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1975年02月 | ARCHIVE-SELECT | 1975年04月

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肉体に 踊らせよ

意識に先行させるな

意識がピュアーに

定着するも

肉体は

肉体は とり残されてある

おお 母 ピュアーよ

我を 肉体を

………

汝の門戸をあけよ

肉は 踊る

肉は 踊る

肉をピュアーに 定着

せしめよ

肉体に 踊らせよ

さすれば 私は

すべて 消える


1975.03.31.
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| 1975年 | 23:45 | TOP↑

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チビよ 汝は

チビよ 汝はどうして

姿を消したのか

汝は ピュアーのアワを追って

走ったのか

狂ったのか


それが 汝を招いたのか

犬が 犬でなくなり

何かに 魅せられて

彼は去った


アワ アワ アワ

ピュアーのアワの中へ

汝は 去ったのか

人にも 告げずに


1975.03.31.

| 1975年 | 08:30 | TOP↑

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狂え

狂え 狂え

この世で 狂え

狂え 狂え

この世で 私は  

どうなってもよい


この世で どうなっても よい


狂え 狂え

狂いの中に 陶酔しよう

狂いの中へ

涙は 涙は 涙の中へ

泣きの中へ

私を 誘う

私の故郷へ


そは

泣きの涙の中

そは 誰ぞ 汝は

そは 母 




そは 母

泣きの涙のふところ

私のふところ

泣いて泣いて 

私は死にそう

私を殺すは 汝

私を狂わすは 汝

おお 汝

我が魂の ふるさと


知識も 知恵も

無用のもの

泣かして 汝の中で


汝は 我を

とりことする

我が とりことされて

ゆくのか


母はかくて 又

現われる

現われるや 汝は

我を どこまでも

魅惑する


手をとって

或いは 手招きして

我を 深くまで

汝の 深くまで

ひっぱってゆく

知識も 知恵も

この世も

おお 私は

大声を 出しそう

狂わすは 汝

世界も 「我」も

汝の前には 消える


母の声をきいて

おもちゃを投げ捨てる

子供のよう


汝はかけよって

汝にとびつく


母はなぜこんなに

よいのだろうか


汝以外に何もない

何も 見えない

涙は我が母の

ふところ


あたたまる

死なす者

我を殺す者

この世の宝

それのみで たくさん


この世のすべてが

消える

汝 母は

マーヤであろうが 

実在であろうが

ブラフマンが 消えようが

アートマンがどうなろが

そんなものは 我がうちに

今は ない

母なる汝のみで 充分

汝こそ 我が実在


おお ドルガよ

おおドルガよ

おおドルガの 額

おおドルガの胸

おお ドルガ女神の胸


おおドルガ

宇宙に両の足を

踏みしめて 立つ汝

汝のみでよい

おおドルガよ

我を狂わす者

我を狂わせるもの

今も消しさるもの

今も無い

私の前には

今も 消える

ただ涙あるのみ


1975.03.30.

| 1975年 | 13:37 | TOP↑

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ピュアーには知がない


ピュアーに心が 定着すると

自己も 世界も

相対も すべてが消える

従って すべての知識が

消える


知識は 恐怖の遺産である

ピュアーには 知がない

天人には 知はない


天人は 上から見下ろしている

人は 下から上を

見上げる


見下ろせ

高きにおる

ピュアーなる

自己が いることが


1975.03.28.

| 1975年 | 10:27 | TOP↑

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天人と人間

我は ないのである

我のある人間が

この様な社会をつくった


我は ないのである

この社会は みな

あやまっている


若い青年達が この社会に

入ろうとするのは

我が あるからである

我がない事を知っていないから

いろいろと この社会で

何をしようかと 未来を

考えるのである


天人である者が

天人である者に

我はない


天人はこんな社会を

つくらない

天人が 過去に

あやまって 我をもった

そして こんな社会を

つくった


この社会で 何を

しようかと

考え 迷うのは

迷う以前に 間違っている

自己がある

我のある自己だ

天人が我をもった人間と なった

それを 人は知るべきである

天の前で

自己をなくせ


1975.03.25.

| 1975年 | 10:27 | TOP↑

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子供のような顔に

百億光年昔が

今におりてきて 踊る

百億光年の光をたどって

我は カンバックする

それに ひっつく


そして それとなって

地上におりてきて

今となって

それ自らとなって 踊る


しかし その地上には

地上を 意識していない

我れも 世界も 相対も

そこでは

消えているのだ


今 百億光年昔の

ピュアーが ここで

それ自らが 踊り歌う

それが 今であり

今 それであり

それと 今以外に

消えている


私は いよいよ

子供のような

ニコニコした顔に

なるのをおぼえる


この地表の意識層を

意識しない

これを消して

何も考えない

自分 自己

それと 今なって 「ある」


1975.03.23.

