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マントラ

やさしい複合線

やさしい複合線

やさしい複合線

やさしい複合線の神話

すべてのものは

やさしい複合線の

神話である

詩である


ガーディナーであろうと

掃除夫であろうと

ペンキ屋であろうと

それらすべては

やさしい神話である

それらすべては

やさしい複合線の

神話である


ペンキ屋の仕事であろうと


ガーディナーの仕事であろうと

くまでを持って

落葉をかき集める

掃除夫であろうと

……おどれ

おどれ

仕事の最中でも

おどれ おどろう

歌え 歌っておどろう


神話だ 詩だ

あなたの仕事が

私の仕事が

その行為一切が

やさしい複合線の

神話である

それに気付いたならば

人は幸せをうる

幸せにみちてくる

宇宙を知る


おどろう

すべてが詩だ

すべてが

やさしい複合線の

詩だ


アメリカの高層ビルの

林の底辺で

ごそごそ働いているガーディナーであろうと

寒風に 或いは 酷暑に

身をさらして

ペンキを塗っている者で

あろうと

詩である

神話である

うたえ おどれよ

巨大な機械文明の

ただ中に住んで

車をはしらせ 

仕事場に向かう者


これらすべてが詩である

樹が立っている

これもすべて 神話であり

詩である

やさしい複合線の

詩である


おどれ うたえ

神話の中でうたえ

おどれ おどれ

仕事にひしがれるな


いやしい仕事も 何もない

行為のよしあしもない

形 決まりにも

ひっかかるな

のびのびと

その神話の中に

とけてゆけ

「やさしい複合線」

この言葉をつねに

となえよ

汝はやさしい人間と

なれる

すべてにやさしい人間と

なれる


何者にも 何事にも

ひっかからずに

やさしく 平和で

幸せにみちた

神話そのものの中に

とけこんだ

人間となれる

形 決まり 人の行為の

よしあしを見るな

やさしい複合線の重なり

むすばれとひろがりに

よって

神話を 詩を つくれ

その中に 潜入してゆけ


おどりが はじまる

おどりが はじまる


1978.11.30.
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| 1978年 | 13:11 | TOP↑

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一つの賜

やさしい複合線以外には

何もいらない

それ以外のものは 

すべてカスである

形や決まりの中で

人は 一分 一分すごし

一年 二年 三年とすごしている

いらない事ばかりして

いらないことばかり考えて

つまらない 悩み多い人生をすごしている

何千年も


「複合線」

やさしい複合線だけが

我々に必要なのだ

それ以外のものは

何もいらない

それ以外の事は

何もする必要ががない

複合線 やさしい複合線 

細かい 低速のような

波動の重なり


重なって それは ひろがってゆく

「複合線」

それ以外のものは

何もいらないのだ


知恵は最後にこれを

見つけ出したのだ


光の光線の

光速のあみの目をとおして

そのとおしは

光速であまれたとおしは

すべてのものを 

ふるいにかけて

ただ一つのものを

最後にひろい上げた

それは「複合線」


それ以外のものを 持てば  

それ以外のことをすれば

それ以外のことを 考えれば


人は悩みの中に入ってゆく

「複合線」

やさしい複合線こそ

黄金

光速のとおしの目をとおし

最後にのこった

ただ一つのもの


細かい細かい光速の

とおしは

細かい 細かい

やさしいものを

最後にのこした


それは ひろい上げられた

それこそ 「それ」だ

芸術だ

その芸術以外に

何の芸術もいらないのだ


それは 

ひろい上げられたもの

すくい 上げられたもの

きたえ 上げられたもの

一つの 賜


1978.11.29.

| 1978年 | 11:05 | TOP↑

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やさしさ むすばれ ひろがり

やさしさ むすばれ ひろがりの
この三つの哲理が
今 ここに見事に実現された

やさしい複合線
ここには重なりの線が出されている
そしてさらに さらに複合線は重なり 
創り出され 拡がるのである

幸せがぶらさがっている
まさにそうだ

「複合線」これで山になれの詩も おどり手の詩も
そこにふくまれてくる

見事に 哲理と科学的実証がここに結ばれ 実現した
約十三年間かかった
サークル サークル 循環 循環
哲理が始めに出され 科学的実証がそこになされ
それは輪となった

