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金色の豹

しなやかに 金色の豹が 

屋根裏に ねそべっている

大きい 大きい 金色の豹が


それは我々の館を 守っているのだ

小ネズミが 四・五匹

そのまわり をうろつくも

すぐ追われてしまった


金色の豹は ゆうゆうと

ねそべって

そんな小物を みむきもしない


我々の頭上に この豹がいつも

見守っているのだ

おお 金色の豹よ


1970.07.05.
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| 1970年 | 23:02 | TOP↑

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落成式当日

        インド大使・総領事

        高槻市長・助役隣席

さあ十五日だ。

落成式の当日となった。

もうあと三 四時間で大使が来る。


若い者たちは おきるや否や仕事にかかって 右往左往している。

皆てんでに さかんに眼の色かえて 敏捷に立ちふるまっている。


いつの間にか 門のアーチも上げられてしまっていた。

昨夜のうちに ホールのモールもはられてしまっていた。


七時 八時 八時半と時は迫る。


ホールの机 椅子は置かれてあるだけでどうもしていない。

庄司先生が 見かねてホールの椅子を並べはじめ 

チリをひらい ついにはほうきをもって はきはじめてくれた。

これは有り難いことだった。


私がしたくとも もう式用の黒い服をきているのだから 

外には客も来はじめているので 

ほうきをもってはいてもおれない。


石塚 サミー 長井さんたちが 上に来る。

「もう顔を外に出さない様に」

といって 八畳の部屋の神殿の準備をする。


井上が 大きいラーマクリシュナの写真をおいて 

飾り付けをしている。


大屋さんの一隊がくる。

大屋さんに 廊下のそうじをたのむ。

まだ廊下に ゴミがたくさんあった。


大変だ。

もう客が来ているというのに そうじができあがっていない。

玄関を牧田さん 大屋さん方の藤井さんが はいてくれている。


紅白のテープが はられたが

ネール首相の石の台に白布をかけよとか 準備がぎりぎり。


九時三十分 新館の入り口を閉め終えた。

内の人は 顔を外に出したらいかん。


さあちょっと早いが 今から修伐式をやろう

「八畳に集まってくれ!」

小川 宮本先生はまだ来られていないが 

しょうがない はじめよう。


インド総領事の秘書マ二―一家が 早くから来て

外で うろうろしてくれている。

あいさつにも出られない。



外は人々で ざわめいている。

ボーイスカウトが 十人近く来てくれているが 

その仕事のわりふりも 私がたしかめてもおれない。


さあ八畳に入り「修伐式」だ。

しゅんげんなる祈りの場と化した。

涙が 感激の内でふき出てくる。


石塚さんが うしろで泣いている様だった。

のりとを終え 香をたく。

各自に線香を あげてもらう。

石塚さんは 眼のふちを真っ赤にしていた。

おごそかに 式は終わった。


庄司先生もいた。

長井さんは 写真をとっている。

加藤さんは外の受付で 寒いのにがんばってくれていたらしい。


終わって十時二十分。

市長さんが来られた という報告を耳にした。

吉田得三市長さん 神田賢助役さんが 

神殿に坐って ニコニコしていた。


あいさつをする。

マニーさんの音楽を きかせてもらう。

十時三十分 大使が見えたという。


さっそく新館前で建築委員長 宮本正清氏のあいさつのもとに

「大使閣下に テープを切ってもらいます。

吉田得三市長さんには 序幕をやってもらいます」


さあ感激の一時 いや一瞬。

S・Kバナルジー インディラ・ガンジー首相の

礎石の序幕をする。


拍手とともに 扉がひらかれ 会場に入る。

眼をみはって皆が 

「よく出来ましたね 立派です」

と口々にほめる。


水がなく ヒータがともらず 便所もつかえない。

そんなことは 気にならなくなり 皆が皆

立派な建物に ただただ 感たんの目をみはるのみ。


着席。

つい最前 庄司先生と

(こちらに大使 こちらには 日本人の方がよかろう)

