1967年06月 | ARCHIVE-SELECT | 1967年08月

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ナッシング

クリシュナが来た

クリシュナが来た

「無」として来た

自分の中に

すべてが ナッシング

すべての本性は ナッシング

人間関係も 世界関係も

ナッシング

深い世界が 本性が

ナッシングになる


ものを言うことを

わすれる

考えることが なくなる

深い世界に とどまる

自分もクリシュナもなくなる

ただ ナッシングがあるのみ

「無」に

「無」という深い世界に入り

そういう肉体が出来る

――眼を開く必要を感じなく

なって来た

そのうち別の眼が出来るだろう

ナッシングの眼が

肉体のうごく動作が

きえそうだ


1967.07.27.
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| 1967年 | 20:52 | TOP↑

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逆流

足許に 足許に 消えてゆく

すべてが

人間関係や人間と諸物

祭壇の神の像も

いのりの儀式も

祈られる 神々も

人間の修養の様々な

苦闘の道も


足許から 消える

よろこびも 悲しみも

それら すべての多様性が

ただ一つのおもいの中に

消えてゆく

水が流れて あふれ出すと

すべて順序は

長い間の夢の道

道なきものとなる

人間も 人間関係も

修養もいろんな考えも

すべて流れうせてしまう

順序ではなく

逆流


転覆が望ましい

すべてがくつがえり

なやみも 迷いも

流れさってしまう

そんな 大逆流が

――我々をすくう


1967.07.22.

| 1967年 | 20:24 | TOP↑

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