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時間を引け

未来をもつな

人は未来をもつと それを

なんとかしようとする 


未来をもたない人

夢に見たニコヨンの美しい中国婦人

そこには未来がない 可能性がない

今しかない


神話は時間の中にはない 

神話の中から時間がうまれるのだ

神話の方が先にあるのだ


時間を引かなくてはいけない

時間を引いたら 宇宙なんてとんでしまう

あらゆる束縛がふっとんでしまう 

解放されてしまう


人間ではなくなること

人間であると 人間の土俵の中で

すべてひっかかってくる


色気があるから 色気にひっかかる

ヒスがあるから ヒスにひっかかる 

同じ土俵のものがひっかかる


違う性質 全くちがうものを

もって来て 時間を引く


時間を引いて 現実と無縁になったら

堂々としてくる 


現実など どうでもよい 

これは現実を おちょくることになる

それによって 全くちがう言葉がでてくる


オン松とメン松 ワニの眼など

時間のない 現実のないところからしか

でない言葉

非合理の言葉

神話の言葉を出せ


1995.11.16.
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| 1995年 | 15:29 | TOP↑

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美を感じる心を止めよ

物や景色を見て 美を感じたら

すぐそれを止めること


その心は相対から出て 相対の中をうろつく

心は自分たちが 

持つべきものではない


自分たちというのは 意識そのものである

その意識とは 

羽毛の構図の意識である


美を感じた心をとめて 意識そのものになること

すると物や景色と一つになる

そこが零であり 詩であるものとなる


1995.11.08.

| 1995年 | 21:23 | TOP↑

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創造を知るものは創造主となる

自己は 時間以前のもの 

自己は 宇宙に先立つものである

という認識をもて

超然としてくる


そこは何者をも寄せ付けない

寄るべき他者が存在しない


創造を知るものは 創造主となる

これはウパニシャッドの有名な一句である

一人一人が創造主なのである


宇宙創造は オチャメの一触れ

によって始まり

白紙の舞は現象として その姿を

あらわす


個なる我は 宇宙に関係があり 

しかも関係がない

その時 我は宇宙の外に立って

時間の噴出口を見つめるのだ


この世のものすべて 宇宙のものすべて

何者も寄せ付けない

何ものとも関係をもたない

そこに一人 つっ立つのである


1995.11.17.

| 1995年 | 20:06 | TOP↑

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或る日の先生のお話

或る日の先生のお話

お茶の時のお話
  
本部のラーマクリシュナ祭に 菅谷さん一人しか来られなかったという話の後

小鳥が鳴いて 「人が集まらなくても気にすることはない 人の心はうつり気

だから 自分がしっかり修養しておったらよい」と言ったそうだ


原稿の校正されている時

以前に先生がとてもよい文章にあってものすごく 気持ちがよいと思った

それで理論でなく 神話の空気にふれられるようなそんな文章をつくることが

大切であり それは神話のお風呂をつくること そしたら本当に神話がわかる 

といわれた

その文章は

「今日はお祭りがあるので この広間にあがったら きれいな花が活けられてあ

りました

それで一人つぶやいたのです 人間もあんなに美しかったらいいのになあと

言ってね

花ってとても美しいですし それに花はものを言わないからいいですね 

人間は いらないことばかり言うから良くないですね

人間も ものをいうことを少し減らしたら あの花のように一寸でも良くなる

かも知れませんね

ものをいうことを減らして 雰囲気で生きるような人間になるといいですね


今日は花について 話をはじめているのですが やはりそこに詩というか 

神話というか そのような静かなものがありますね

人間も口数を減らしていったら 花のような静かな人間になれると思います 

口数が多かったり 荒い動作をすると 人間は詩の世界や 神話の世界から

ずり落ちてしまいます


だから一度 あまり言葉を言わないというような決め手をこしらえるといい

ですね 

それは大事なことです

そういう決め手を持った方が良いと思います

| 1995年 | 20:52 | TOP↑

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「『零が眠りからさめる時 時間が生まれる』の解説」

今朝はすごい詩をかいた 

「零が眼を覚ます時 時間が生まれる」

これはすごい言葉である 

宇宙の神秘を解き明かす 最初の門である


物理学には 〈起きる〉というような言葉での表現がない

その点 詩は〈起きる〉というような言葉で 

宇宙を表現できるのである


詩は物理学の 手のとどかない世界をも表現できる

出来るという事は それらの学問の奥の世界に

あるものだからである


「神話は根源的言語である」とゴットロープハイネ

が言っていたが 

詩と神話は 隣り合って存在するものである


数学より 物理学より もっと奥に横たわって 

王座をしめ 香りをはなっているのが

この詩と神話の世界なのである


芸術とは 正しくこれであり 

それが物理学の上に来なければ 世界は解明できないのである 

即ち 詩と神話と論理の婚姻こそ 

望ましいのである


イタリアのヴィーコは デカルトの思想に

一本釘をさしている

「もしデカルトが 宇宙の神秘を指し示すことが出来ないとしたら

釘の先で点をさしたような 冷たいものである」と


また実存哲学の先輩ともいうべきシェリングも

「デカルトと 彼に関係のあった哲学者たちの思想は

消極哲学であって自然がない」

といっている


デカルトは 彼なりに自己を疑い

自分自身が存在しなければならないと努めた


しかし ヴィーコやシェリングのような

神話学者の眼から見れば 自然が欠けていたのである


即ち生きたもの 生きて存在するもの

夢と可能性とほほえみが そこに欠けていたのである


学術とは 学と術とを合わせたものである

学術的論理と芸術を かねそなえたものをいうのである 

それが宗教である

宗教を越えた宗教が そこにあるのである


西洋では詩人は 宇宙を解き明かす天使であると 

いわれているが

まさしくそのとおりである


1995.09.20.

| 1995年 | 23:27 | TOP↑

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