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1978年09月 | ARCHIVE-SELECT | 1978年11月

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ハローウィン

ハローウィンである
子供も大人も仮装して
大人が子供についてくる事もあり
子供だけで来る事もある

夕刻の五時頃から
十時頃まで それが続く
カボチャをくりぬいて
人間やいろんなものの形にして
中に ローソクをともして
門口につるしておく

子供たちが来る
大きい袋を各自がもって
その口をひろげる
私の変装を見て下さい と言う
お菓子を袋に入れてやる

神話が生きている
こんな事が 一年に何回も
あればいいのに

1978.10.31.
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| 1978年 | 09:56 | TOP↑

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透明人間

透明な人間を瞑想せよ
ガラスのような透明で
出来あがっている透明な
自分の肉体を 瞑想せよ

すると 透明人間になって
あらゆる欲望が消える
透明なる人間となって
立ってくる

あらゆる欲望はそこで
消える
超越がくる

本当の人間が
本当の自分がくる
透明人間

1978.10.31.

| 1978年 | 00:32 | TOP↑

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一撃の衝突

衝突 衝突
一撃の衝突

光速での衝突
背骨の意識神経でもって
衝突 衝突
一撃の衝突
恍惚の中で
消えてゆく

人間と人間の中で
消えてゆく
宇宙と人間の中で
消えてゆく

1978.10.30.

| 1978年 | 10:17 | TOP↑

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光速でぶつかる

ぶつかってゆけ

ぶつかってゆけ

ぶつかっていって

回転せよ

消えてしまう


光速で

ぶつかってゆけ

人にでも 歌うことにでも

石にでも

宇宙にでも

光速でぶつかってゆけ

回転が起きる

恍惚の真実在となる


1978.10.28.

| 1978年 | 23:35 | TOP↑

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時間のない世界に立つ

時間は 苦を生み
時間は 狂いを生み
時間は 動きを生んだ
時間のあるところ
すべて狂いだ
意義がない

そこには自己がある
相対的な自己がある
時間のない所には
相対的な自己がない

人間存在の中で
幾何学的に転回を起こしたら
そこでは自己が
消えてしまう

全てが認められつつ
全てが消えてしまう

1978.10.27.

| 1978年 | 11:40 | TOP↑

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二つの文明

人間は物質文明を推し進めてきた
これからも推し進めてゆく
だが今日までの「精神と物質」という二本だての考えでは
この物質文明を推し進めてゆくことが出来ない

物質文明が推し進められると 
精神文明は どこかの蔭においやられる
そこで 悩みが人間を包む

人間は物質文明にふりまわされる
精神はいよいよ縮み苦しみ 混乱のただ中に追いやられる
そして人々はあえぎながら 
もとの精神文明を復活させようとつとめる
しかしそんなものでは 
もう役に立たないのである

この物質文明を推し進めようと思えば
頭が相当クリヤーでなければならない
クリヤーな頭は 合理主義を産む

合理主義は 冷たいものではない
精神的な人間から見れば 
彼等は精神が失われつつあると思う
だが彼等は精神をも越えて
クリヤーな意識の中にいるのだ

それを知らずに 精神的な人間たちは
彼等の合理主義を非難する
非難している精神的な人々は
大混乱をかかえて
精神文明よ 精神文明よと言い続ける
クリヤーな頭の者だけがこの物質文明を
コントロールすることが出来るのである
精神と物質の二つしか知らない人々は
ただ混乱の中であえぐだけだ

それよりも更に悪いのは
非合理の世界に住む者たちだ
非合理の世界に住む人々にとっては 
この物質文明を最後まで受け入れてゆけないで 
彼等はその途中で滅びるかもしれない

精神文明は非合理の世界を内蔵する
例えばインドだ
日本などはその中間にある
合理的に事物を解決してゆかないと
世の中を混乱におとしいれる

ではこの精神と物質の二大柱の他に
何があるのか
それが今まで誰も解らなかったものだ
何千年間 人類はこの精神と物質の
二大柱によって生きてきたのだ 
しかしこの物質文明が盛んになると 
もうこの二大柱ではどうにもならないのだ

そこで登場するのがこのピュアー文明だ
このピュアー文明をつくりうるのは合理主義の人々だ
アメリカ人の頭はピュアーだ
精神をこえて 更にピュアーに突入している
それがこのアメリカ大陸だ
あの多くの人種をかかえてそれを動かしている

人間は人種を宗教が違うと容易に人を殺してきた
人は集団をつくり 思想の違う者 カラーの違う者を
殺すことが平気であった

精神 精神が人の殺しの支えになったであろうか
精神文明をつちかったその思想が
かえって人と人を争わせ とがめ
縮み上がらせてきたのではなかろうか

ピュアーには人間の囲いがない
宗教的な特別な思想がない
神もあってもなくても それらには関わらない
「ピュアー」は思想ではない
思想には こうあるべきだという決まりがある

