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アシュラム建設

アシュラム建設が はじめられた

日本における最初の建物が

ここ高槻の地に

一九六九年 十二月六日

鉄骨が一本 高く立てられた


私はびっくりした

クレーン車が こんな細い

山道にまで よく入れたものだ


十二月 二十四日には 一階の床に

バラ石が敷かれた

二階の床には 鉄板が敷かれ

屋根にも鉄板が敷かれた

鉄の階段もついた


十二月 三十一日には 

一階に セメンがはられた


明けて 一九七〇年は躍進の年だ

土がためが 着々となされている

この日本の地に


ここを基盤に 世界全土に

我々のセンターが 拡げられるのだ

ヴェーダーンタ思想の新しい思想が

世界を徐々に

変えようとしている


これは神のみが 知るところである

新しいヴェーダーンタの思想

それは いつどんな形で

あらわれてくるのだろうか


準備がすすむ

いつかそれが 整いと共に

やってくるのだ

建設の第一歩だ

今が


1969.12.31.
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| 1969年 | 16:11 | TOP↑

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カエルのバカ

根のある蓮は 華をつける

みごとな華を 咲かせる


しかし根のついてない

葉っぱの上にのっかっていて

おどっているカエルは 

華を咲かすことは出来ない


人間は根のないカエルである

なんぼでも ほっておけば

しゃべりまくる


しかしそれは 華ではない

人間はナンセンスをくりかえして

いる


根のある蓮は 華を咲かせるのに

しゃべりまくっているのが

人間である

一言 一言すべて

根がないカエルのおしゃべりである


根は 華は

いつ我々のものとなるか

カエルはいつまでも カエルでゆくのか


否 カエルは

雨がふると かしこくなるそうだ


雨の音におしゃべりも

さえぎられて

つまらなくなるそうな


1969.09.05.

| 1969年 | 13:22 | TOP↑

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愛との対決

愛は我々を長い間

悩ませてきた

愛を捨てよ 愛されることを捨てよ

愛することも 捨てよ

愛を海中に 投げ捨てよ

さらばせよ

愛程 悪いものはなかった

我々を ごまかし 悩ましてきた


人を愛さねばならないのだと

それは我々に言い続けて来た

一瞬間も我々は 愛さなければ

ならないのだと

それについて悩んできた

まじめさもそうだ

まじめでなければならないのだと

また 善もそうだ

それ等は我々を長い間

悩まし続けてきたのだ

それらを おい払え!


誰かが まじめくさった顔をして

神を愛せよ 人を愛せよと

言ってくれたので

大いに我々は迷惑をしてきた

我々に必要なのは

愛でもなければ まじめさでもない


我々に必要なのは 時間だ

ゆとりだ 時間だ

ゆとりだ

時間だ ゆとりだ


しかも 大きくクローズアップされた

スマイルだ

大洋のような スペースだ

そこでは何でも入りこんで

何でもかんでも 消えてゆくように

ほほえみの中で

すべての悩みは

ときはなたれてゆく  

放て 切ってしまえ

愛という まじめくさった

いんちきな言葉を

愛は我々を長い間 苦しめてきた

もうその時ではないのだ

心のほほえみで

愛を たち切れ!


1969.07.16.

| 1969年 | 19:00 | TOP↑

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私には二つの母がある

私には 二つの母がある

私には 二つの母が


その一つは 自分であり

その一つは インドである


私はその 大きな母なる

インドに

早く帰りたいが

それは許してくれない


自己なる母に 私はまだ

なっていないからである


私の母になるのは もう

間近かだろうと


しかし 我が内なる自分自身

母なる本性に 帰ることは

これ程むつかしいことか


見えていて それになれない

なれそうで なれない


母は間近だが

それを実現しないかぎり

私はインドの母なる地に 帰れない


インドには 私の

母なる出場所があるのに


あたえられた任務

自分が 自分になること

それを成し遂げるまでは

私は帰れないのだ


間近かなる我が 内なる母よ

あなたは何と 私を

暇取らせるのか

おお 内なる母


――そしたら

日本も救われ

世界も救われてくる

だろう


1969.06.24.

| 1969年 | 20:01 | TOP↑

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むすばれのみ

かつて マーヤの幕は

切って おとされた

だが マーヤにかえらねば

ならなかった

マーヤをのけものにして

人間は 生きてゆけない


絶対を 我々は捨て

我々は、マーヤから出発

その時 マーヤは顔を出して

導いてくれた

無限なる 何者かのもとに

この舟は どこに行くのか知らない

また 知ろうともしない

ただ 人々に

人々の欲する事をして

ゆくだけだ


人と人の和こそ

人と人々とのはたらき合いこそ

この世では必要である

それ以外の事は 知らない

知ろうとも 思わない


絶対があろうが なかろうが

一体があろうが なかろうが

私には 関しない


ただ 人と人

人と人々とのむすばれが

あるだけだ

あとは のぞまない


1969.03.12.

| 1969年 | 23:13 | TOP↑

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