1976年04月 | ARCHIVE-SELECT | 1976年06月

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人間であって 人間を消せ

まだお前は 人間に関わっている

まだお前は 人間に関わっている

それは自分を 人間だと思っているからだ

その意識が まだ抜けていないからだ


人間を見るな 

人間を見ると 人間に関わる

関わると 関わって来る

何やかやと考えが 或いは

問題が起きてくる


人間から 離れよ

人間に関わるな

人間に関わらねばならぬ――など

毛頭 案じるな

人はいつも そのような案じを

持っている

案じる事はない


1976.05.31.
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| 1976年 | 09:42 | TOP↑

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人と人が

手を取り合え そしてニッコリほほ笑め

意識 知識を停止して

消えた世界で ニッコリほほ笑み合え

ラーマクリシュナは二つの極を

行き来した人である


二極とは

一つはブラフマンの世界

一つはマーヤの世界である

がこのマーヤの世界は 普通でいう

幻のマーヤの世界ではない


1976.05.18.

| 1976年 | 09:31 | TOP↑

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静止の停止

言語以前のものがある

知識でととのえ 知る以前のものが

あるのである

それが私のいうピュアーな世界である

一元の世界である


その発見 それへのカムバック

そこがいわゆる 幾何学の世界である

これは現存する宗教と全然ちがう


現存ずるものはすべて幼稚

である


宗教以前 人間以前 宇宙以前

創造以前の自己に 帰るのである


一元の世界は

これは宗教論理ではどうにもならない

自己が現われていない時点を 

扱うのだから――


いまの宗教は 自己がある時点から

考えをめぐらすのである


知恵が廻転し 論理が廻転し

言葉がならべられるのは 当然である


これらはすべて糸車のようなもので

糸の引き手と 糸と 廻転と

車とが

いつまでも行動 運動

芸術作品づくりを

くりかえすのである


ピュアーな世界は

それ以外の何ものでもない「もの」

である


ブラフマン それだけの世界

行くも帰るもない

そこは消す世界である

相対を消す世界である


静止し 停止している

一元の世界である


こちらから(世界)あちら(ブラフマン)を

ながめるのではない

今日までの宗教は常にこちらから

あちらをながめている


我々のは「こちら」はないのである

「あちら」が「こちら」なのである

その「こちら」には「あちら」がない

いわゆる この我々の世界がない


「こちら」そのものである

ブラフマンそのものである

そこには言葉がない

理論がない


「静止」したものそのものがある

だけである


1976.05.16.

| 1976年 | 20:18 | TOP↑

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否定と肯定

ここでいう肯定は否定・肯定の

肯定ではない

根源的肯定である


すべてのものは 否定されて

よろこびがくる

完全否定は すべてを生かす

ともいえよう


人々は今 自己を肯定しようとして

世界を肯定しようとする

……それはかえって 苦しみと 悲しみと

迷いを生み出す


すべてが否定された時

そこから真実なものがあらわれて

くるのである


すべての「うぬぼれ」をとられた時

真相の心が あらわれるように

すべてが消される世界がある

それはブラフマンの前においてである


ブラフマンは すべてを消し

真相の華を開花させる

無価値という そこから価値と

無価値をのりこえた華を

開かせるのである


ブラフマンは すべてを消し

すべてに 開花させるものである

その時 破壊と創造と保存が

あらあわれてくるのである


我々はひとたび 破壊されねば

ならないのである

「いけにえ」そのものである


「いけにえ」はいけにえの儀式に

おいて

「いけにえ」をいけにえとする とは

この事である


我々が神の前で 人の前で

自然の前で 両手を合掌させる時

それは すべてを拝むのではない

すべてを否定しているのである

すべてを否定しての印である


否定した時 否定された時

そこから真実なる相が……

あらわれてくる

それは価値が あらわれてくるの

ではない


消える事 消される事

これこそ大祝福である

ブラフマンは それである


我々はそのブラフマンの中に

消えて

とどまるのである


1976.05.13.

| 1976年 | 17:16 | TOP↑

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復活

完全否定は 完全肯定である


この宇宙を無価値と否定せよ

その時汝は 汝も消えて

その底から完全肯定 ピュアーが

華の開花があらわれてくる


この開花こそが

リグヴェーダにいうところの

「いけにえ」である


「いけにえ」にいけにえをもって

いけにえとせよ

とは これである


1976.05.13.

| 1976年 | 09:51 | TOP↑

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