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直接直感で立つ

在るものは すべてかつて無かった 

ある時 あらわれたのだ

なかったものがあらわれたのだ 


カシオペア 北斗七星
 
いつみてもそれらは在る

地上に 何が起きていようと 全く関せず

いつも同じそのままで在る


しかしそれが 無かった時もあったのだ 

そしていつかそれも なくなる時があるのだ


もっと身近には ここに大きな木がたっている

しかしそれは以前なかった

あらわれたら 堂々とじっとしている 

しかし刻々生長し 呼吸し 活動しているのだ


人の思惑や 何かの知識や情報などによらず

何ものにもとらわれないで

何の詮議せずに 直接直感で生きるのだ


直接直感 

直接直感こそ 最も大事である

堂々と宇宙に 一人つっ立つことだ


透明からそれると 人はそれを見失う

人はどこから 透明からそれるのだろうか


1979.05.15.
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| 1979年 | 15:33 | TOP↑

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あなたのすべてがピュアーだ

あなたのすべてが

ピュアーにみちている

あなたのすべてが

ピュアーにみちている


あなたのすべてが

ピュアーにみちている

あなたのすべてが

ピュアーにみちている


あなたの耳も 口も 頭も

あなたのもっているもの

すべてが

あなたのすべてが

ピュアーにみちている


あなたのすべてが

ピュアーにみちている


あなたはピュアーだ

あなたは ピュアーだ

あなたは ピュアーだ

あなたのすべてが

ピュアーにみちている


1979.04.26.

| 1979年 | 13:21 | TOP↑

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歌とは

歌そのもののもつ

幾何学の世界の中に入って

歌ってみたが

それは まだまだ

ダメなものだと わかった


歌とは 歌うことだけが

歌ではない


石があり 人があり

この体もあり

空気も 空間も

山も  土も


すべてがあること自体が

歌なのである


だから

すべての歌なるものの

もとの構図である

幾何学の構図そのものに

ならなければ

ならないのだ


歌だけが 歌でなく

歌うことだけが 歌うこと

ではない


体をうごかす事も

歌であるし

宇宙のある事も 歌である


この根元的構図こそ

我々すべての

総合的ふるさとへの

入口なのだ



1979.12.26.

| 1979年 | 10:21 | TOP↑

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瞬間の出合い

今朝のお祈りの歌をうたっている時

フト頭をかすめた事があった


それは昨日 マチルダを

病院に見舞にいった時の

感激した事の一駒だった


私とデビイが車にのって

ガランとしたクリスマスの

病院の入口を通りガレージに

車をあずけた


普段はガレージの係り員が

いるのに

今日は 誰もおらず

ガランとしていた

まるで 新年のようだ


私は先に 車を降りて

フロントの方に 歩きはじめていた

そこへフロントっから出て来た

五十七 八才ぐらいの夫婦がいた


他には 人がおらず

私と彼等が向い合って

距離をちちめていた

ハーイと声をかけたかったし

相手もそのようだったが


私は顔をそらして 右の方に

何の意味もないのに

眼をそらして

すぐまた 彼等の方に

眼をもどした


その時 すでに

彼等の方も 眼と

歩いている角度を

変えつつある瞬間だった


彼等と私が

はなれ ばなれになる

瞬間だった


気まずい思いで

なぜハーイと瞬間的に

声をかけなかったのかと

後悔した


私は フロント近くまできた

そこへ右手の上の階段から

十七 八才ぐらいの青年が

身軽に

はねるようにして おりてきた


フロントに入ろうとする

その瞬間

私と 彼とは

ハーイとまで 声をかけ合わ

なかったが

眼で声をかけ合った


私は ハッとかすかな

よろこびに 戻された

最先の気まずい直後だったので


青年はなおも 身軽に

フロントのトビラを開けて

入った

私もつづいた


青年は トビラを 私の為に

開けたまま

手で押さえていてくれた


サンキューと眼で礼をいった

青年も声で答えて

手をはなし

病院の中に とびはねるように

消えていった


デビイがフロントに

おくればせながら

近づいてきた


私は彼女の為に

私の入った そのトビラを

ずっと手で開けたままで

あった


二階に 我々はエレベータで

上った

エレベータを出ると

そこに 二三の人が 案内所の

前に立っていた


私は出合い頭に

眼の前にいた男に

ハーイとあいさつをかわした

相手もハーイといった


瞬間の出合いの

音を歌を

神の声を

どうして 忘れられよう


忘れては ならないことだ

この連なり合った 心の世界を


1979.12.26.

