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行為と「行為」

荒々しい世界から降りると
「行為」が消えてしまう
他の人のしている行為は
なくなってしまうのである

荒々しい世界にいたら
人の行為が見え
それが「行為」として
とらえられてしまうのである

行為と行為を「行為」と
とらえてしまうものとがある
人々は「行為」と とらえて
しまうから
「行為」があるのである

しかしそれは 荒々しい世界に
いるから
とらえてしまうのであり
行為が成立されてしまうのである

本当は「行為」はないのである
行為はあっても「行為」は
ないのである

1980.11.16.
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| 1980年 | 09:09 | TOP↑

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それ自身がやってくる

歌える 歌える ものすごい良い調子で これだ!
荒々しい世界はいやだと思って歌うのだ
昨夜もディスコを踊ったが 荒々しい世界はいやだと
いいきかして踊ったらものすごく踊れた

踊るというのでなく 踊りが出来た
今までは踊ろうとするものがあったが
荒々しい世界はいやだということによって
これも そうであった事が分ってきた

荒々しい世界でない所で踊れた
歌えたのである

荒々しい世界はいやだ と心の中でつぶやいて歌ってごらん
すごいものがやってくるから

何の力みもないものがやってくるぞ
ものすごいものを見つけ出したぞ
ものすごい良い調子のものを

歌が歌えるというより 歌それ自身がやってくるのだ
踊りも 踊りそれ自身がやってくるのだ
今夜も又 踊ってやろう

1980.11.16.

| 1980年 | 00:48 | TOP↑

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曲線の歌い

やさしさ 愛等々は直線の世界の産物である
それを破るものは それを破れるものは曲線しかない
相対の世界にうろつくこれら 愛ややさしさは
いつまでもよろこびと悲しみの製造所である

これから抜け出せるのは曲線の道しかない
曲線の道は四次元的世界である
やさしさ 愛 その他人間関係の中で起き 
使用されている知情意は 三次元的であり直線の世界である
その硬い知的なものに 曲線の「遊び半分」というものを
ぶつけてみよ

遊び半分……何と我々に縁の遠い言葉であろうか
遊び半分とは怠け者の代名詞か
悪の代名詞のようにしか響かない
それ程 われわれは硬いのだ

遊ぶこと 遊ぶことを知らない我々 遊び半分になれない我々
いつも 善か悪かのいずれかをみきわめながら歩いている我々
だから明るさを失うのだ
明るさは曲線の波動だ 曲線は遊びだ 遊び半分だ 傾きだ

硬い人間は理屈ばかり考える
何も考えずに 体をゆさぶっておれ
体に歌わせろ 体に踊らせよ
曲線こそ宇宙的「あらわれ」である

1980.10.26.

| 1980年 | 14:12 | TOP↑

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水も人もゆさぶると うまくなる

水は揺さぶっているとうまくなる事を知っていたが
人間も揺さぶっているとうまくなるのだ
柔らかい人間となるのだ

人間はいつも 硬いことばかり考えすぎているか
さもなくば ずるい悪い事を考えているのだ

悪い事とか 善い事とか 硬い事とか という世界以外に
それとちがって 真実な世界がある
それは 恍惚に光輝いている世界だ

水がうまくなり 人がうまくなった世界
人類はまだ この世界を知らない
どんな事なのか どうなるのかも知らない
未知の世界なのだ
いわゆる 曲線的「あらわれ」のみの世界だ

「根源」「あらわれ」「展開」と三つのものがあるが
ビートルズの 音楽のように「あらわれ」のみで留まるのだ
ここは 知情意の世界でなく「波動」「曲線」「かたむき」
「時空をなくした」世界なのだ
いわゆる「恍惚に輝いた世界」なのだ
これをピュアー文明の世界という

ここでは人は立派な良き社会を造れるし
経済 生産 人間関係その他 あらゆるものを最高級化
することができる

現在の文明は 精神文明であって荒々しい 直線と直線
感情と感情 知と知の交叉する世界であり文明である
そこでは 何もかも神話的でなく恍惚的でなく
中途半端でぶつかり合いの生活であり
人間をダメにし 不発人間で終わらせている世界だ

ここに 曲線的四次元的生活
――人間のあり方のすばらしい世界があるのだ

ピュアー文明 ピュアー文明
体をゆらゆら揺すぶらせ透明になっている人々の世界
心に何の囲いも持たない人々の世界
ビューティフルな世界が来るのだ

1980.10.23.

| 1980年 | 11:28 | TOP↑

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二匹の蜂がいた

二匹の蜂がいた
もう二十日以上も二匹で トイレの窓の隅に住んでいる
二匹はほとんど動かずに居る
何も食べずに居るのだろう
二匹で仲よくいる 
そんな或る日
私の部屋の外の屋根に巣をつくっている蜂どものうち
一匹が私の部屋に迷い込んで来て
一日中ブンブン そこいらを飛び回っていた

ところがその蜂が夕刻にはコロリと畳の上に横になり
見ているうちに動かなくなってしまった
そこで私は関心した
あのトイレの窓の隅にいる蜂の二匹の生命力を

一匹のまよいこんだ蜂は逃げようというその恐怖心で
一日中 バタバタして飛んでいた
……たった一日で それは死んでしまった

だのに二匹の蜂は何も食べず 二十日以上も生きている
それがこれからもあと何日 生き通すかわからないくらい 
平然としている

恐怖心は弱いものだ
……自ら死に至らすこと速やかなり

また 二匹よって多分愛し合っているのであろう
……強いこと 強いこと

それにしても集団生活の蜂だというのに
……ははん この二匹はかけ落ちして来たのだな
それにしてもみあげたものだ
この独立心に――

私は この二匹の為に
食べ物を運んでやろうと思わされた
そしてその窓の二匹のそばに はちみつを付けてやった

1980.10.21.

| 1980年 | 21:04 | TOP↑

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