と決めたその位置に ちゃんと着席してもらえた。


着席と同時に 私がうしろから その椅子のひじ木に

あったほこりを 両の手でふく。

「こんなことですので」と言うと 大使も 市長も

ニコニコとされて 坐ってくれた。


一週間以上も前から 頭をいためていたあいさつの

瞬間が来た。

会場には半分 百二十人ぐらいの人々が入っている。


オープニングソングが

井上 宣江 森の三人によって 歌われた。

石塚さんが司会である。


ソングを聞きながら私の胸に 感激がうずまいてきた。

助けの「ひらめき」がやって来たのだ。


「おお まるで私は 夢見ている様だ!」という閃きの中に

つつまれて私は スピーチを変えようという気になった。


――演台に立った。

井上が側に来た。

「私はスピーチを準備しているのであるが それを変こうします」

といって井上の手に 左胸に入れていた スピーチの紙をわたした。

そして ためらっている井上を思いながら

聴衆に向って

「私は夢みている様です」

と一声をあげた。


空は蒼く澄んで 太陽は照っていた。

三月の太陽だ。


井上は

「スピーチを準備していましたが それを変こうします。

――私は夢見ている様です」

というような私の言ったことを 英語で通訳してくれはじめた。


あとは「ひらめき」のまま 私は「ひらめき」に 

助けられて 通訳いりで あいさつをつづけた。


私は困ったたちで「ひらめき」のないあいさつが

出来ないたちで いつも あいさつはきらいなのである。


ところが今日は スピーチを読んだところで

うまくは言えなかったろう……。

ちょうどインドでスワミ・ヴィヴェーカーナンダ百年祭の

宗教会議の席上で 四・五千人を相手に講演した時のように

「ひらめき」よって この度もスムースにはこんだ。


そして「私はこのヴェーダーンタが日本に どんな仕事が出来るか 

何をすることができるか 私にはわからない。 

しかしもはや 何かが起きはじめていることだけは たしかだ」

と言ったことだけは 覚えている。


大使も 市長も 宮本先生も 私の言った「夢みている様だ」

といった言葉を とりあげてくれていたし

山口恵照先生は「何が起きるか 私には

わからない しかし何かが 起きはじめていることは 

たしかだ あとのことは神のみが知っている

神が すべてをやるのだ」といった 私の言葉を

とり上げてくれていた。


大使も 市長も よろこんで 立派な有り難い

あいさつをしてくださった。


会場はいっぱいで 廊下にあふれ

何回も前へつめねばならなかった。

インドの一連も どっと少しおくれて着いて 

あいさつに間にあった。

インド人の来た人が みんなよろこんでくれた。


食事がはじまる。

二百五十名分の食事が足りなかったようだ。


井上上人は 二人のセイロンのビクをつれて来てくれていた。

加藤さんは気の毒に 一日中外の受付をしてくれていたのだ。

御苦労様 寒かったろうに――。


午後 ヒマラヤ ヴィヴェーカーナンダ カシミール

ガンジーの映画を終えたのが 三時半だったろう。


人々が帰ったあと 手伝って下さった人々が

うちらに入って お直会をいただく。
 

小西節子親子も 結婚のことで来ていた。

無事映画も終えて 不思議に落成式は 見事におえた。


何とした事か。

いつも何ごとも ぎりぎりいっぱい てんやわんやの

あわてようで 式典がむかえられる。

そして不思議なことに 成功裡に終る。


すべて夢であり すべて遊戯で ラーマクリシュナに

たぶらかされているのだ。

そしてバタバタして 死んでゆくのだ。

遊戯者の中に。


    おお神よ あなたは 悪いやつだ

    人を こんなに たぶらかして

    この世は ちっともよくない

    えらい目ばかり せなならん


    えーい しかし 何の因果か知らないが

    あなたには 勝てん

    しんぼうするよりね


    こんなはずじゃ なかったが

    親のはらの中にいた時はね

    えらい所に 来てしまったものだよ

1970.03.15.

| 1970年 | 22:12 | TOP↑

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ヴェーダンタアシュラム落成式前

十三・十四日と建築現場は 追い込みをかける

十三日は小雪となり 寒い中を 皆が本当に

よくやってくれた。 


東京の池田さんが 言っていた通り 

各種の作業員が(お尻をぶつけ合い)

