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1977年05月 | ARCHIVE-SELECT | 1977年07月

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ふるえ

宇宙の根源ブラフマンに合一したら「震え」るのである
電気にうたれた様に 体全体が震え上がるのである

これは アメリカにいた時 「仏陀の足許」の礼拝の儀式を
続けていた時から起き始めたのである

意識と神経が ピュアー化されるのだ
即ち 一元化されるのである
二つの間 二ではない一なる位置に
意識がおかれると ただちに震える

相対的に 生き 見 考え 意識している人間から
その中間に意識をおくか
或いは幾何学的に 背骨の中で宇宙的回転を起こさせるかだ
恍惚がくる
本当の恍惚だ

この時 これ以外に何もこの世のものは
いらないと思う至福の中にとけてしまうのである

クンダリーニによる 恍惚とはちがう
クンダリーニ・ヨーガは間違いである
クンダリーニが各チャクラに 
上昇したらよいというが
クンダリ―ニはただ 油が火にそそがれる
その油のようなものだ

一元の恍惚は
そんな油によって燃え上がる
火のようなものではない
一元はあくまで一元だ
相対をおさらばした時のことだ

これが 本当の実現であり
本当の恍惚である

しかしこの恍惚も又 しばらくすると
個人に引きもどされて 相対となり
他人が見えてくる

これは肉体の奥にまで
しみこんでいる過去の相対意識が 
足を引っ張るのである

この時 あくまでも「過去は敗者だ」
と ただちに過去を断ち切り
現在だけにとどまる
その場で又 消えることが出来る

その現在という瞬間の位置の中で
「震え」が 再びやってくるのである

1977.06.14.

| 1977年 | 09:16 | TOP↑

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個人が消える

個人が消える 
個人が消える
個人が消える
明るさだけが残る

明るさのみとなる
明るさが踊る
明るさが歌う

個人の性格 個人の行為を
見る眼が消える
明るさだけが残る

礼拝する心が踊る
礼拝的踊りが残る
明るさの中で 全てが
消される

個人を見る眼が 消える
個人が消える
個人が消える
ただ 手を取り合うことしかない

1977.06.14.

| 1977年 | 00:40 | TOP↑

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おどりが歌う

踊りが歌う 踊りが歌う
明るさが歌う 明るさが歌う
あなたは すでにない
明るさの中に 
それらは 消された

明るさのみがある それが歌う
明るさが 歌う
現在と未来の 明るさが歌う

踊り 讃え 自己も消されて
踊りが歌う
踊りが歌う 踊りがおどる
踊りが 踊る
あなたも 私も消えた

踊りと それはなった
讃えと それはなった
明るさと それはなった
歌が 踊りが始まる

1977.06.03.

| 1977年 | 19:25 | TOP↑

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