精神文明は思想をもととして
こうあるべきだという基盤をもって動いてきた

ピュアーな頭は 頭をクリヤーにし 街も あらゆる機関を 
あらゆる人間の考えをクリヤーにし 整然とさせる

愛とか親切とかいわなくとも そのようになる
ニコニコをほほえんで 人をとがめることがない

日本ばかりではない
アジア ヨーロッパのどこの空港にいっても
おそろしい目付きで人をとがめる

それが 愛や親切を説いてきた精神文明の結末だ
人が人を人とも思わず 人をいためつけるのである
人は人であり 思想や人種や カラーや宗教思想
神のちがいを越えねばならない
それらを超えるか 捨ててしまうか
そのいずれかをして 裸の人にかえらねばならない

道徳 精神 あらゆる思想のカラーを捨てて 
それら今までの
着物を脱ぎ捨てて裸の人にかえらねばならない

国家の政治も 家庭の心も
人を決め付けるものでなしに
怖れをいだかせるものでなしに 人の為に 人々の為に
やさしく あらねばならない

ピュアーは 人と人の間をやさしいもので包む
ピュアーとは「やさしいもの」が人と人の間に
つくられることである

非合理な思想 非合理な精神は物質文明の中で 
渦をつくって滅んでゆく
精神文明 物質文明 そしてもう一つ
ピュアー文明の登場を人々は
忘れてはならない

1978.10.16.

| 1978年 | 23:33 | TOP↑

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人間は時間のほこり

人間は時間のほこりである
人間と名がついたら
人間と思っている間は
人間は時間と空間の
ほこりである

我々は 人間というものではないのだ
ブラフマンそのものなのだ
ピュアーな波動(響き)そのもの
なのだ

時間も空間も そこには
ないものなのだ
人間となると 時間の
ほこりとなる

人間は時間のほこりである

1978.10.16.

| 1978年 | 11:35 | TOP↑

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波動にかえれ

私は人間ではない

私はそれだ

私は波動だ

リズムだ

ピュアーな 波動だ


私は人間ではない

ついつい人間だと

思ってしまっている

人間のがわから

物をみ

ものを考えている

私は人間ではないのだ

私は波動だ

人間ではないのだ

つい人間がわから

人間として

ものを考え 見ている


人間とは言語にすぎない

そんなものは

いつの程にかつくられた

観念である

言語が出来てから

言語的人間という形成が

なされたのだ


「人間」という観念の

人間はないのだ

それは 観念で出来上がった

ものだ

言語人間である

我々はそんな人間ではない

人間は波動だ

時間以前のものだ

時間以前のものには

「人間」とか

その他のものはないのだ


幾何学的な変化を

おこせ

自分の位置を

こちらから見ている自分

「人間」から見ている時分を

波動その者の位置に

変えるのだ

こちらと あちらを変えるのだ


それ自体となる


1978.10.16.

| 1978年 | 00:19 | TOP↑

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誰とでも 何処でも キスをしましょう

誰とでも 何処でもキスをしましょう
誰とでも 何処でも私はキスを出来るようになった
誰とでも 何処でも

キス キス この二つの文字がなかなか出来ない
キとスのこの二つの文字が

誰とでも 何処でもキスをしましょう
誰とでも 何処でも私は キスを出来るようになった
誰とでも 何処でも
キス キス
キスのこの二文字が やっとかなえられたのだ

誰とでも 何処でも
キスは親愛の情のあらわれ
キスは親愛の情のあらわれ

キスをしよう キスをしよう 
誰とでも 何処でも
キスは親愛の情のあらわれ
キスは親愛の情のあらわれ
誰とでも 何処でもあなたは出来ます 
キスを

キスを出来るようになりましょう
人も世界も明るくなってくるから

1978.10.02.

| 1978年 | 16:21 | TOP↑

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通過する者

星は黙って通過する
太陽も 月もだまって通過する

人間も 一つの星と
同じようなものである
通過する者だ
それを道草ばかりくって しゃべってばかりいるのである 

通過する者には おしゃべりがない
人間の顔が向い合っていると おしゃべりが出てくる
いわゆる 言語の世界に入る
通過する者には 言語がいらない

通過する者の顔は少し上向いている
人間が問題となると 顔が向い合ってくる

人は一つの 通過するものである
人間に関りがなくなってくると 向い合った顔が上向いてくる

すると一つの通過する者となる
向い合う顔から 上を向いた顔に構図が変ってくると
言語の世界から離れて来る
人間間のわずらわしさから離れる

向い合うか 上向くかである
少し上を向くだけで 言語が消えてくる

構図の世界 幾何学の世界に入ると
人は違った世界に入れる
意識をこの宇宙より遠くにおいて顔を上向けよ
幾何学的に構図を変えよ

顔を向い合わす構図にいると 
言語の世界に入り 言葉を必要とし
高い世界から滑り落ちる

一点を見つめて 顔を斜め上向けよ
意識を宇宙のはるか彼方におくのだ

愛や 親切やらを気にするな
通過する月や太陽や星のように通過する者となれ
人を助けよう 人に説教をしようなど思うな
そんなのは自分自らが助かっていない証拠だ

言語をおさめよ 言語から離れよ
通過する者には言語がない
言語は向い合っている者だけに必要なのだ

人間というこの言語を必要とするカルマから離れよ
宇宙的カルマから離れよ
宇宙の彼方でいつも居よ

人からも自由を得て「人間」という言語からも
はるか彼方の根源で居れる

時間と空間と人間から離れるのだ

1978.10.02.

| 1978年 | 12:20 | TOP↑

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