FC2ブログ

1960年04月 | ARCHIVE-SELECT | 1960年06月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

詩情がわく 鳥よありがとう

今日は私のうれしい日だ

私の心はいま

詩の中にひたりきっている


五月十七日の夕べ

浜寺の学園に帰ってきた私は

門の近くで ものすごく沢山の

鳥のなく声をきいた


我が家のカナリヤでもない

夢かなと思えるくらい

沢山の小鳥がさえずっている

とたんに「うれしく」なる


どこだろう


門をくぐってから

それが 分った


玄関の入口のところの

楠の大木に

「すずめ」が集まっているのだ


小鳥はオスとメスが

夕方になるとよろこんで

さえずることを カナリヤで

知っていた


私は彼等が 群れをなして

楽しんでいるのを

乱さないように

心をくばった

静かに木の下を通りぬけた

少しの音も立てないようにと


静かな自然界の調べが

静かに位置し

木の下には 白いあやめが

静かにのびて

鳥の声に 席をゆずっている


一度か 二度

靴のなる音が しただけで

通りぬけることが出来た

やっとの思いで台所まで


途中 鳴き声が小さくなると

見つかったかなと心配した

二階にあがり

家の者に

「あの鳥のこえを聞いてごらん」

というと


「何ですか あの鳥は

今日はやかましくないていて

子供がふえたのですやろ」

という


なる程 子供の数もふえての

大家族集団だろう

大分暗くなりだした

まだ少し ないている


詩がうまれそうだと思いつつ

木の下を通りぬけたが

それが せいいっぱいで

詩はうまれなかった


うかばなかったが

私の心の中は

私全体が 詩の中に

ひたっている


ああ 静かになった

鳥の声にかわった

南海電車の音がきこえる


しかし

車が通りすぎると

また鳥の声にかわって

耳にきこえる

心の耳に


なんて楽しい

―――うれしい 今日一時だったことか

生れて こんなうれしい一時が

あっただろうか

鳥よ ありがとう

1960.05.17.


スポンサーサイト

| 1960年 | 08:42 | TOP↑

| PAGE-SELECT |