| 1979年 | 00:48 | TOP↑

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クリスマスイブと赤い火

火は赤くもえている

だんろの前の 静かな一時だ


真知子一家も 帰り

セメン仕事も一段落して

後片付け

そうじをおえて

一人日記をかくべく

クリスマスイブのこのよき日に

坐っている


ホッペまで赤く あたたかく

しみてくる


アメリカのこの豊な生活の

一駒


木切れや丸太がたくさんあるので

早くもしてしまわねば

みぐるしいまでに

つみ重ねられているのを

次々に 暖炉の中に

なげこむ


真知子が暖炉で焼いもを

すべく

買った そのままのいもの中から

一つ 二つ 取り出して

火の中に くべた


日記を書きおえる頃には

こんがり 食べられる程度に

それは 出来上がるであろう


光司や拓人たちは 今頃

何をしているであろうかと

思いを めぐらしても

日本と アメリカだ


彼等が 日本に帰る前あたりに

私は「ホッペにキスする」という

詩を書いたが

あれは……とっても効果がある

ことだ


人への批判は消えるし

知らぬ間に 人と人との間が

連なりの構図になり

他の人の行為に ひっかからなく

なっている


他の人の行為や言葉に

ひっかかる その悪いくせが

この「ホッペにキスを」と思い

出す度に

たちどころに それが 消えさる

のである


何と効果のあることだろうか

連なりの形になるのだ


ものすごい偉力だ

このアメリカ人の体質の移植

……知恵や知識でなしに

彼等のこの積極的にまで

体質がそうなったものを

移植するだけで

こんなすばらしい事が

おきるのだ


これは真似るのでなく

移植するのだから効果が

あるのである

真似たからとて こんなに

効果があらわれない

移植のこのすばらしさよ


これをつづける事によって

アメリカ人の あの明るい

ピュアーで ほがらかで

人のいやがる事を言わない

あの教養が

次第に 身についてくるで

あろう

それが 時々刻々に

感じられる


だんろに入れる木が

なくなったので

取りにいった


雨が……雨が降っていた

セメン仕事も 二日連続の

ものが

一応完成して

ホッと一息



アラン マイク ナンシー マヤたちは

昨日のつかれもよそに

ペンキの仕事に出掛けている

デビイはクリスマス前の

贈り物や

カードの準備その他

今朝は セメン仕事のあとかたづけ

と部屋の掃除で

少々くたびれたようだ

部屋に入っている


ここグラナダヒルは

以前のノースリッヂの家とは

大分趣きが異なるせいか

落ち着いた生活が出来る


隣近所に全然気をつかう

事なく

かつずっと遠くの人々までが

親しく話しかけて通ってゆく

「あなた方は ここに住んでいる

のか 私の名前は何々だ

あなた方の名前はどういうのか」

とまた 二日程前にも

夜 二、三十名の男女が

かたまって

家々を一軒一軒訪問しては

クリスマスの歌や賛美歌を

うたって

家々の人々に

メリークリスマスをとなえながら

祝福してまわっていた


我々の家の前にも とまって

歌を

きれいな声で うたってくれた


ナンシーと真知子が

お金をあげなければ

いけないかと思って

出ていったら

そんな事ではないのだと

言われて

小さくなって

苦笑して 家の中に

にげこんできた


高級住宅地とはこの事

なのか

以前のノースリッヂの

ふんいきと全然ちがう

あそこも なかなかの高級地区

だったのたが


ここは 又特ににいい所だし

この辺の人々は

この辺をいい所にしようという

努力を

互いにしていることがよくわかる


夜でも家の外は

あかあかと 赤黄様々な

ライトで照らし出し

昼でも 庭の手入れの

ゆきとどいたのが

気持ちよく眼にうつる


それにまけないようにと

我々も 前庭を手入れして

いるのである


家のペンキもぬりかえたし

今度はカーペットをはりかえ

る番だ


どうやらいもも焼けたようだ

デビイも部屋から出て来て

お茶をもってきてくれた


昼下がりの

我れを 取り戻した

この一時


(焼いもは時間がたちすぎて残念なるかな

 どこにも見あたらなかった)



1979.12.24.

| 1979年 | 14:00 | TOP↑

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