FC2ブログ

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

歌とは

歌そのもののもつ

幾何学の世界の中に入って

歌ってみたが

それは まだまだ

ダメなものだと わかった


歌とは 歌うことだけが

歌ではない


石があり 人があり

この体もあり

空気も 空間も

山も  土も


すべてがあること自体が

歌なのである


だから

すべての歌なるものの

もとの構図である

幾何学の構図そのものに

ならなければ

ならないのだ


歌だけが 歌でなく

歌うことだけが 歌うこと

ではない


体をうごかす事も

歌であるし

宇宙のある事も 歌である


この根元的構図こそ

我々すべての

総合的ふるさとへの

入口なのだ



1979.12.26.
スポンサーサイト

| 1979年 | 10:21 | TOP↑

≫ EDIT

瞬間の出合い

今朝のお祈りの歌をうたっている時

フト頭をかすめた事があった


それは昨日 マチルダを

病院に見舞にいった時の

感激した事の一駒だった


私とデビイが車にのって

ガランとしたクリスマスの

病院の入口を通りガレージに

車をあずけた


普段はガレージの係り員が

いるのに

今日は 誰もおらず

ガランとしていた

まるで 新年のようだ


私は先に 車を降りて

フロントの方に 歩きはじめていた

そこへフロントっから出て来た

五十七 八才ぐらいの夫婦がいた


他には 人がおらず

私と彼等が向い合って

距離をちちめていた

ハーイと声をかけたかったし

相手もそのようだったが


私は顔をそらして 右の方に

何の意味もないのに

眼をそらして

すぐまた 彼等の方に

眼をもどした


その時 すでに

彼等の方も 眼と

歩いている角度を

変えつつある瞬間だった


彼等と私が

はなれ ばなれになる

瞬間だった


気まずい思いで

なぜハーイと瞬間的に

声をかけなかったのかと

後悔した


私は フロント近くまできた

そこへ右手の上の階段から

十七 八才ぐらいの青年が

身軽に

はねるようにして おりてきた


フロントに入ろうとする

その瞬間

私と 彼とは

ハーイとまで 声をかけ合わ

なかったが

眼で声をかけ合った


私は ハッとかすかな

よろこびに 戻された

最先の気まずい直後だったので


青年はなおも 身軽に

フロントのトビラを開けて

入った

私もつづいた


青年は トビラを 私の為に

開けたまま

手で押さえていてくれた


サンキューと眼で礼をいった

青年も声で答えて

手をはなし

病院の中に とびはねるように

消えていった


デビイがフロントに

おくればせながら

近づいてきた


私は彼女の為に

私の入った そのトビラを

ずっと手で開けたままで

あった


二階に 我々はエレベータで

上った

エレベータを出ると

そこに 二三の人が 案内所の

前に立っていた


私は出合い頭に

眼の前にいた男に

ハーイとあいさつをかわした

相手もハーイといった


瞬間の出合いの

音を歌を

神の声を

どうして 忘れられよう


忘れては ならないことだ

この連なり合った 心の世界を


1979.12.26.

