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2006年3月の御霊祭へのメッセージ ⑤

さて、私が今まで7才~81才までに修行と勉学と瞑想と神通力を通してやっと見つけたものがあります。それは物質即ち石、木、空気、時間、距離、肉体といった物質の方が、人間の頭より賢いという事です 或いは神より物質のほうが賢いかもしれません。 

物質は我慢して人間から利用されたり、下級な品物と思われているが、我慢してくれています。これらが一旦怒り出したら、人間などひとたまりもなく吹っ飛んでしまいます。
その証拠に最近はいたる所に嵐、地滑り、地震が起きています。この辺で人間は生きる方向性、心の持ち方を改めなければ、永遠の地獄を造ってしまうかも知れません。

今まで私は宗教、哲学、科学、数学等を通して宇宙の奥へ入って来ましたが、最近になって見つけたものがあります
それは、先年のドルガプジャのメッセージに黄金(金)の音波と黄金の色彩というものが宇宙の一番奥にある事を書いて送りましたが、もう一つ見つかったものがあります。それは黄金(金)の香りというものです。.

黄金の音波と黄金の色彩と黄金の香りの3つによってまず時間が創られた。そして、それから距離が出来、それから物が出来て来て、この宇宙が出来たのだと分って来たのです。だから人間から金の香りが出てくるようにがんばらねばなりません。

そうなる事が『神話の人』となることです。考えてみるに人からこの香りが出ているのです。今では汚れた人間になりきっているので少ししか出ていませんが、神話の香り即ち黄金の香りが全身から出ているのです。それをかぐ鼻を持っていないだけです。

その内、それに気を付けていると、その香りをかげる神経が出来て来ます。現在、私の口から出る声の中から、黄金の音波が出ています。その内私が日本に帰って歌う歌声の中に、その黄金の音を聞く機会にめぐまれるでしょう。

2006.03.19.
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| 講話など | 23:43 | TOP↑

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2006年3月の御霊祭へのメッセージ ④

太古においては人間は神のような生き物だったのです。
snap_mythpoem_2019112171513.jpg

上の丸い領域を創造主としておきましょう
哲学では根源といいます。

下に放射状に拡がる領域があります。
この中に物質宇宙があり、神々、人間その他の自然物の存在する場になります。

だから物質宇宙にいる人間はその故郷なる根源に帰るなら、きれいな人間になれるというのが、ヒンドゥ教の教えですし、仏教の教えでもあります。

しかしそこに不完全な教えが見つかりました。それらは下図のように創造主或いは根源と物質宇宙の間に『神話』と言う世界のある事に気付いていませんでした。
snap_mythpoem_2019112172628.jpg

中央の丸く囲まれた場が神話の領域です。
この図は何を意味するのかというと、神話という子供のような素朴な心の道を通らないと根源なる古里に帰れないのだという事です。

この下の図こそ私が天から啓示をうけて知ったものです。今日の話は『神話』の道を通らないと自己を完全なものにもどせないのだという図界入りの説明でした。しかし、この道を通ろうと思えば今までの宗教や科学の道だけでは不十分です。それには超科学というものが必要になってきます。

| 講話など | 21:28 | TOP↑

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2006年3月の御霊祭へのメッセージ ③

――我々の歴史を考えてみましても、間違い多い歴史であって、そんな間違った歴史から受けている知識を頭に詰め込んで、それで良しとし、それを理性として生きています。
ところがそれが、もしほとんど間違ったものであったらどうしますか。それを元に返すのにどうしますか。もうどうしようもないのです。人々はこのどうしようもない道を今歩んでいるのです。後戻りする道を教えてくれる人もいなければ、今歩いている道が間違っていると教えてくれる人も居ないのです。

