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1978年08月 | ARCHIVE-SELECT | 1978年10月

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言語

言語を創ってから 人間は失敗をした
言語は始めはなかった
人間が出来てからずっと後の方にそれはなった
始めの頃の人は言語をもたなかったのだ

その頃 人は非常に幸せであった
人は天使であった
彼等は霊の翼をもっていた
霊の翼は 黙っていても意志を通じ合えた

彼等は常に通過する人であった
星が言語をもたず通過しているように
人は天使から人になった時 
顔と顔が向かい合うようになった
それから天使は人となり 霊の翼を失い
言語をもたねばならなくなった

言語は霊の翼にとって代わった
人は始め意志を表現できると喜んだ
だがそれは つかの間の幸せだった
話せば話すほど自己を失った

かくて向かい合い 顔と顔は輝きを失い
にがい顔 朗らかな顔 怒った顔となった
一日に何回もその顔は変わった
人となった彼等は憎しみ合った 愛し合った
親切にし合った
けれどもそれだけでは
もとの幸せを取り戻すことは出来なかった

聖者がさらに彼等を堕落させた
「神」を彼等の前に提供した
しかし それでも彼等には幸せはこなかった
愛 神……これらの言葉はつかい古されたが
それに代わるものを
見付けることが出来なかった

哲学がやって来た
形而上学がやって来た
神秘思想がやって来た

しかし彼等には 幸せが
……もとの幸せがやって来なかった

人は発展と名付けて混乱をつくった
そこからも彼等は 幸せを得ることが出来なかった
混乱は益々発展という名のもとに
くりひろげられていった

1978.09.30.
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| 1978年 | 22:11 | TOP↑

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自己は波動だ

自己は波動だ ピュアー波動だ
2も1もない 波動だ
インドでいうブラフマンそのものだ
それが自己だ
そこまで人は高まり 帰り
そこまでならなければならないのだ

ただ単に お腹をふくらませたり
性を楽しんでばかりいたり
他人とけんかばかりしていたのではだめだ
それから離れよ
人間はいつまでも 低迷していてはいけない

人は天を飛び 天かけねばならない
低迷する者はいつまでも低迷する
低迷とは低い所をうろつくものだ
うろついていると 天が見えなくなる

情感や 感情や 知的ぶつかり合いの中で
一生も二生も 終えてしまう

低迷する者は 地上をはい
天かける魂の者は 天を飛ぶ

低迷するか 天かけるか
どちらを選ぶか それはあなたの自由だ

1978.09.30.

| 1978年 | 12:10 | TOP↑

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波動そのもの

波動だ 

波動だ

汝は


波動だ

波動だ

人間ではない

波動だ


恍惚がくる

人間に関係がなくなる

波動そのもの


1978.09.30.

| 1978年 | 00:34 | TOP↑

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モラル

アメリカの友人が
「今のアメリカの若い男女はモラルがない」
といって嘆いていた

なぜかと尋ねたら
「エニタイム オーケー ゴーイングベッド」
と女性から息子に電話がかかってくるというのである

では彼の青年時代の大人たちはどうだったか
やはり 「今の若い者はモラルがないので困る」
と嘆いていたにちがいない
モラルというものは 
年々新しく若くなってゆく
だから いつの時代でも古い考えの者は
「今の若い者はモラルがない」
と嘆いてきたのである

モラルはこのように いつも新たに
若々しく変わりつつある
だから アメリカのモラルと日本のモラルとは
ちがうのである

日本でも 親孝行 奉仕の精神 
いけにえ 忍耐 その他
古い言葉が流行したが 今はそれも古くさい言葉と
なってしまっている

インドも昔は主人が死んだら婦人が一緒に
その火葬の火の中に
飛びこまねばならなかった
これがその当時のインドにおけるモラルであった

道徳 美徳などの考えは 
このように年月日にかわりつつある
このテンポのおそい国民ほど遅れてゆくのである
古い考えの者はいつも眼をみはり 
或いはいきどおっておらねばならない

ヨーロッパでも テスト結婚というのがある
男女が同棲していて よければそれを続ける
これなど 日本人にとって驚きでありかつ
不道徳きわまりないことである

だが世の中はこれらの古い考えの人々を
尻目に どしどし新しくなって行っている
新しくくるものを理解できず
「今の若い者はモラルがない!」
と嘆いた人々は この日本でも
古い古い過去の人々なのである

モラルには現在と未来しかないのだ
太陽に背を向けて鎖を大切にするか

1978.09.28.

| 1978年 | 00:45 | TOP↑

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性を解放せよ

我々にとってこの宇宙は 幻であろうがなかろうが
そんなことは問題ではない
神があるとか ないとかも問題ではない

一番大切なこと 大切とされることは
この人間という自分たちが仲良くゆかなければ
どうしようもないということである
仲良くゆくため 向かい合ったり
知識のつっぱり合いをしていたのではどうしようもない
ただ仲良くゆかなければやっかいであり
苦しいし 面白くない

この人生を面白く 愉快に明るく 仲良く 
かつ清らかに 澄みきったものとしたいものだ
神のことで争ったり 哲理のことで争ったり
男を取った 女を取ったで争ったり
物を取った 土地を取ったで争ったりしたのでは最低だ
仲良くゆくことだ

それには 第一番に人間同士が 向かい合うことから
横に連なり合うこと
そして 損や徳の観念を消すこと
それと 自己を宇宙的に消してしまうことだ

人と人の間で消すこと 人と宇宙の間で消すこと
消えたら人間は全てと一体となる
人と動物 植物 時間空間とも一体となれる
波動が人間をつつむ

情感的人間 知的人間から
波動的人間に変わるのである
宇宙には ピュアーな波動が漂っている
その波動を全身に受け止め 波動そのものとなるのだ

今の人間の眼は疑にみちている
眼を解放せよ 心を解放せよ 頭を解放せよ 
性を解放せよ 波動人間には性交もいらなくなる

しかし 今の人間は性交による大きいストレスを
もっている
秘密 独占 禁欲主義 これらからくるストレス
まず このストレスから解放されよ

このストレスを先ずとれば向かい合いの人間は
連なり合いの人間にかえってくる
そして宇宙的な波動人間へと変わって来る
まず 最初にそれ等のシコリから取り除いてゆけ

人間にとって現実に人間は何が必要なのか
神でも何でもない
人間と人間が仲良くゆくことだ
愉快に明るく 仲良くさえゆければそれでいいのだ
それが出来ないから神や信仰を求めるようになったのだ

人間が素裸でおれるようになったら素晴らしい
何の秘密もなく 透明になれたら素晴らしい

1978.09.25.

| 1978年 | 21:50 | TOP↑

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最後の関門は

最後の関門は やはり幾何学の世界を通過するのだ
言語や知識の操作の世界ではない

光速がその速度をこえると
速度はなくなる
時間も空間もなくなる

自己もなくなる……のであるが
それを観念でわかり そのわかった観念で操作して
そうなろう そうさせよう……としても
なれるものではない

それは理論的にいえば
そうなのだというだけの説明であって
そうなるには そう分かった観念で
そうなろう(我を消す)としても
そうなるものではないのだ

そこは観念の世界の入れない世界である
そこは幾何学的な世界なのだ
いわゆる構造の世界が待ちうけているのだ

――これを 今までの聖者たちは
分からなかった
そして観念でそれを押し切ろうとした

それではダメだ
実現はそんななまやさしいものではないのだ

光速をかけたA点の神経を養い
そこで回転軸をまわすのだ
あちらとこちらの中心軸を回すと
「震え」がおきる
あちらとなる

観念での実現法は
昔のユークリッド幾何学と同じくらい
限界のある世界をさ迷い続けていることになる

最後の世界は 観念の世界でなしに
物理学的 幾何学的な
コンピューターと幾何学の舞台である

1978.09.22.

| 1978年 | 23:57 | TOP↑

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歌だ 歌だ

歌だ 歌だ

フィーリングだ 波動だ


一者のフィーリングだ

講話や教典は知識の

世界に入る


歌うことからくる波動は

自己を知識の世界から

フィーリングの波動の世界へ

導いてくれる


これしかないのだ

光速以上の波動

フィーリングの世界よ


1978.09.22. 

| 1978年 | 23:00 | TOP↑

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カルマは消える

高い世界での恍惚
……これは 何であったろうか
これはやはり そこに それに意義があったからである
自己が消えた時 そこに高いブラフマンの
世界での実現も消えて
本当の実現がくる

人間のその実現を さまたげているものの一つに
人と人とが 向かい合って立っているという
ものがある
こんな構図から 横に連なる構図に
人は変わらねばならない

向かい合いは カルマをつくる
批判 警戒 緊張……
これらすべて 潜在意識にしみ込んで
カルマとなる

人間はもともとカルマを持っていなかった
向かい合いは 何か意義あるものを
捜し始めてから起きた

捜し始めるところに 自己が出てくる
自己のないところには意義あるものも 
意義のないものもない
そこでは人は横に連なる

道徳も 宗教の教義も 消える
そこには 本来あるべき
「ピュアー」があるのみとなる

人は「ピュアー」を失い
意義のあるなしの中で生きてきた

人が「ピュアー」になると
人と人の間の壁が崩れ
一つの体 一つの霊のかたまりとなる

人と人が 向かい合いの構図で
立っているかぎり
いくら宗教をとなえても 
道徳 秩序をとなえても
それらは カルマをつくる原因となるばかりである

先ず 人と人とが
多くの人と人との中で
抱き合うことから始めねばならない

1978.09.20.

| 1978年 | 11:22 | TOP↑

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横につらなる者

横に連なる者と
向かい合う者とがある
アメリカは 横に連なり
アジアは 向かい合っている

向かい合う者は いつまでも向かい合っている
そこには 永遠の空間と時間がある

幾何学的構図を変えると
隙間がなくなる
連なった者は 次々と連なる

向かい合う者は 
全てと向かい合い
連なる者は 
全てと容易に連なる

連なる者には 囲いがない
これが人間の本当の姿だ

人間という感じも消えて
ただ連なりだけがある 
それは 「それ」だ

1978.09.18.

| 1978年 | 13:20 | TOP↑

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みんな 私

みんな 私
みんな 私

みんなに キスし
みんなを 抱く

みんな 私
みんな 私

みんなに キスし
みんなを 抱く

みんなは みんな
皆は皆

みんなは みんな
みんなは みんな

みんなが キスし
みんなが抱き合う

1978.09.17.

| 1978年 | 13:01 | TOP↑

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