| 1979年 | 00:48 | TOP↑

≫ EDIT

クリスマスイブと赤い火

火は赤くもえている

だんろの前の 静かな一時だ


真知子一家も 帰り

セメン仕事も一段落して

後片付け

そうじをおえて

一人日記をかくべく

クリスマスイブのこのよき日に

坐っている


ホッペまで赤く あたたかく

しみてくる


アメリカのこの豊な生活の

一駒


木切れや丸太がたくさんあるので

早くもしてしまわねば

みぐるしいまでに

つみ重ねられているのを

次々に 暖炉の中に

なげこむ


真知子が暖炉で焼いもを

すべく

買った そのままのいもの中から

一つ 二つ 取り出して

火の中に くべた


日記を書きおえる頃には

こんがり 食べられる程度に

それは 出来上がるであろう


光司や拓人たちは 今頃

何をしているであろうかと

思いを めぐらしても

日本と アメリカだ


彼等が 日本に帰る前あたりに

私は「ホッペにキスする」という

詩を書いたが

あれは……とっても効果がある

ことだ


人への批判は消えるし

知らぬ間に 人と人との間が

連なりの構図になり

他の人の行為に ひっかからなく

なっている


他の人の行為や言葉に

ひっかかる その悪いくせが

この「ホッペにキスを」と思い

出す度に

たちどころに それが 消えさる

のである


何と効果のあることだろうか

連なりの形になるのだ


ものすごい偉力だ

このアメリカ人の体質の移植

……知恵や知識でなしに

彼等のこの積極的にまで

体質がそうなったものを

移植するだけで

こんなすばらしい事が

おきるのだ


これは真似るのでなく

移植するのだから効果が

あるのである

真似たからとて こんなに

効果があらわれない

移植のこのすばらしさよ


これをつづける事によって

アメリカ人の あの明るい

ピュアーで ほがらかで

人のいやがる事を言わない

あの教養が

次第に 身についてくるで

あろう

それが 時々刻々に

感じられる


だんろに入れる木が

なくなったので

取りにいった


雨が……雨が降っていた

セメン仕事も 二日連続の

ものが

一応完成して

ホッと一息



アラン マイク ナンシー マヤたちは

昨日のつかれもよそに

ペンキの仕事に出掛けている

デビイはクリスマス前の

贈り物や

カードの準備その他

今朝は セメン仕事のあとかたづけ

と部屋の掃除で

少々くたびれたようだ

部屋に入っている


ここグラナダヒルは

以前のノースリッヂの家とは

大分趣きが異なるせいか

落ち着いた生活が出来る


隣近所に全然気をつかう

事なく

かつずっと遠くの人々までが

親しく話しかけて通ってゆく

「あなた方は ここに住んでいる

のか 私の名前は何々だ

あなた方の名前はどういうのか」

とまた 二日程前にも

夜 二、三十名の男女が

かたまって

家々を一軒一軒訪問しては

クリスマスの歌や賛美歌を

うたって

家々の人々に

メリークリスマスをとなえながら

祝福してまわっていた


我々の家の前にも とまって

歌を

きれいな声で うたってくれた


ナンシーと真知子が

お金をあげなければ

いけないかと思って

出ていったら

そんな事ではないのだと

言われて

小さくなって

苦笑して 家の中に

にげこんできた


高級住宅地とはこの事

なのか

以前のノースリッヂの

ふんいきと全然ちがう

あそこも なかなかの高級地区

だったのたが


ここは 又特ににいい所だし

この辺の人々は

この辺をいい所にしようという

努力を

互いにしていることがよくわかる


夜でも家の外は

あかあかと 赤黄様々な

ライトで照らし出し

昼でも 庭の手入れの

ゆきとどいたのが

気持ちよく眼にうつる


それにまけないようにと

我々も 前庭を手入れして

いるのである


家のペンキもぬりかえたし

今度はカーペットをはりかえ

る番だ


どうやらいもも焼けたようだ

デビイも部屋から出て来て

お茶をもってきてくれた


昼下がりの

我れを 取り戻した

この一時


(焼いもは時間がたちすぎて残念なるかな

 どこにも見あたらなかった)



1979.12.24.

| 1979年 | 14:00 | TOP↑

≫ EDIT

体質の移植 ホッペにキスしよう

ホッペにチュと キスしよう

ホッペにチュと キスしよう

向い合う態度から

連なり合う態度となる


アメリカ人は これが容易に

出来るし

そうしようと身がまえている

私も人間 あなたも人間

人の行為より

人の存在しているということに

重きをおいたが故に

彼等はその精神と

理論と哲理と真理が

肉体化してしまったのだ

体質が変わってしまったのだ


心や体質まで変わったという

実現が来てしまったのだ


我々アジア人が

アメリカのそのその民主主義精神

から学んで

行為より 人間存在を重きに

おくその精神を

自分のものにしようと努めても

彼等と同じようにはならない


彼等にはその精神が

体質にまでなり切って

いるのである


そこで 我々が彼等のように

なろうと思っても

理論がわかったからとて

すぐにはそうなれない


誰とでも 向い合わず

連なった関係となり

他の人の批判をせず

平和な心で おれる自分と

なる為には

彼等の理論はいうまでも

なく

知り その上で

彼等が血肉化したその

体質を

今度は移植しなければ

ならない

理論や精神ばかりで

なしに

その彼等の体質となったもの

――ホッペにチュと キスしようとする

その積極的な

連なりの形を

我々は実行にうつさねば

ならないのである


それは 理論のちゅう入で

なしに

体質の移植である


例えば 美味なものを

美味しそうだとか

美味しいのだとか

理論をのべてみたところで

自分の血肉とならない

実際にその美味しいものを

食べれば

ただちに 自分のものとなる

それと同じだ


事は次第に 具体的に

なって来た

ただアメリカ人は 誰とでも

ホッペにキスしたりするから

それを真似よう……としても

だめだ

なぜなら理論が精神が

入って いなければならない

アメリカ民主主義の精神で

ある

それが頭にたたき込まれ

その次に必要な事は

この体質の移植である


このホッペにキスする事は

積極的に思っていなければ

出来ないことで

これを積極的に実行しようと

努力していることは

連なった形に 入ることである


握手は 向い合っている形である

向い合った人間同士が 親しく

手を握り合っているだけである


抱き合い 更に

ホッペにキスするこの行為は

肉体化された アメリカ精神を

頭にでなく口に食べるような

ものだ


こちらの血肉にかわるのだ

実現の世界とは このように

頭でわかっても

どうにも ならないという時

もう一つ必要なもの 体質と

なりきったものを

移植しない限り

ぐるぐる廻いをするだけである


美味しい食べ物の入った

器のふちを

まわるようなものだ


体質化したものを移植する

こと


そして それ以前に 理論を

知っておくこと


人間の行為に重きをおかず

人間の存在するものに

重きをおくこと


人間の存在を尊重する精神

これは向かい合いから

連なり合いになろうとする

ものである

あなたも人間 私も人間

……


そこで次にこの ホッペに

キスするという

この努力

積極性が

人の心を明るくし

批判を消してゆく


心の幾何学的構造

……構図がこれによって

すっかりかえられてしまうので

ある


だから

今まで強硬だったこの

向かい合いから来る形と 

それにともなう感情 批判は

力を弱め

姿を消してくるのである


苦しかった向かい合いの

人間構図から

おさらば 出来るように

なるのである


頭ばかりの時代はすぎた

大いに ホッペに チュッと

キスしていこう

誰とでも



1979.12.14.

| 1979年 | 19:30 | TOP↑

≫ EDIT

そこには人は いなかった

そこには 人はいなかった

そこには 人はいなかった

大きい 広がりだけが

そこに あった

大きい 広がり


ふるえが来て 自分が

消えてしまった

そこには人は いなかった

そこには人は いなかった



1979.12.10.

| 1979年 | 10:48 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT