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1973年10月 | ARCHIVE-SELECT | 1973年12月

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梵の洪水

おお 神よ 私を泣かして下さい

私には それしか 楽しみがないのです

それ以外 この世に 何の楽しみが

ありましょうか

私を泣かせて下さって有難う


私は 泣いて 泣いて

泣きの中に ひたる

梵は私だ 私は梵だ

私はきえて 私はきえて

梵となった


泣きこそ 梵

梵を 泣かせて下さい

これ以上のよろこびが

どこにあろう


私なる我は 消えて

神も 消えて

梵のみとなる

その梵が あちらにあったものが

すごい偉力ですべてをつらぬいて

いる事を

うすうす感じていたが

それをとらえる自己のない

状態がつづいて

しばらく 待った 


だが 来るものは来た

それ 光は我が内に来た

我れが 梵の中点となった

泣いて 泣いて 洪水が

又もや やって来た


この洪水は 昔味わっていた

洪水とは ちがったものだ

自己のない

梵の洪水だ

すべて 幻までが

光にみち 泣きの涙に

ふるえ もだえ

輝いている


ただ 泣きだけしかない

梵一色

我れのみ

自己のない

神のない 彼方なる

真実なる実在


梵も消え

己が梵となる

梵が自己のない中で

自己と一つとなる

泣きは 洪水となって

おしよせ

我をのみこんでしまった


世界は泣きのるつぼの中に

あった


これ以外にこの世に

よろこびというものはない

私はこれをさがしていたのだ


来るべきものが 来たのだ

すべての多様性は消え

自己も消えた

闇も光もなにもない

泣いて 泣いて

泣きの光

それだけしかない


歓喜だ

泣きそのもの

それは我れを中心とした時

ピタリとすべて 合った

そして すべてはそれとなった

泣きだ 洪水だ

おし流されてしまうのだ


おお 我!

梵よ!


1973.11.26.
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| 1973年 | 13:59 | TOP↑

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芸術的愛撫

芸術的愛撫

芸術的愛撫


今までの人間の愛撫は

感覚的 感情的な

愛撫であった


芸術的愛撫とは

創造の中で行われる

のである


いえば その愛撫その

ものが創造である


創造には はじめも

おわりもなく

感覚 感情もない


感覚的 感情的な

芸術作品は

芸術作品ではない


それは 初段階のものであって

創造的ではない


創造には 自分がない

自分の無いところに

完全創造がなされる


完全創造がなされた時

そこに 芸術が 芸術と

してあらわになって

いるのである


神とはこれであり

これが神である

ブラフマンは「それ」である


無感情 無表情

それこそ 芸術作品の

完成である


一つの華を

一つのやさしさを

あるものに 或いは 無いものに

そなえ さすり つかえる時

創造がはじまる


人間が 人間の世の中を

よくするのでもなく

創造の中から

人間の助かる社会が

生れ出てくるのである


いわゆる人間が消えた

ところから


人間の実現は 神の実現に

ほかならないし

創造のはじまりであり

詩と歌いと

遊びのはじまり

舞と 踊りのはじまりである


感覚と感情の 無い所から

自己の無いところから

実現が 創造がはじまる


1973.11.02.

| 1973年 | 15:34 | TOP↑

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