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ニーチェより学ぶ

善いことをせよ

聖者のような人間になれ 愛情深い人間になれ 

この教えは間違っている


これは弱い人間に与える教え

弱い人間に必要な教えでしかない 

それをニーチェは偽善であると言った


彼は善と悪の問題を考えた

それは無価値だと結論づけた 

人間生活の中で人が頼りとする価値を

全部とってしまった


ニーチェは善悪を超越した存在

人を超えた存在「超人」というものを

指し示したが

最終的なものをつかめず 彼は狂ってしまった


善悪を区別する考えを合理主義という

仏陀の教えも合理 キリストの教えも合理

あらゆる聖者や哲学者のいったことは

合理主義でうずまっている


合理を超えるものは何か

それは非合理である

超非合理なるものである


白紙の舞い降りるさま

羽毛の風に漂うさま

ここにその超非合理がある


物が動く 物が落ちる 物がそこにある

その元にこれがある

あらゆるものの元にこの構図がある

これが宇宙の元の構図である


リンゴに羽をはやしてみよ

そして白紙の舞の軌跡をつくって

羽のはえたリンゴをその軌跡に

置いてみよ


リンゴが超非合理の神話の舞を

そこに展開しているのが

見えないか


非合理が 超非合理が

宇宙の全ての存在を

舞い踊らせるのだ

そこに善悪はないのである


1999.02.15.
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| 1999年 | 09:48 | TOP↑

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神話的な人の特徴

人はどんな人を手本とすべきなのか

これが人類の歴史とともに

長い間 問われてきた問題である


神話というものが

その答えとなる


理性的でしっかりしていて

かしこいことをめざしてはいけない

神話的な人を手本とすべきである


神話的とは何か

私の「聖者と子供」という詩を見よ

今までの人々は皆 聖者をめざしていた

その間違いにきづかねばならない 


子供のようになること

それが神話的になるということである


18世紀のドイツに

クリスチャンゴットロープハイネという

神話研究の大学者がいた
 

彼は野原で寝ころんで本を読むのが好きであった

それを知った人々は 寝ころんでいる彼のまわりに

集まって来て

時には100人ぐらいにもなった


彼らはハイネの話を聞くのでなしに 

ハイネを見ていたいということだけで

集まり満足していた


それだけハイネという人は

神話的な人だった


神話は

人を惹きつけてやまないもの

人をなごますものなのである

そこに言葉 言語は不要であった


1999.04.06. 

| 1999年 | 13:20 | TOP↑

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未来時間と酔い

未来時間は汝を

酔わす


酔いが 角度と

オチャメをつくり

神話をたたしめる


1999.12.23.

| 1999年 | 23:49 | TOP↑

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子供がいた

子供がいた

道端に咲く一輪の 野花をみつけた


子供はそれを じっとみつめた

やがて子供は その一輪の野花を

手折って


それを 大人に差し出した


大人は うれしげに ありがとう といって

子供から

その一輪の野花を 受け取った


しかし 子供の深くのぞき見た宇宙を

受け取ることが出来なかった


子供は その野花の奥にある

神秘なる宇宙を

宇宙のささやきを 聞いていたのである


1999.12.21.

| 1999年 | 22:08 | TOP↑

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親と子が

空は 青い

人が 動いている

親と子が


子が 上が 裸

親は 服を たくさん

着ている


道の石を 運んでいる


風が 吹く

トマトジュースを 飲む


風が 吹く

トマトジュースを 飲む


石は 重い

日が 傾く

トマトジュースを 飲む


風が 止む

石を 運ぶ

石は 重い


1999.12.21.

| 1999年 | 11:26 | TOP↑

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