時 無知識となる

無知識は 形のみ見て 何も考えない時に

おきる


考えなければ 考えは湧かない

富士は そのすそを広く広く ひろげている

しかも人に 何も考えさせない


宇宙のひろさに 心をひろげている時

汝は 形そのものとなれる

それが 富士の薄化粧である


何もむつかしい事を考えずに

薄化粧してみよ

薄化粧は 自己を満足させる


富士のように 広くひろげた自己に

かえれ

形だ 考えるな 形となれ

すると 宇宙の真相が分ってくる


ワシも形だ 詩と高貴と求めなきものは

同じである

img022.jpg

2002.11.19.

| 2002年 | 22:53 | TOP↑

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オチャメのひとふれ

秋が 来た

木々の葉っぱは

色づいた


オチャメの ひとふれ

によって


2002.11.02.

| 2002年 | 09:26 | TOP↑

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さて神話研究だが

今までの神話研究で まだ

見つけていないものがある

それは神話とは 形相であると

いう事である

神話の中には 言語がない


言語でなく 形相が神話の

領域である

ところが人は 言語をつくった

それから 神話を追い出してしまった


ではその形相とは 何か

どんな形相か

それは 斜めの形相である

斜めの角度をもつ 直線の形相である


そこには オチャメがあり 踊りがある

直線は 有と無の架橋の役を

なすものである

そこにおどりがあり オチャメがある


有でもなければ 無でもないもの

それが直線であり しかも

かたむきをもった直線である


かたむいた直線上の上は 運動を

おこす

それが創造と存在の 元のものである

その形相と その運動・創造が

神話の言語であり

太古の人の歴史である


2002.10.31.

| 2002年 | 21:06 | TOP↑

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