ながらの仕上げ合戦が はじまった。


十二日は 私は朝まで熱があったのだが

そんなことは言っておれない。


十五日が落成式なので 大阪のインド人商社をまわって

(十五日には出席してくれる様に)とあいさつを

して回る。


そして帰園すると 思いもかけず東京から 

池田義則・浩君の二名が 応援に来てくれていたのには

びっくりした。

電話交換機を もって来てくれたのだ。


十三日は早朝から さっそく池田さん親子が

その電話交換機を 机にとりつける作業に

かかる。

電気がないので そのテストも出来ないのだ。


二階の現場は 昼前から中西さんのじゅうたん屋の

人々が五・六人つめかけ じゅうたんとフトンを

運んできた。


ホールは 午前中にと 天井のニスを塗り

仕上げをして せわしい。


午後じゅうたんを ホールに敷きはじめた。


ピータイル屋さんが それがすむのを待って

廊下につくもって ピータイルをはり出した。


電気屋 手摺屋さん ペンキ屋さん……がごちゃごちゃで

木工屋さんも「冷たい 冷たい」と言いながら 

せわしくやっている。


小雪は少々 樹々を五センチ程白くした


電気屋が電柱にのぼって 線を引いている。

何せこの五年間 山奥で 電気なしのランプ生活を

今まで続けて来たのだから。


「電気 電気」と どれ程言ってきたかわからない。

その電気が 今まさに来ようとしているのだ。


「電気屋さんよ 今日中に電気くるのか!」と

小杉という若い現場監督が聞く。


「わからん こんな現場しらん!」といって電気屋の

生意気なアンチャンが おこって 吐き出すように言う。


そりゃ 雪の中を 電柱にのぼっての作業は寒かろう。

おこりながら 帰っていった。


左官屋さんも 電気が入ったら残業するからと言っているのに

電気屋の若いのがプリプリなので さすがの小杉さんも 

たじたじだ。


暗くなって 電気屋が帰ったすぐ後 斎藤さんが

「電気ともっていますよ!」

「本当かね」

「本当ですよ」

――さあ皆 よろこんで見に走る。



電気が ともっていた――。

新館が パッと明るい。

五年ぶりに 電気が灯ったのだから……。


池田さんもよろこんだ。

さっそく ソケットをさしこんで

「電気きてる!」

といって 電球の百しょくの……

パッと光った明るいやつをもって うろうろしている。


電話の試験をしはじめた。 

電話機オーケー。


ランプと電気を 交換する。

だが ランプの光の方がなつかしい。

こんなに電気が入ったら……すぐランプが 忘れ去られる。


五年間の闇がきえたが はたして精神的な

内在的なものが その電気の光の中からでて来る

のであろうかと 疑うわしい。 

電気への 疑惑がわいてくる。 

電気がない方が 本当はいい。


川崎と松井が ホールにつるカーテンづくりに

ランプの光で ミシンを動かしている。


かたわら神殿では 池田さん親子が 電話交換機の試験をしている。 

台所に斉藤さんが 蛍光灯を 取り付けている。

活字場の隣の畳の部屋に 100ワットの電球がともっている。


新館と旧館との 合わせの廊下をつぶしてしまったので 

雪どけの水が落ちて 靴の置き場もない。


十四日 人手の足りなかった現場に 二人のトビ職人がくる。

朝から足場の丸太が とりはずされはじめた。


いよいよ足場がとられる。

ペンキ屋さんはあわてて 白ペンキの塗り残してある天井の部分を

塗る。

そのあとを 追うようにトビ職人は 足場をはずしている。


ペンキ屋・タイル屋・水道屋・大工が 入りみだれている。

水道屋が四時頃になって 金具と便器をとりつけはじめた。


川崎の弟二人が来た。

大村君が来た。

そうじをはじめてくれた。

この三人の手が 非常に役立った。


内の者は もう今日は新館内のふきそうじ。

私が新館のかんとくをして ふかして はいて

ふかして ふかしてばかりしている。


奥村君と その友人の亀田さんも 役立つ。

そうじ そうじ 新館のそうじ。


明日が開館だというのに 人手がたりない。

斉藤さんも 外まわりの一切を がんばってやってくれている。


私は「何をどうしましょう」と問わないで

各自がやってくれるように 斉藤さんや宣江ちゃんに言ってある。

今の私には 何を問われても 返事するするだけの

頭が回転しないから………。


めいめいが めいめいの持場を 気のついた所を

かけめぐりやり通す。


