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1966年12月 | ARCHIVE-SELECT | 1967年02月

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泣いてあなたは

科学者よ 泣いてあなたは

研究しましたか

科学者よ 泣いてあなたは

祈りましたか

科学者よ 泣いてあなたは

顕微鏡を のぞきこみましたか

科学者よ 泣いて下さい

人々を救うために


科学者よ 泣いてあなたは

研究に 向かいましたか

科学者よ あなたは

泣いて 祈って下さい

名誉や地位

ノーベル賞があなたの涙を

ふさいています


人を救うために

人が救われるために 泣いて

あなたは 研究して下さい


あなたの内から生命が

躍動してこないと

人生は 空虚なものと化します

生命をこめて 神秘の

活きたものに ふれて下さい


科学者よ あなたは

泣きましたか

人々のために

泣いてあなたは

祈らねばなりません

生命をうちこんで下さい


1967.1.28.
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| 1967年 | 00:00 | TOP↑

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死者ハ

死者は どうして よみがえるのか

死者は どうして よみがえるのか

死者は よみがえらねばならない


一匹の青白い おおかみか 幽霊か

さえわたりたる 月の夜の

崖淵に立ちて ほえるよ

夜は 氷の如く冷えて

鳴き声は ひびきわたる

深い夜のしじまに こだまして


彼は自己と 別れを告げねば

ならないのか

彼方をみて ほえたてている

呪わしき 運命を宿して

遠吠えは 尚もきこえて

聞きとるものもなし

月も闇も樹々も 沈黙

あわれ おおかみは ほえつづける


導き手 今も間見えぬ

見知らぬ人 青白い獣は

死期を予期したのか

彼の求めているものは 何か

夜か 彼自身の内なるものをか


知られぬままに 彼は求める

世界の闇がふかくなる時

青白い獣は ただ一人

友とわかれて 断崖の上に立つ

彼のさけびは 悲痛だ


世界は 死なねばならないのだ

彼は それを予言している

世界は死すべきものなのだ

世界は もとの世界にかえらねば

ならないのだ

成長した 世界となって


おおかみは 尚もほえつづける

夜のしじまの中に

彼の求めは 消えてゆく

いまだ 知られざる彼方へ


見知らぬ 彼の内なるものが

彼をこの 断崖に連れて来たのか

夜は青く冷えて 彼をまっている

死すべき 運命をもつおおかみよ


古人は知っていた

昔 おおかみがいたと

山中で人を襲い もっとも

怖れられていた 獣なのだと

だが その彼も今はその種族が絶え

昔物語と化さんとしている


月の夜の 青き花束の中に

彼は消えていったのか

遠吠えは こだまして

世界が 岸壁に立ちて

幽霊の如く ほえるのか


見知らぬ者 内奥のさけびをもって


「誠」が再び 彼のもとに

くることを求めて

求めなき 調べが

岸壁に こだまする

月は冴えて


1967.1.21.

| 1967年 | 22:32 | TOP↑

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待つことは

法がこの世に出生するのは

母と法 それ自体の意志に

かかっている

助産婦は あくまで助産婦であって

助産婦が 子供を産むのでも

産み出させるのでもない


芸術家が 芸術から

何かを引き出すのは

芸術家にかかっていない

芸術家は 助産婦にすぎない


芸術そのものが 生まれんと

意志する時

芸術家の手中に 彼の御子は

生まれ給うのである

芸術作品はあくまで

芸術家の手にはなるが

芸術家が 芸術の中から

何かを引き出したのではあるが

引き出したというよりか

生み出てくるものを助け

引き出したにすぎないのである


世界が救われる 天なる

まことの法が

この世に 降り給うのはいつか

人間の手によって それは

引き出され得るものか

そうではない 母が法を

産まんと意志しないかぎり

子供は母の体内に 生じないだろう


法の御子が 母の体にて成長した時

母の意志をこえて 彼は世界に

出てくる

だが母もその子を 意志によって

自由に宿すことは 出来ない


すべて法の意志に かかっている

ではいつその法が世界に

生れようと 意志し給うのであるか

それは 法自らが知るのみで

創造主なる御母と

むろん我々も 知るよしはない

法の御子と母が産まん

産まれんと意志した時に

法の御子は宿る


作品は

芸術家と芸術が

意志の通じ合った時に 産み出される

芸術家は 助産婦である

創造するのでなく

創造はなされるのである

芸術そのものの中に

創造の力は あるのである


我々人間は 芸術作品であり

芸術家である者は

では一体 法の御子を

いかにしてさずかるのか

如何にすれば さずかり得るのか

時期を待つより しようがない


その前にあっては 我々は

無力である

何も生むことには 力がない

では……それは

その生まれんことを待つより

仕方がない


彼と彼女が結合し

創造が行われ出すのを

来たらんとするのを

気長く 待つのだ


待つことは 彼と彼女の中に

入ることである

入って待つのだ

この三者が一つとなる時

はじまりは はじめられる


1967.1.6.

| 1967年 | 21:16 | TOP↑

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