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1976年05月 | ARCHIVE-SELECT | 1976年07月

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協同性的社会

自己があっては協同性社会は

つくれない

民主主義化され

自己をなくしておかなければならない

相対的な人間でなく

一元的な人間になっておく事である


二元の人間は協同生産社会を

つくることが出来ない

そんな意味で マルクスレーニンを中心とする

共産主義社会は失敗する

はじめから失敗である


「私は私 あなたはあなた」 というように

あなたを解放して出来た 一元的自己が

必要である 

そこでは 自己が消されている

あなたの私でも 私のあなたでもない


東洋の思想は

私とあなたが頼り合いながら

支え合いながら ゆこうとするのである

二元がいつまでも消えない


「協同」とは二つが一つになることではない

一が二つよって 「協同」となるのである

直接直感によって 私が独立し

私が消され

私とあなたが人間である

という地点で 両者が消され

一元的人間となる


現在のアメリカ民主主義の「根底」には

この一元的人間関係があるが

アジアやヨーロッパの民主主義には

これがない

ただ要求するのみである


アメリカ民主主義を 

更に発展させてゆくと

そこから協同体社会も生れてくる


1976.06.29.
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| 1976年 | 09:54 | TOP↑

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生れること あること 死ぬことは尊いことである

生れること

あること  

死ぬことは 尊いことである


けれど 殺されることは

最も 悲しむべきことである


なぜなら あるものは

手をとり合わねば

ならないからである


1976.06.25.

| 1976年 | 09:13 | TOP↑

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ピュアーノレッヂが汝に

ピュアーノレッヂ

宇宙から流れてくるもの

宇宙があるという その

あるという事自体の中から

あると とらえたその中から

相対は消され

その大ピュアーが自己の力となり

無限の可能性となって

それが 汝に伝わる


天から天下る 大光線の如く

ピュアーノレッチが 汝に伝わる

それを受けよ

汝はそれだ 私もそれだ


大直感力 直接直感だ

すべての相対はそこで

幾何学的変化のもとに

消される

可能性へと変わる


人々よ 助け合って

仕事に励め

知的 哲学的 間接的

人間存在の生活をやめよ


1976.06.20.

| 1976年 | 09:17 | TOP↑

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アジアの敗北

そのものがある事自体というのは

すでに一元である

一元の位置にいる

二元的に物の存在をとらえているのではない

それは又そのもの自体である

即ち ピュアー自体である

そこには 尊いとか 有難いとかいう

相対的なものがない

ただピュアーがそこにある


あるものは そこでは動きを

とらねばならない

それがピュアーに基づく

分業的エゴの展開である

自我意識の開花である

自由への目覚めである

神から独立した自由への

目覚めも起きて来た


ピュアーの動きはいよいよ活発となった

アメリカ大陸が見つかった

ピュアー実現の大舞台とそれはなった


あらゆる人種がそこに集まって

一つの新たな文化圏をつくった

それがアメリカ民主主義の大華である

自由に力が加わった

ピュアーの輝きが人々のものとなり出した


アジアはそれにひきかえ

いつまでも神を問い続けて来た


人間があることは神があるからだと

いつもワンステップをそこにおいて来た

人間存在を直接にとらえるか

ワンステップをおくかどうかによって

「開眼」に大きな差がついてしまう


1976.06.17.

| 1976年 | 19:53 | TOP↑

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人間は人間である

「宗教」の美学的信仰宗教

「宗教」の哲学的 神秘主義的宗教と

その経典

そして 人間の「セックス」における

秘密主義が 我々人間を違う人間に

陥れてしまった


我々には 何の秘密も神秘もない

人間は人間であるという事自体が

尊いのである

それは 人間が神であるとか

人間の中に神が……仏性があるから

ということで尊いのではない

人間があるという事自体が

尊いのである

それを「ピュアー」という


神が尊い というのではない

神が尊いから拝む というのではない

神があるという事 それ自体が

尊いのである

即ち あるという事が「ピュアー」なのである


その根源的「ピュアー」を忘れ 

見る事が出来ずして

人間はいろんな道徳的規範を 設け

人間をその小さい枠に

入れてしまったのである


そこから善悪の思想が 生れた

それから罪悪観念が 生れ

他を責める心が 生れた

人間はどうであらねばならぬ とか

何であらねばならぬ とか

いうものではない


人間は人間である という

位置に帰るべきである

その位置に帰れば

誰をも頼る事なく

又誰をも 束縛する事なく

尚且つ 誰をも助ける

それ自体「ピュアー」の中にいる


人間の歴史は 人間をいろんな形で

しばりつけてしまった

我々はその歴史を 覆し

元の人間に 帰らなければならない

何の秘密も 何の神秘も

何の束縛もない

「ピュアー」な 助け合いの出来る

人間に


1976.06.16.

| 1976年 | 09:24 | TOP↑

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