夕方 北海道から熊沢君が かけつけてくる。

簗瀬君も来る。



旧館の風呂場を 昨日タイルをはったので風呂にも入れない。

皆は ほこりまみれだ。

昨日から――。


電気がともったのと 外でたく火のあかりとで

あかあかしている中を 人々が……いりまじって動いている。


新館の事務所で 壁紙屋さんが

「暗くて仕事にならん 電球をこちらにくれ」といっているが

便所の便器のとりつけの水道やさんと ペンキ屋さんに

電球をとられてしまっているので 外のたき火のあかりで

壁紙を張るより外に 仕様がない。 


いつのまにか食堂に 旧館のテーブルが運ばれ 

椅子もおかれていた。

運ぶのが 大変だったろう。

斎藤さんが 皆に指揮して運ばしてくれたのだ。


めいめいが めいめいのその持ち場で てんやわんや。 

明日だ開館が。


それに井戸のポンプが 動かないので 水がこない。

水道やさんの半数が 井戸端のポンプの所に つめかけている。

今日中に 水道を使えるようにしておかないと 明日は

二百人も来るのだから 小便にもゆけなくなる。

大変だ。 


水道屋が 必死になっているが 万博の工事ばかり行って

今日来たのでは 今日のにまにあわない。


内の若い人々は 十二時にねた。

水道屋のポンプが まだ廻らないので すったもんだしている。

電気屋さんも まだドリルで大きな音を立てて

新館の壁に 穴をあけている。
 

庄司先生もねむれない。

電気屋さんが 庄司先生の寝ている部屋に入って

押入れの天井に もぐってゆく。

先生も たまったものではなかったろう。


小便は出来るが 大便は出来ない。

若い者達は 新館の新しい部屋で 

新しいフトンに入って 寝ている。
 

電気屋が 部屋の中をおえて 井戸端にゆき

電気のスイッチを入れにいったのが 午前二時頃だった。

それでも コンデンサーがないから 廻らないという。


水道屋さんも かわいそうに十一日から徹夜(万博工事で)

寝てない人々ばかり。

責任上これを仕上げねば 明日の落成式がおじゃんだ。


電気屋が帰る。

水道屋が どうしようかとためらっている。


井上は 私に

「明日のスピーチを英文にかえねばならぬから 早く書いてくれ」

という。

だが私の頭は 一切がおわらなければ 落ち着いて 書いて

おれない。


――やっと電気屋が五人 一人は「やめて明日にしよう」という。

一人の若い衆が

「明日やるのなら 今やろう」という。

もう三時半だから……やってしまってから ねようというのである。


「わしは今から 家の大きいポンプをとってくるから やってしまおう」

とおす。

「じゃ」ということになり 若い衆が車でポンプをとりに

二人で行く。


のこりの者は 車で待つことになった。

ひとまずこれで おわりとなった。


四時 宣江はもう床につくといって 神殿の方に入っていった。

斎藤と井上は 新館の八畳で仕事をしている。


私は旧館の仕事場で やっと落ち着いてスピーチを書いた。

ちょっとうとうとした程 つかれている。

 
井上の所に それを渡しにゆく。

四時半だ。

井戸屋が 四時十分に来て 裏で仕事をしている。


斎藤さんは もう一寸ねますといって 横になる。

私は井戸端にゆく。 

もう外は 白々してきた。


五時頃だ。

井上のところに行ったら 机にふしてねむっていた。


井戸端に戻る。

ポンプを大きいのにかえたが 水を上げ吸い上げない。


――もうダメだ。

水道屋は あきらめて引き上げる。

闇は消えて 道がはっきり見える頃ともなっていた。


六時近かったろうか。

斎藤さんは五時半頃 おき出してきて

一人で机の準備や 何やら盛んにやっていた。

1970.03.14.

| 1970年 | 21:08 | TOP↑

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感謝

すべてのものに 頭を下げます

すべての者に 頭を下げます


悪い人にも 善い人にも

すべての者に 頭を下げます


犬にでも 猫にでも

すべてのものに 頭を下げます

オーム


木にも 石にも すべてのものに

頭を下げます オーム

すべてのものに

頭を下げます

オーム


1970.01.02.

| 1970年 | 16:12 | TOP↑

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