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1976年11月 | ARCHIVE-SELECT | 1977年01月

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破れる頭

破れる 破れる 私の心が破れる
私の心がちょうどミルクのツボが傾いて
ミルクがこぼれ落ちるように……なる
心が元の心になるその一瞬

破れる 破れる 私の心が
心が元の心になろうとする時 私の心は狂いそう
礼拝が遊びの中で礼拝となる時
……その糸口の入口の前で 私は消えてしまいそうだ

おお クリシュナの遊び
ゴピーたちは 決してきれいな着物を着ていなかった
牧童やゴピーたちは薄ぎたない
――いや厚ぎたない着物を着ているほこりまみれの
男の子女の子であったのだ
クリシュナは遊んだ
その厚ぎたない子供たちと 厚ぎたない子供たちと

ミルクがこぼれる ミルクがこぼれる
ああ ミルクがこぼれる
厚ぎたない子たちは それを手でつかんで
がむしゃらに飲みはじめる

ミルクが顔一面について 牧童やゴピーはうれしそう
頭が破れそう
私はどこへ行くの

1976.12.19.
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| 1976年 | 21:56 | TOP↑

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魔法のツボの中の涙

床の中で泣いていました
アジメールの田舎 ホイサガールの
我々のアシュラムの床の中で
夜の三時十五分でした

土まみれの子供達と共に寝ころび 戯れる自分となりました
床の中で夢の中で うつつの中で
そしてその泥んこの子供達と 寝ころんで遊べる自分の
それは「礼拝」に他ありませんでした
だから私は 泣けていたのです

相対的感傷で 泣いたのではありません
私が私になりたくて そして私が私になれた 
それを泣いていたのです
天上の梵が地上の梵(ブラフマン)と
なれた「喜び」です
私の最も望んでいたものです
夢の中でもそれが出来たことは 私にとって
これ以上ない「宝」でした
私は床起き上がり すぐペンをとりました

どうしてこんなきたない子供達と共に
寝ころんで遊べるようになれたのでしょう
「礼拝」がそこに実現できるようになったのでしょう

それはこの半砂漠で私が 井戸掘りを試みていた時
子供達が衣類を欲しさに 私の手伝いをしたからです
衣類の欲しさからの子供でしたが
それ以上に 私に手伝ってやろうという人間本来の「心」が
そうさせているのが ありありと感じとれたからです
触るのもきたならしいその子供達が 私に手伝ってくれた
その半砂漠地帯での井戸掘りは
明日にでも水が出ようとしています
私の心に水がでてきたのです
それが「地上の実現」という形をとって泣けたのです
「礼拝」が可能となったからです
私にとってこの床の中での夢まぼろしではなく
心が 日頃の思いが実現をみのらせたのです

泥んこによごれたうすぎたない子供達と 寝ころべるその心
如何なる人をも礼拝することの出来るその心 
それは泥んこの汚れた者と寝ころんで
――寝ころんで遊ぶそれからであることを
門戸を私は見出したのです

涙は私の朝明けを告げるものでしたでしょう
三時半です
私は床に就こうかどうしようか迷っています
中途半端な時間です

私は床の中で「喜び」の中で
明子のことをふと思い出していました
彼女の最も欲していること それがこの心だからです
私はそれを透き通るガラス部屋の彼女を見るように
それを知っているのです
「礼拝」――それは そのようにきたならしい 垢でよごれた
子供達と寝ころんで遊べること その中から実現されて来る――のだということをやっとつかみました

それは子供達から ホイサガールの
身分いやしい子供達とされているマルワリの子供達から
教えられたのです

ここでは 小鳥達が私の教師でした
小鳥達はいろんな事を私に教えてくれました
ここでは私には 小鳥の声が分かるのでした

この――人間界にはさまざまな聖典がありますが
それらはすべて 人間の考えた教典でした
しかし小鳥達から聞いた言葉によると それらの教典は如何に
人間味のある脚色にすぎない事かが分かりました
自然のものは自然を知っています
即ち 真の真理をです
子供達もその小鳥達と同じたぐいのものでした

昨朝116人の子供達に日本から届いた子供用の衣類を
与えてやったのです
その時の子供達の「喜び」と その着替えた時の見違えるような
変わりように私はびっくりしました

きたない衣類をはぎとり きれいなものに着替えれば
――みごと「インテリジャン」の少年に
早変わりするではありませんか 一変です
世はマジックの中にあります
私は今朝床の中で一変しました
魔法のツボの中で涙が……

1976.12.19.

| 1976年 | 00:29 | TOP↑

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