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躍動する生命

長い北部の旅も終えて 
今はカルカッタからマドラス行きの汽車に乗り込んでいる 
私はまさに家に帰る者の如く ちょっとした安住の地が
そこにあるかのよう……

南はもう暑くてたまらなくなる頃なのに
北は何とした事だろう 寒い!寒い!
一晩中 汽車の中は眠れなかった
はやく南に近づきたい
思い出多い北部の いやな旅もこれで終えた 
南部では(どうかよい日々となりますように)と祈る

内部の輝きよ 躍動よ おきておくれ 
表面のもみ殻のような言葉や人間関係が
吹き散らされん事を――

樹々の緑は おお 花をもっている
おお 花が命から 吹き出している
命よ とび出しておくれ
私にも……背骨の中のクンダリーニが動きはじめてきた

涙がふき出て来た
春! 春のよみがえりがまたやって来た スプリング!!
おお道 赤土の道が真っ直ぐについている
見てごらん あの鳥羽の上下運動を
おお山  山がどっかりと 大地に坐っている
人間は何でこんなに フワフワしているのだろうか
いらんことばかり言って いらんことばかりして
流れる雲のように 常に心が変化している
根の切れた人間 生命を全然忘れ去った人間

おお今 汽車の出発の鐘がなった
チンチン チンチン 駅員がつるしてあるレールの短いやつを
短い鉄の棒でたたいたのだ
音が出る 音が出てくる 
チンチン チンチン
音がなかったものの中から音が出て来た

今物乞いの青年が手を差し出して
歌をうたいながら近づいてくる
彼は一生こうして 物乞いをつづけるであろう
この意味をいま理解できない
これでも彼等は生きているのだろうか

しかし考えてみれば 我々でも生きているのであろうか 
もみ殻のような実のないものばかりを追い
そんな言葉ばかりを言い そんなふれ合いばかりしてきて
それで生きているのだろうか
人間 生命とのふれ合いを忘れた人間

……おおずっと遠くの民家
藁ぶきの民家に 赤い長い布が干してある
赤い色彩が目にとびこんできた 生き生きした色彩
おお 汽車は走る
煙を女の吹き流しの髪のように 吹き流しながら走る
汽車が走る

今まで騒音 雑音を出しよると思っていた
窓際の二人の若者の高いラジオの音楽も
耳障りでなくなって 
汽車のコトンコトンと
さらし髪を吹きながら走る 
その伴奏ともなった汽車は走る
 
ラジオからきれいなインド音楽が それに添えて歌い続ける
おお汽車よ 走るのが少し遅くなった
もっと走れ 速く 
笛がなる
インド女性が舞いながら歌う
   カンチーレ カンチャーレ
   カンチーレ カンチャーレ

おお山が 木が一本も生えていない山が
そのかわり岩が山に生えている 岩山
石山だ 沢山岩がニョキニョキ生えている

この道は 一度通ったことのある道だ
だがその時この山は 死んだ山の如く見えた
木が一本も生えていないゴロゴロの石山
羊の群 牛の鋤を押している人
乱れ髪はなおも流れる 

小さい駅についた 
インド音楽は 歌は男と女とが歌う 
茶売りの青年が来た 
    チャーエー チャ-エー 

小形のバケツに
水を入れコーヒー茶碗や皿が入っている
きれいなバケツだ 
きれいな大形のアルミのやかん
その口には さめないように白い紙で詮をしている 
    チャーエー チャ-エー 

前の二人の客も横の乗客も茶をのんでいる
    ヘイ チャー 
後ろの方から注文の声がする
人 人 人と荷物の混合車
赤い山 赤い道 ぐっと湾曲した道は続く

また再び インドが発掘され始めてきた
ねむっていた私の感覚に 内部生命が躍動し始めた 
赤い小石が石炭の山のように 一面に積まれている
 
小駅にまたついた
その赤小石の山のむこうは 草のはえた緑の山だ 
白いのは 白く動くのは羊の群だ 
おお あの群れは動いているよ
うつむいて草を喰いながら 移動してゆく

また歌うたいの物乞いがきた 彼は坐りこんで
合掌して歌っている 彼の左足はアメ細工のように
曲がりくねって8の字のようだ 何とした事か
眼の前に坐りこんだ 
なかなか立ちのかない 二、三の者が小銭を与えた
手を差し伸べてバブーバブーという 
彼は歌いながら去った これが 人間だ!
羊たちのほうがよさそうだ

インドでは普通の理性では生きてゆけない
悲劇を悲劇と受けとっていたのでは頭がおかしくなってしまう 何もかもを 神の遊戯と見るより他に方法がない

また物乞いがきた これは盲目だ
歌をうたいながら通る 靴みがきが来た
パンとオムレツを注文したが 私のところには持って来ない 多分聞き違えたのであろう

一寸立って帰って来ると もう私の席に他の者が坐っている 私はそこいらの空いた席に腰をおろす 
汽車は火の粉を散らしながら 夜の中を走る 
インドの夜は深く インドの夜は歌に満ちている

八時 車中は汗ばんできた 
一昨日のカルカッタの夜行の寒さと比較にならない 
三日目の夜 斜陽を右に髪ふりふり 汽車はマドラスについた

長い長い旅であった
陽は眠りについた 
汽車も眠りにつこう
旅は終わった

1972.02.20.
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| 1972年 | 13:57 | TOP↑

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