連なったのだ
連なって 動き 拡がり 走るのだ
まさに輪の動き 生きた輪だ
踊りだ 踊り 舞踊だ

天子 天女たちが手をとり合って輪を創り 舞うように
世界を創り変えよ

――おお 全てが 
このローソクの火も 線香の灰も 煙も詩である
蟻が歩いている それも詩である
机がそこにある これも詩だ

詩がいっぱいそこにある
詩で宇宙は満ち溢れている
神話で溢れている

すべてが詩ではないか
すべてが神話だ

踊れ 踊れ
踊ろう

1978.11.28.

| 1978年 | 10:43 | TOP↑

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人は詩である

人は詩である

木は詩である

宇宙が詩である

神話がそこにある

神がそこにある


人は詩であり 

神話である

かたい殻が 破れる

形にとらわれている

かたい殻だ


木のような詩を

我々は 見る事が

出来るのだ


複合線は更に

やさしい複合線をつくり

さらに さらに 神話を

つづけ

ひろげる


人がそれに気づいた

時に

おどりがなる

大きい「神話」の

世界が

我々の眼の前に

ぶらさがっている


1978.11.25.

| 1978年 | 20:14 | TOP↑

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やさしい複合線

オン松とメン松の

葉っぱと葉っぱを

ふれ合わした時

神話が生れる


ふれ合わされる

やさしい複合線によって

それはなる


波動と波動の

やさしいふれ合いによって

それは成る


「神話」が

1978.11.25.

| 1978年 | 19:30 | TOP↑

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ふれ合い

人間が神になる時は

この時である

人間が神の中に

詩の中に

神話の中に

ぼつ入する時は

この時である


神話は 更に

神話を

つくるのである

幸せはそこに ぶらさがっている

それを つかめ

人と人とのふれ合い

によって


人とすべてとの

ふれ合いによって


未来はあなたたちのものだ

歌おう

神話の歌を

幸せの歌を

幸せがそこから来る

歌を


おどれ

神話の中に

とけてゆけ

神話の中に

とけてゆくのだ

神話が神話を

つくる世界に


1978.11.25.

| 1978年 | 13:46 | TOP↑

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オン松とメン松

現代人は形あるものの中に生きている
これはこうだ これはこうあらねばならないのだ
これはこうして出来ているのだと

こういう定まった形を追い
定まった形の中に生きている
物理学も定まった自然現象をとらえて
これはこうなのだと定義づける
道徳も ややもすると人が決めた形の中に
人間をおよがそうとする

形あるものの前に 形のないものがあった
決まりがある以前に 決まりのないものがあった
「形」「決まり」は 神話の以後にきたものだ
形と決まりの中に生活していると 人は神話を失う

神話は形のないもの 決まりのないものである
神話は自由性があり 理論のない世界である
線香の煙のように それはなめらかに揺れている
輪郭がはっきりしていない 

はっきりしていないものから
はっきりしているものがあらわれたのである
人もこの宇宙も そんなものから凝縮されて
出来て来たのである

私が子供の頃 はじめて神話に出合ったのは六才頃だった
正月も間近となったある日 父が門松をつくるから
オン松とメン松を山から取って来いという

私と兄がすぐ裏山にいって オン松とメン松を取って来た
父はそれを仕立て門松を作った
そこで私は 誰にとはなしに尋ねた
松は オン松とメン松でどんなにして子供をつくるの……?

父もこの質問には答えられなかった
むろん兄も黙っていた
こんな松にでも 人間のように男と女が
あるということに私は興味をもった
神話的な香りをそこに見たのである
オン松とメン松というその言葉に

そこへ 近所の教育もうけていない老婆が通った
そしてオン松とメン松の私の質問を聞いていたのか
その老婆はそれに答えて 行ってしまった
「松はなあ 葉っぱと葉っぱをふれ合わせて子供をつくるのだ」

私はこの言葉にビックリした
これが神話だなと思った
神話という言葉も知らない年令だったが
これを「神話」というのだなと
神話という言葉も知らないが その神話というものの中へ
私は入ってしまった
神話を知ったのだ
言葉 言語でなしに 神話そのものを知ったのである

