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右脳と左脳

右脳と左脳を働かせと人は言う。 

しかし合理の主人公が頭の王座を占めていて、その左脳と右脳を動かそうとしている。これは子供を泥棒にあずけるようなものである。それに気付かないと、大変なことになってしまう。そんな子供は悪知恵がいくらでも働く。 

では誰が、何がその右脳と左脳を動かせばよいのか。それは例えば、意味を解体して無意味を知った者、無意味の宇宙意志というものにタッチした者、それに右脳と左脳を働かさせるのである。

宇宙の何たるか、宇宙はこんな人間の小さな頭で考えて分るものではないのだというその「認識」が、右脳と左脳の主人公にならなければならないのである。

それは言いかえれば、頭脳が人間の一番大事なものであるという考え――頭脳中心主義を覆せねばならないのである。
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| エッセイ | 13:47 | TOP↑

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神話に帰る

宇宙はどこから起きたのか、宇宙の創造はどうなっているのか、それを科学者はしきりに突き止めようとしてきました。

しかし、宇宙は謎に満ちており、その謎にぶつかるだけでした。最近の科学者はそのことを「人間はプリズナーになっている」、 即ち宇宙の謎を解こうとして、そのとりこになっている。牢屋に入れられた囚人のような者だ……といっております。

むろん宇宙の奥は、合理的に答えが返ってくるようなものでなく、音楽的、芸術的、神話的にその答えが返って来るものだ――と科学者も数学者も十分に承知しております。

このことに関しては今始まったことでなく、帰郷を見事に歌い上げた詩人ヘルダーリンと、その学友だったシェリングは、共にギリシャ神話の研究を通して、神話の深淵に迫ろうと熱烈に欲していました。

そして『新しい神話』という講義の中で、「古代に帰り、合理でなく非合理の神話を実現せねばならない」、「自然と一体になって、神話性に満ちた芸術的な柔らかい社会を創ること、国家が社会を動かすのでなく、芸術的な社会が国家を動かす」という民主主義を造ることを述べています。

現代、ヨーロッパにおいては、あれほど昔から戦争し合った国々が、手を握って一つの社会を創ろうとして必死になっています。これは神話芸術の一つの立派な現れです。一つになること、結ばれることが神話の一面なのです。国があっても、人の行き来を自由にすると、経済が動き失業者も減ります。神話とはこのように開きの系(開きの角度)を持って、全てを統一と平和に導くものです。

アメリカ大陸にも、アジア大陸にもそれを唱える政治家が、近い将来に現れてくるでしょう。早ければ早いほど、国と国の間にある不信感が減り、産業と経済が動き、健全な社会が出来上がってきます。今まで持ってきた、かたくなな宗教的・国家的理念を捨てて、未来を創る神話のやわらかい心に帰るべきです。

輝かしい秩序ある社会、生きてある社会は、この生きてある神話性から出来てきます。神話性をはぶいては、一足飛びに実現を考えるのと同じです。心と社会の間を神話性でつながなくてはなりません。合理はぶつかりの社会を造るだけです。非合理こそ平和の母です。

さて……ここでもう一度同じようなことですが、大切なことなので申し上げておきます。今日までの宗教及び哲学において、自己実現ということが大切だとか,帰郷ということを教えられてきました。しかしそれがためには、この神話という通路を通らないと、実現も帰郷も本当に生きて来ない、という事を頭にたたきこんでもらいたいのです。 むろんそれなくしては、社会の建設も不発に終わってしまいます。 神話こそ輝ける秩序の母です。

| エッセイ | 14:32 | TOP↑

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神話からの贈り物

人間は根源から現れた
神話の贈り物である

透明な角度をもった
透明そのもの
罪人でもなければ
罪悪にみちた悪人でもない

贈り物そのもの
贈られてきたものそのもの
透明にそれは輝いている

心に非合理を持っていないと
ついつい堅い考えや
他人を裁く考えや
不安が起きてくる

コスモス コスモス 輝ける秩序 神話への信仰
人は知的合理を振り回すばかりでは
進化した人とはいえない

神話学は新しい世界秩序の建設者である
大地の子等はこの輝かしき神話の
透明な懐に帰り 憩わねばならない

| エッセイ | 14:30 | TOP↑

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映画に見た神話的な青年

最近テレビで「アフターショック」という映画を見たのですが、ニューヨークが大地震に見舞われる内容の映画です。
むろんビルが壊れ、人々はその下敷きになり、大混乱に陥ります。これが平屋ならこれほどの打撃は受けなかった事でしょう。近代は経済の繁栄を誇りとするためか、やたらと高層ビルを建てたがります。

