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破れる頭

破れる 破れる

私の心が やぶれる

私の心が ちょうど

ミルクのツボがかたむいて

ミルクがこぼれ落ちるように……なる

心がもとの心になる

その一瞬


破れる 破れる

私の心が

心がもとの心になろうとする時

私の心は 狂いそう


礼拝が遊びの中で

礼拝となる時

……その糸口の入口の前で

私は消えてしまいそうだ


おお クリシュナの遊び

ゴピーたちは 決して

きれいな着物を着ていなかった

牧童やゴピーたちは うすぎたない

――いや あつぎたない着物を

着ている

ほこりまみれの男の子

女の子であったのだ


クリシュナは遊んだ

その厚ぎたない子供たちと

厚ぎたない子供たちと


ミルクがこぼれる 

ミルクがこぼれる

ああ ミルクがこぼれる

厚ぎたない 子たちは

それを 手でつかんで

がむしゃらに飲みはじめる


ミルクが 顔一面について

牧童やゴピーは うれしそう

頭が破れそう

私は どこへ行くの


1976.12.19.
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| 1976年 | 21:56 | TOP↑

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魔法のツボの中の涙

床の中で泣いていました

アジメールの田舎 ホイサガールの

我々のアシュラムの床の中で

夜の三時十五分でした


土まみれの子供達と共に寝ころび

たわむれる自分となりました

床の中で夢の中で うつつの中で

そして そのどろんこの子供達と

寝ころんで 遊べる自分のそれは

「礼拝」に他ありませんでした

だから私は 泣けていたのです


相対的感傷で 泣いたのではありません

私が私になりたくて そして

私が私になれた それを

泣いていたのです

天上の梵が地上の梵(ブラフマン)と

なれた「よろこび」です

私の最も望んでいたものです

夢の中でもそれが出来たことは

私にとって

これ以上ない「宝」でした

私は床起き上がり

すぐペンをとりました


どうしてこんなきたない子供達と共に

寝ころんで遊べるように なれたのでしょう

「礼拝」がそこに実現できるようになったのでしょう


それは この半砂漠で私が 井戸掘りを試みていた時

子供達が衣類を欲しさに

私の手伝いをしたからです

衣類の欲しさからの子供でしたが

それ以上に 私に手伝ってやろうという

人間本来の「心」が

そうさせているのが ありありと

感じとれたからです


触るのも きたならしいその子供達が

私に手伝ってくれた

その半砂漠地帯での 井戸掘りは

明日にでも水が出ようとしています

私の心に水がでてきたのです

それが「地上の実現」という形をとって

泣けたのです

「「礼拝」が可能となったからです

私にとってこの床の中での夢まぼろしではなく

心が 日頃の思いが

実現をみのらせたのです


どろんこによごれた うすぎたない

子供達と 寝ころべるその心

如何なる人をも礼拝することの出来る

その心 それは

どろんこの汚れた者と寝ころんで

――寝ころんで

遊ぶそれからであることを

門戸を私は見出したのです


涙はわたしの朝あけを告げるものでしたでしょう

三時半です

私は床に就こうかどうしようか

迷っています

中途半端な時間です


私は床の中で「よろこび」の中で

明子のことをふと思い出していました

彼女の最も欲していること

それがこの心だからです

私はそれを 透き通るガラス部屋の

彼女を見るように

それを知っているのです

「礼拝」――それは そのように

きたならしい あかでよごれた

子供達と寝ころんで遊べること

その中から実現されて来る――

のだということを

やっとつかみました


それは子供達から ホイサガールの

身分いやしい子供達と されている

マルワリの子供達から

教えられたのです


ここでは 小鳥達が私の教師でした

小鳥達はいろんな事を私に

教えてくれました

ここでは私には 小鳥の声が

わかるのでした


この――人間界にはさまざまな

聖典がありますが

それらはすべて 人間の考えた教典でした

しかし 小鳥達から聞いた言葉によると

それらの教典は如何に

人間味のある

脚色にすぎない事かが

わかりました

自然のものは自然を知っています

即ち 真の真理をです

子供達もその小鳥達と同じ

たぐいのものでした

昨朝116人の子供達に

日本から届いた子供用の衣類を

与えてやったのです

その時の子供達の「よろこび」と

その着替えた時の見違えるような

変わりように

私はびっくりしました


きたない衣類をはぎとり

きれいなものに着替えれば

――みごと 「インテリジャン」の少年に

早変わりするではありませんか

一変です

世はマジックの中にあります

私は今朝床の中で一変しました

魔法のツボの中で涙が……


1976.12.19.

| 1976年 | 00:29 | TOP↑

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顔だ

人間世界は知識や言葉で

勝負するのではない

顔だ

顔は自己のすべてをあらわす

実現した者の顔は

普通とはちがう


普通の顔は 常に

迷い 悩み 人間関係に関わり

問題を持つ顔である


それではいつまでも 

うだつが上がらぬ

「ああしよう こうしよう」

「仕事を大きくしよう」

「宗教団体を大きくしよう」

{どうしたら大きくなるのだろうか}

と悩み 策を考えうろつく


人間に 最も大切なものは

実現以外に ないのだ


1976.10.27.

| 1976年 | 19:25 | TOP↑

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意識人間から神経人間に

人間は 俗事 俗話の中に入ってゆくと

神性なる背骨の神経に

統一を失う

あくまで 清い神経が

背骨の中で保たれて居らねばならない

極微にまで反応し 震えあがる神経だ


人間は物事を考えるが

考え 思想をもっているが

それが人間であると思うが

それは 人間の一つの働きであって

自分ではない


自分の本当の自分の状態は――

自分というものは 思考ではない

震え上がるその神経のその中点にある

そこに自己が見い出される


震えること そこに自己がある

思考の人間の中にあるのではない

震えこそ 宇宙の極微と

極大とに 合一した点である


背骨を真っ直ぐに 透明に立て保て

俗心俗事にふれる事は

ぬかみその中に自己を

つけるようなものである

その臭みは

神性を 自己をかき消してしまう

すると元の神経を取り戻すのに

ひまがかかる


統一され 実現された者でもそうなのに

されていない者は よほど注意し懸命に

ならねばならない


神経を背骨の神経を透明にせよ

「震え上がる」ことの出来るまでの

清く敏感な神経に 仕立てよ


これは並大抵の努力ではない

研ぎ澄まされた刃物の如く

自己の背骨の神経をとげ


人間は意志より神経の方に近い

考える人間から 神経人間に――

「震え上がる」世界に入れ

「震える」世界は幾何学的

即ち 相対の世界から一元の世界に入る

回転軸を通過するところの――

中心的世界である


意識人間から神経人間に――

知情意の精神人間から物理的な

純粋人間に帰れ

自己をけがしてはならない

精神の世界より物理や

幾何学的世界の方が

遥かに歴史が古いのである


1976.10.27.

| 1976年 | 10:33 | TOP↑

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私の次に来る者たちに

あなたはなぜ 早く来なかったのですか

あなたは普通の人とは

ちがうのですよ

顔を見れば わかるのです


普通の人は 普通の顔をしています

しかしあなたは 普通の人ではありません

神の人です

神以外の何ものでもありません

その顔が それをしめしています

あなたは 今現われてよかったのです


私は今まで間違いばかり

言って来たのです

しかし今は時が来ました

あなたは 私の真実の言葉だけを

聞けます

はじめから 新しい言葉を聞けます


1976.10.02.

| 1976年 | 23:24 | TOP↑

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