我々のDNAにそんな間違いだらけのものがつめこまれているのです。そしてそれを子から孫へと伝え行くのです。伝えられた者は又、不孝な人生を長い間送らねばなりません。

それを一番始めに気付いたのが、イタリーのヴィーコ(神話理論家)という人です。次にそれから70年程後に、ドイツのヘルダーという人がそのヴィーコの書物を読んで、神話研究の必要性を発見しました。
そしてそのヘルダーに影響されたのが、あの有名な詩人のゲーテです。それからドイツに一度に神話学派の学者が増え、ドイツの文学会を活気あるものに変えてしまいました。そして世界中に神話学者がたくさん出て来ました。
しかしこの話の始めに述べたように、神話物語を神話と思っている人々もいます。なぜなら、本物の『神話』というものへの理解が中々難しくて、それを掴む事が普通では出来ないからなのです。

これは知識と違って、例えば子供がもっている生まれながらの知恵のようなもの、そんな知恵即ち汚れていない(知的に汚れていない)きれいな知恵のことです。だから我々には子供の頃には神話的な知恵で、全身が出来上っていたのです。それを少年期、青年期を通して汚れが出来上がっていったのです。

だからそれを取り戻すには子供に帰らねばならないのです。大人は欲のかたまりになっているのです。子供は欲がなく、清らかな花みたいなものなのです。恐れを知らぬ、悪も知らぬ、欲も知らぬ、恨む事も憎む事も悪だくみも野心もありません。神という事もありません。仏という事もありません。宗教も科学も数学もありません。

| 講話など | 20:46 | TOP↑

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2006年3月の御霊祭へのメッセージ ②

私は仏教もしました。ヒンズー教もしました。しかし申し訳ない事ですが、それらは私にとって、十分なものではありませんでした。
なぜなら、私には7才の頃からある一つの事の研究と実現に心がしぼられていて、これをやらねば人類は救われないという信念を持っていたからです。それは『神話』的人間に全人類は変わらねば、人はおろか社会が本当のものにならないという、ある一つの天命を受けている自己に気付いていた。それが81才になるまで、7才の時からずっとそれが続いて来ているのです。

今の人は『神話』というと何の事かも分っていません。これは神話の物語の事を言っているのではありません。現代人は神話といったら神話的物語のことを神話々々と言って居ります。
……『神話』と言ったら、真理の姿の事です。真理の姿といっても、まだ十分に分からないでしょうが、今の人々の姿というものは、今まで学んで来た知識とか、親から教えられた道徳その他の常識とか、そういう知識と違って、星空が美しいとか感じたり、花を見て美しいとか感じる感性というものがあります。
これは教えられて知ったものでなく、生れた時から身についているものです。
こういうのが詩情につながって詩を書いたり、それを音楽や絵でもってその美感を表現したりします。――このように知識として詰め込んだものと、生まれつきあるものとの二種類を我々は持っています。しかし知識というものは往々にして、間違ったものを頭に詰め込んでいる場合があります。

| 講話など | 20:40 | TOP↑

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2006年3月の御霊祭へのメッセージ ①

皆さんに
お彼岸の御霊祭りですね。さて来年は当ソサイティが出来て50年になります。私が32才の夏に創設したものです。その間、私の研究と宗教と哲学と科学の総合によって宇宙の真理を究めようとする努力でした。むろん数学もその内に入りますが、これらの中で最も中心的になるものは、神への信仰による霊力の獲得でした。これなくして、宇宙の奥は無論のこと、各学問の奥にも入ってゆけません。

それ故に私は25才の時、姫金神教という神道の教会に弟子入りしました。そこの教会の親先生は女性で、世にもまれなる立派な神の人としか言いようのない人で、その師の元で5年間宗教生活と神通力を得て、様々な霊的体験をしましたが、その生活の中で一番基本的な事を身に付けたのは,一旦宗教家を目ざす者は、多くの信者を集めて喜ぶような宗教を造ってはならない――宗教家はいちずに、真理の探究のみに努める事、それと宗教は科学的でなければならない――という、その大切な事に自己を一貫させる事――と言う事でした。だから今でも信者が5、6人になっても平気です。真理をきわめる事だけが大切な事です。

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