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1977年08月 | ARCHIVE-SELECT | 1977年10月

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居り場がない

消えてあるもの

消えてあるものには

居り場所がない


居場所

居る所がない

しいて言うなら 消えてある所に

有る


それは天上でも 地上でもない

神の 人間の 居る所でもない

消えてある所

「ピュアー」の所だ


1977.09.18.
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| 1977年 | 11:38 | TOP↑

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幾何学の通路

この宇宙の感覚世界の奥には 
幾何学的構造の世界があるのだ
それは光速以上の神経が出来たら感知されてくる

そういう意識神経をもたない物理学者は
アインシュタインの相対性理論を批難する

いくら量子力学の世界に入っても
幾何学的世界の通路のある事を
知らねばならない

感覚的な神経は 
四次元の世界までしか感じられないが
光速以上の意識神経になると
四次元以上の幾何学的自由な世界が 
そこにあることが解ってくる

そこを通り越すと 
人間の故郷であり宇宙の故郷であるもの
即ち ブラフマンが分かって来る
そこは「消えた世界」だ

物理学者はミクロとマクロを
統一しようと懸命になっているが
ミクロとマクロは両極端であり
それらは同じものではない

しかし幾何学の通路を通ることによって
それらは共に消えてしまう

二つは同じだというのでなしに
二つは共に 消えてしまうのである
二つばかりではない
それらの中間の性質のものもすべて 消えるのである
ピュアーという一つの深遠な単純性の中に

そこでは 重力と電磁力 物質とエネルギー 
電荷と場 空間と時間などの 区別は
消えてしまうのである

消えるということは
深く宇宙の根本に横たわる統一性が 
即ち 純一性が露わにされてくると
いうことである

1977.09.13.

| 1977年 | 10:39 | TOP↑

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光速世界での回転

暫く雑事でとりまぎれていたので
「震え」がこなくなってしまっていた
今朝はその「震え」を探した

それで苦労して探した結果
幾何学の通路を通ると「震え」が来た
一元との合一が来たのだ
やっと元の自分に帰ることが出来た

やっと 取り戻せた時
分かったのが 通過すると
「消えてしまう」のであって
何をどうせねばならぬ……という
この地球上での義務も
すっかり消えてしまうということであった
消えるのみでいい

だがその消えるが 消えられなかったのは
背骨のA点の所に 光速の響を失っていたからである

速度をかけないと 回転通路は
通れないのだ
速度を――いわゆる 光速の百億倍位の速度である

1977.09.11.

| 1977年 | 10:17 | TOP↑

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消えるのだ

幾何学の世界を通過すると
消えるのである
消えてしまうのである

他を何も気にしない
気にするものは何もない
人間 世界 この自己も気にするのはまだ
消えていないからだ
消えたらあとに義務が残るだろうか

何をどうしようとか
何がどうならねばならないのではないかなど
それはまだ自己が消えていないからだ

消えるのだ 幾何学の通路を通ると
「静止」どころか
消えてしまうのだよ

何も気にするな
気にするものが あらゆる義務が
消えてなくなるのである

消えよ 遠慮なく消えよ
宇宙の一切の 自己の一切の
義務から解放される

1977.09.11.

| 1977年 | 00:41 | TOP↑

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直接直感の時代が来た

ピュアーには ピュアーしかない
ピュアーには 人間も神もない
私はこの最後の段階で 何べんも行ったり来たりしている
東洋とアメリカの間を

東洋は一元と二元とを分け 一元たらんとする
二元はあくまで 幻である

けれどもアメリカでは それを真実なるものとされている
ブラフマン(一元・根源)を考えず
幻らしい人間に飛び込んでゆく

アジアは人間から離れようとする
神に神以上のものに近づこうとする

だがアメリカは人間を直視し その中に飛び込んでゆく
そしてアジアが 神にうつつを言っている間に
アメリカは人間の中で人間が消える結果を 
つかんでしまったのである

彼等にとっては 哲学も神話的物語もいらなかった
生きてあること自体の中に 
ピュアーを発見したのである
これはあたかも インドの太古にあった
リグ・ヴェーダ時代の人々の それに似ている

お前も人間 私も人間だ
……リンカーンはアメリカの歴史に息吹きを与え
直接直感の道をさし示した
すぐれた頭脳には タイムがかけられている
ものを問う隙を与えない
光よりも速いタイムが 彼等の頭脳を動かし始めた

アインシュタインは 特殊相対性理論を発見し
ニュートンの法則を古典的なものとした
即ち ニュートン力学の限界を明らかにしたのである

それと同じく アジアの信仰宗教とウパニシャッドによる
神秘思想は もはや古典的なものとなった

しかし 信仰宗教 御利益宗教は
いらないというのではない
その範囲においては価値はある
しかしそれには限界がある

もしブラフマンに結合しようと思えば
そんなものではどうにもならないのである
超スピードの意識神経をもって
宇宙の基礎的構造である
幾何学的世界を突破しなければならない

直接直感の神経はその時に役立ち
幾何学的回転をおこさしうるものである

その回転を通してのみ
ブラフマンの世界へ消えてゆけるのである

1977.09.03.

| 1977年 | 12:58 | TOP↑

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二重性一元論

私は何遍も行ったり 来たりしている
一元と二元の道と
二重性一元の道との間を

一元と二元とは
ブラフマンの世界と 相対的人間関係の世界のことである
その二つの中をうろつくのでなしに
やはり二重性の一元で実現すべきである

一元と二元があること自体が
すでに相対なのである
そのいずれかを選ぶというのでなしに
二つが同時存在している その二重性の中から
一元を見つけてゆくべきである

それは人間の中にもある
幾何学的通路である

人間を認めるのでもなく
人間を捨てるのでもなく
人間直視することによって
人間が消える

相対的にとらえて 一方を選ぶのでなしに
物事を幾何学的にとらえて
そこで消えるのである

何はどうの 何はどうのと
詮議する必要がない
そのものずばりの中で
消えられる世界が あるのである

どってん返しの 隠し扉のように
たちまち世界が変わる世界があるのである

直線思考で助かるのでなしに
回転思考で助かるのである
二重性の一元の世界は

1977.09.02.

| 1977年 | 17:26 | TOP↑

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ここに居ます

人を忘れられたら どんなに
いい事だろう
仕事も人も忘れて 踊れたら
どんなにいい事だろう

ブラフマンは 踊りを
我々にくれる

宇宙の根源には 仕事も人も
何もない
踊りと 歌とだけがある
背骨のA点に意識を集めると
その通路がある

一人で踊り狂え
一人で歌い狂える道が
そのA点にある

波動の世界だ 波動の世界だ
人の事を考えるのは頭の世界だ
頭から背骨のA点に 意識を降ろせ
「震え」が来る

1977.09.01.

| 1977年 | 10:20 | TOP↑

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