高く上がったものは、いつかは地に落ちる。大きくなったものは、いつか潰れる。栄えたものは、いつか滅んでしまう。だから栄えようとしないことです。

幸いなことに今、日本では貧乏でも、心が豊かな生活をしよう、儲けるのでなく役立つための企業を興そう、もう儲けるという言葉にはひっかからないぞ、といった立派な考えの人々が増えているようです。

「アフターショック」の映画について言いたい事は、あれよあれよと必死になって逃げる人々、建物の下敷きになっている人を助ける人々……それらの人々が神経をとがらせて、うろたえております。
ところがその中に一人だけ、神話的な人物がその映画の中に登場します。それは、他の国からニューヨークに3ケ前に入って来てタクシードライバーの職を見つけた青年です。

彼は大学では数学を専攻しており、立派な学歴を持っている青年ですが、他のニューヨークの人のような意識の荒い波動でなく、きびしさを全然持たない人でした。
この人の中に神話的な波動を見ることが出来ました。おっとりしていて善良で悪気の少しもなく、この厳しいニューヨークの経済社会の中で探しても見当たらないような、すれていない青年です。

この一人の青年が画面に現われて来るたびに、救われる思いがします。
人を安らかにする人、こんな人が自分の目前にいてくれたら、それは夢のような出来事であり、神話的なやわらかさ、やさしさを味わえて幸せになれるだろう……と思えるこんな青年を、このニューヨーク大地震の大混乱の中に登場させたことは、この映画の素晴らしいところですね。

神話が大切だと私がいつも話していますが、それを聞いた人から(ではその神話的な人とは、どんな人のことを言っているのか、何を見本にすれば良く分るのか)といった質問が来そうですが、ぜひこの映画を見て下さい。そこに見本となる人が現れて来ます。

しかしこの青年は神話的でありますが、皆さんの近くでもそれに似た人がいるかもしれません。人の心を和らげてくれる人、荒々しい言葉づかいをしない人、大きな声を出さない人、自己を売り込むための大宣伝や大声で熱弁をふるって人の気を引くようなことをしない人。

それにもうひとつ大切な要素があります。それは欲がないという事です。自分の利益の為のみに動くようなことをしません。持っている物でも、お金でも他の人々に与えます。

経済のあるこの社会において経済をなくすことは出来ません。しかし経済の中で、神を実現することは出来ます。神というより、人間としてあるべき姿を実現することが出来るのです。

| エッセイ | 16:36 | TOP↑

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行為の中に詩を見つけよ

私は1975年にアメリカに来たのですが、その時日本人になかった良いものをアメリカで見ることができました。

それは美しいという言語についてでした。日本では人が行なった良い行為に対して、「立派ですね、良いことをしましたね」と言って讃える……
そのことに関してアメリカ人は「ビューティフル」と言ってその行為を讃えるのでした。

日本人は美しい絵とか美しいものとかに対しては、むろん美しいと言いますが、行為に対して美しいとあまり言いません。それに良いとか立派という言語を使います。

ところがアメリカ人は行為に対しても美しいという言語を使ったということは、その行為の中に詩を感じている証拠です。アメリカの中にはいろんな問題がたくさんありますが、しかし民主主義を立派に成功させるのだという建国の精神が、今だにアメリカの未来に方向性を与えています。

またトーマスジェファーソンの――すべての人間は善なるものである――という精神から大きい影響を受けたホイットマン。それにホイットマンばかりではありません。アメリカ民主主義を唱え、夢見た多くの先輩たちの後に、ホイットマンが現われているのです。

民主主義は美しいものであります。しかし資本主義はそうではありません。一部の人によって国が動かされ、国民はいつまでも苦しんでおります。早く美しい黄金時代をつくり上げねばなりません。

それには一人一人の自覚が必要であります。詩人であるという自覚です。美は詩であり、詩は美であり、波動である。即ち透明で結果を求めない行為の中にそれを多く見つけることが出来ます。

良いことをして高々にそれを自己宣伝に使ったり、革命をして権力の座に登ったりしたのでは美しいとは言えない。美しい行為は無私の行為である。権力を求めてという目的のある行為は人間の醜い合理中心から出ています。

何の利己的な目的も結果も考えない行為………そこに禅でいう禅味であり、ニーチェのいう無意味そのものです。
そこに詩があり神話があるのです。

| エッセイ | 11:13 | TOP↑

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