| 1975年 | 10:11 | TOP↑

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百億光年

何百億光年

これは すばらしい

この「何百億光年」ということを

忘れていた私は

マハリシの事以来

頭が知的になり

この何百億光年ということを

忘れていた


そして 知的にマハリシをうち

そこいらの聖者を分析してきた

しかし これもよかったのでは

あるが

即ち ラーマクリシュナの欠点

マハリシの欠点の非常に

みきわめにくいものを

見付け出して

明らかにしてしまった

その結果 頭まで

子供っぽくなって来た

知的な頭というより

哲学的なむつかしい顔から

青年時代のような

おぼこい顔に

忽ちなって来た


それは よかったが

どうもお祈りをしていても

まともにお祈りが

出来ない

手が上にあがらなくなって

しまった

手拍子はうつが

手が 上にあげようとしても

あがらないし

また 昔のくせのように

お祈りをしていても

仕事のことがゆききする


まるでずっと以前の

お祈りのような状態だ

少しもピュアーに統一出来ず

この辺をいわば

世界の表面をさまよっている

意識となった

いわゆる地上の人間と

なってしまったのだ

そこで 今朝のお祈りの時

はじめ頃に ふと

「何百億光年」を意識することを

忘れていた事に 気がついた


そして

「何百億光年」と

思っただけで

たちまち もとの状態に

復帰した

手は両手はとたんに

上にあがった ピンと


意識もしないのに

あげようと思わないのに

ピンと両手が

高く 前にのびて

あがってしまった


えらいものだ

時間的カムバックとは

この事か

やはり すごい効力の

あるものだ


手があがったまま

下りない

もう しめた

昔のような 低い地表で

すんでいた人間

いろいろと知的に考えた自分


ハハン……知的に考える奴は

地表にさまよう意識であるが

故である

ということが分って来た


地表人間が 地表に関係の

あることを 素材として

とやかく いろいろと

意識が かけめぐるのだ

――ということが

明らかとなった

手があがったとたん

何も考えが侵入してこなくなり

意識はやはり

何百億光年先の

ピュアーな世界に

ピタリと

くっついている


すごいものだ

ジュナーナに いったんなり下がって

彼等 聖者たちの 矛盾した

考えを

身破ってしまった


ピュアー以外には 何も

考えが 参入して来ないまでに

高く

ピュアーが 輝けば

自分も 世界も

相対も あらゆる

意識の 知的意識の

かけめぐりが

おさまった

ひょっとしたら 青年時代の

顔より

赤ん坊の顔にまで

なれるかも 知れない


1975.03.21.

| 1975年 | 13:09 | TOP↑

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シャンカラ一元論

シャンカラ一元論 に

これは なってしまった

これは シャンカラ一元論だ

ピュアーのみであって

相対に重きをおかない


相対を見ない

相対に 意義づけない

だからといって

相対を幻と扱うのでもない


相対を軽んずるのでも

重んずるのでもない

世界を無視するのでも

なければ

重視するのでもない


それらは 即ち 世界も

我れも 相対も消えて

しまうのである

消えるという 事は

無ではない

また幻も 重く見られる

のでもない

ただ ピュアーの一点に

意識が定着すると

それらは 消えるのである


知識で判断する領域が

なくなるのである


消えてしまって ただ

ピュアーのみが 輝き残る

のである

それのみが 残り

輝くといったところで

この我れ 世界相対が

幻であったというのではない


これらを 問われないのである

問題は 問われるか

問われないかに かかる


知になると 問われ

知が消えると 問われない


この相対世界

我れは 問われないのである

これが ピュアーである

ピュアーには 実相 非実相の

二つはない

そのような問われはない

問われると 知が生じてくる

それから 人間は迷いがおきた


ピュアーのみが さんぜんと輝き

お祭り 歌と 踊りが

祭りとしてある

祭りとは相対に意義づけての

祭りではない


祭りのために 相対が

あるというのではない

祭り自身がある

歌自身がある

踊り自身がある


ピュアーはそれだ

それがピュアーだ

我れはそれでも

世界は それでもない


我れも 世界も無い

消えて問われないのだ

ただ それのみがある


これで シャンカラ ラーマクリシュナ

ラマナ マハリシが一つとなる

この地点で

手をにぎり

完成する


太陽は 輝く

何ものにも関わりをもたず

関わることなく

太陽は輝く


星――それは

ピュアーへの入口だ

星よ

汝の名は ピュアー

それ以上 問うな

星の彼方

こなたのない 彼方よ!


