1975年09月 | ARCHIVE-SELECT | 1975年11月

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この高み

サイクルが廻る

サイクルが廻る

サイクルが廻る

サイクルの上から

それを見ている


サイクルが廻る

サイクルが廻る

この上まで 何ものも

ついて来れない

ピュアーな世界だ

いかなるものも 

ついてこれない


サイクルは廻る

サイクルは廻る

生も死も下の方で

まわっている

この高み


アートマンを捜してみたが

アートマンは出てこないし 見つからない

生死 その他の数多い

サイクルが見えても


もともと アートマンは

なかったのだ

それはどこにも

見あたらない


ないものを 有る様に

言っていたに すぎなかったのだ

それは見えない

サイクルは廻る

サイクルは廻る

この高み


1975.10.30.
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| 1975年 | 19:46 | TOP↑

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歌え

歌え 歌え

歌うのを忘れるな

ピュアーに意識を 定着させよ

何も相対事物に

意識を集めるな


怖れるなかれ  

汝がどうなろうと

何がどうなろうと

地球がどうなろうと

宇宙がどうなろうと 考えるな


歌え 歌うのだ

ピュアーに定着せよ

それで居れ そこに居れ

ピュアーは教えねばならぬという程

貧弱なものではない


弱さから神を拝むな

神に願うのは 弱さからだ

相対事物に価値を見るからだ

そこから 恐れ 迷いがおきるのだ


神を拝むなら 堂々と拝め

神に願うな頼むな 歌え

そしたらわかってくる

自分の位置づけが


自分の位置づけが しゃんとなってくる


1975.10.20.

| 1975年 | 19:24 | TOP↑

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ドルガ女神の三叉の槍でつき殺してもらえ お前は

小さいことを考えるな お前は


小さい地上のことを考える

お前を

いけにえにせねばならぬとか

今まで宗教の言って来た

ような

小さな事を考えるな


一歩もそこに足をふみ

入れるな


神を拝むのでなく

拝んでやれ


拝まねばならぬという

ような

自己も 神も持つな


ピュアーは ピュアーとして

ピュアーである


ピュアーは 教えねばならぬ

という程

貧弱なものではない


神は神として 神であり

ピュアーとして ピュアーである


お前たちの様な 小さい人間に

拝んでもらって

有難いとも思わない


堂々と 神と同じように

おおきくなれ

自己を放って大きな

ものとなれ

ピュアーこそお前だ


神を拝め 拝めと

いうのは

それは神秘思想――真のヴェーダンタ思想

ではない

それは信仰宗教である


神を信じ崇めなくともよい

神はそんなことをしてもらって

喜ぶようなものではない


神は もっと堂々としている

お前たちが今までもっていた

小さい考えや

信仰的宗教は

ピュアーの権化なる

ドルガ女神の三叉の槍で

ついてもらえ


ドルガよ 人々の迷いを

その槍でつき殺し

汝の剣で 迷える人間の

首をはねてしまえ


ドルガ女神よ もっと

もっと力を出せ

そしてあばれまくれ


ドルガよ まだまだ

あばれ方が足りぬ

わしがかわりになって

あばれてやる


1975.10.14.

| 2012年 | 16:02 | TOP↑

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完全なるヴェーダーンタ

自分を小さい人間だ など

絶対にそんな謙遜なことを思うな

地上の自分を考えるな

地上における一切のいけにえ

奉仕 義務感……そんなものを

絶対 考えるな



地上の純情 地上における

自己に純情であらねばならぬ

……などと 考えるな

それは地上の一切に 相対の一切に

何らかの価値を見るからである


地上からはなれよ

一切の義務感 善をも考えるな

善を行うなら 義務感や 相対への価値を見て

するのでなく 堂々と行え

純情であらねばならぬ など考えるな


これはこの地上の 小さい自己に

何らかの価値を見るからである


神をも拝まなければならないと思うな

それは神に価値を見るからである

拝むのなら 堂々と拝め

何の義務感も価値も そこに見るな


一切から自由であれ

自己からも 自由であれ

自己に何の義務感も ひっつけるな

天のピュアーそのものが 汝だ


自由であれ そして働け

そして 拝め そして善を行え

その行為にも 何ら価値を見るな

ピュアーとして 行え

そして 歌え 踊れ

ピュアーとして 堂々と歌い 踊れ


1975.10.14.

| 1975年 | 00:03 | TOP↑

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小さい私からドルガ女神に

小さい私を知らせて下さった ドルガ女神よ

私は三年前からあなたを日本にお呼びして

お祭りをするように なりました


しかし あなたは姫金神という名で

ずっと以前から 私の守り神でした

私は青年の頃 あなたに

泣いて祈ったこともありました

私はいつも いつも 夜も昼も

守って下さっているあなたに

私は何とお礼を申したら いいのでしょうか


親先生の偉大さを忘れて私は

長い間知識の世界をうろついていました

私をあなたの家に入れて下さい

いや入口の戸口でもいいです

私をあなたのそばに居らせて下さい


1975.10.13.

| 1975年 | 11:25 | TOP↑

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仏陀は立てり

仏陀は立てり 仏陀は立てり

仏陀が来た  仏陀が来た

内垣日親だったものが

消えて 過去の一つの人物として


彼は消えた そして仏陀が来た

内垣日親は もうどこか過去の

ものとなり

姿を消した


仏陀が 今ここにいる

ナーラーヤンブッダと なづくる

その仏陀が ここに立つ

仏陀が来たのである

仏陀が来ることが 出来るの

である


内垣日親の名も

人格も 歴史も

わすれかけてきた

彼は 消えてゆくのがわかる

いや消えてしまった


仏陀がいる 人々の足を拝む

仏陀が


1975.10.11.

| 1975年 | 12:01 | TOP↑

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