1975.03.20.

| 1975年 | 10:40 | TOP↑

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ピュアーに定着すれば

この頭を うちくだくこと

この知的意識が

分解されずにいるものを

うちくだくこと

そうすれば すぐ 恍惚となって

ピュアーに ひっつく

自己がなくなる

ピュアーの前には ブラフマンも

アートマンもないのだ


知を分解せしめよ

肉と知の破壊だ

ピュアー あるのみだ

ピュアーに とけ入るのだ

ピュアーに

それこそ 我等がふるさと

ピュアーに意識が定着すれば

自己も世界も すべてが

消える

むろん 知も消える

ピュアーに意識が 定着すれば

すべてが消える

ピュアーに意識が定着すると

お祭りとなって

踊りがとび出してくる


ピュアーに意識が定着すると

踊りが祭となって

吹き出てくる

これが ラマナ・マハリシと

ラーマクリシュナとを一つに

結ぶところである

ラマナ・マハリシも いい所まで

いったが

もう一歩のところで

言葉を間違えた


一つの内容のことを言えば

よいものを

二つにわけて 一つへの道が

説かれた

一つの道は 一つしかない


即ち 「ピュアーに定着すると

自己も世界も知識も

消える」

でいいものを

「自己が消えれば 世界も

知識も消える

すると 宇宙の根底にある

ものがあらわれてくる」

これでは 自己が無になると

世界が無になり

真理がわかってくる

というように

二段階にことがはこんでいる


これは論理的な言葉の

いいまわし

……言葉の遊戯に

すぎない


それ故に

「自己がなくなると世界は

消える そうすると真理が

うかび上がってくる」

といってはならない

ただ一つ

「ピュアーに定着すると

自己も世界も知識も

消える」

――これだけでいい

これ以外に何も 言っては

ならない

言うと論理的間違いへと

転落するのだ

そして ピュアーに定着した

そこから

湧き出てくる踊り

祭りがはじまればいい


これが ラーマクリシュナの本領

なのだ


1975.03.19.

| 1975年 | 10:59 | TOP↑

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感得の道

透明となるこの小我



「万象」でもよい

これは 幻となるのは

あたりまえだ

透明となって

消えるのは あたりまえだ

もともと 透明であり

実体は ないのだから

その時 それでこそ

我は 一つになる

彼を いただいているのだ

彼は ここにはなく

あちらに いる


間違っていた

ピュアーをブラフマンとしてとらえると

つい ジュナーナ的となってしまった

一たんこれに 落ち込むと

なかなかピュアーに帰れず

身体全体で 苦しくなる


知情意体の調和が

くずれてしまう

これ程ジュナーナ道は

おそろしく よくない道だし

ピュアーの道は すばらしい


ピュアーから少しずれると

全身が 息づまってくる

そうだ ピュアーには極点

即ち 一点とか偏在とかはない

ピュアーはピュアーで

そんなものには 関わりがない


ピュアーよ 星空をみて

大声で 歌おう

他のジュナーナの人のものを

一寸 読むと

すぐそれにひっかかってしまって

ジュナーナ的 ブラフマンと

ピュアーの 谷間に入って

体全体の調子が

おかしくなった

いわゆる 体が うけつけ

なかったのだ


ピュアーになると 

そんなものが うけつけないのだ


ピュアーには ピュアーの 

道しかないのだ


お前は 今まで ヴェーダーンタの

四つの道で

二十数年やって来て

ゆきづまったではないか


そこには 明らかな

実現の道はないのだ

ただ お前は

お前達は 「感得」の道

ピュアーしかないのだ


もう二度と道を 踏みあやまつまい

ピュアーよ 助けておくれ

引き上げておくれ

汝を 少々見失った私を


もう少しで という最後のところで

おお又 たて直そう

ピュアーには 一点も

偏在も ないのだ

ピュアーは ピュアーにして

ピュアーである


1975.03.13.

(これはマハリシの四十の教えをよんだ時ピュアーなるものと、そうなった体が
うけつけなかった時のことをかいたものである)

| 1975年 | 13:16 | TOP↑

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