この 村の教育もうけてないただのおばあさんと思っていた
その老婆からこんなすばらしい言葉が流れてくるとは
思いもかけぬことであった

葉っぱと葉っぱをふれ合わした時に子供が産まれる
何とすばらしい言葉であろうか
これはまさしく神話だと 子供の頃に
私のはじめての神話への体験だった

神話 神話 私は青年になってもこのことを忘れなかった
そして神話を書きたい 神話をつくりたいというのが
私の唯一の願いだった
このおばあさんのように すらりとすぐにでも
神話である状態になりたい
神話を書ける自分になりたいとずっと願っていた

それ以外に 私の人生に何の願いもなかった
ところが 未だにその神話に成れない
神話そのものに成りきれないそのもどかしさを持っている
しかし いつかかならず私は
神話の中へ死んでゆけるであろうことを確信している

人間のこの世界に神話が生きてきて
人間はもとの人間にかえれるのだ
今の人は人ではないのだ 
木の実で例えれば胡桃の殻のようなものだ

胡桃のあの実を保護し 保っている硬い殻だ
割れば実が出てくるのに殻のままでいる
殻は堅い形そのものだ
ああでもない こうでもないと自分の身を警戒の中に
つつみかくしている
殻を破って形をほってしまえば 神話が出てくるのだ
そうしてはいけない こうしなさい こうすべきですという
そんな殻を捨てた時 人は神話に近づけるような気がする

線香の煙のようにいい香りをただよわして
ふらふら ゆらゆらただよっておれる

形は人を堅いものにしてしまう人の行為もその形の一種だ
こうあるべきであるという論理と
理論の中でいつまでも暮らす
それをやめよう
物理学もよいがその奥にあるそれをこえた世界を発見しないと
人間を助けることは出来ない

物質文明 機械技術文明がいかように発展しようと
神話をもたない人間はかたい胡桃の殻になってしまうだけだ
堅く覆われた鉄板の車にのって人は突っ走る
神話をもたない人間がゆきつくところは何であろうか
混乱 混乱がそこにあるのみだ

神話になろう 神話をつくろう 神話の中に入ろう
ピュアー文明は神話的生活の時代をつくるのである

1978.11.24.

| 1978年 | 22:29 | TOP↑

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神話

昨夜は木の詩を即興的に書いたが
今朝は「神話」に関して 頭が閃いている

子供の頃の一番はじめに 神話に出合った
オン松とメン松の神話に……

どうやら詩がつくれそうだ
こんな「神話」の中から我々は
生れてきたのでは
ないだろうか

この宇宙も神からか 詩からか 神話からか 
それとも幾何学的構造の中から生れたのか
いやこれも 神話だ
神話 神話 
詩 詩 
詩と神話は同じだ 
神と同じだ

その神秘力と偉大力を 尋ねるな
そこには神秘も 偉大力もない
そんなものが神話だ 詩だ

それらの中には そんなものがない
そんなもののない そこに神話の神話があり
「詩」の 詩たるものがあるのだ

それは力の中にあるのではない
それよりも 低速のようなものの中にあるようだ
細かい波動のようだ
そして やさしい波動の重なりだ

理論はそこにはない
形あるものは理論づける
形あるものも後から出来たのだ

露が水滴となるように 
線香の煙のように
それは柔軟である 自由である

形はそのずっと後から来た
神話には詩がある
詩の中に神話がある
幾何学の世界がある

ピュアーな世界だ
未来がある
創り手のようなもので
遊び手でもある

ピュアーな遊びだ
神話は遊びだ
形の整う以前の遊びだ

1978.11.24.

| 1978年 | 09:43 | TOP↑

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木の詩

私は見ることが出来ない
木のような一つの詩
神様だけがつくる事が
出来るのだろう
この詩を

私は詩を書くことが
出来るが
神のつくる こんな詩はつくれない

私に見せておくれ
その一つの詩の神秘を
その詩作の神秘なる力を

あなたは一つの木のような詩である
あなたの中に 我々は
入ることが 出来ない

我々はあなたの中に 
入ることは 出来ない
その神秘の中に

一つの木は 立っている
一つの詩は 厳然と
そこに
我々の前に 立っている

1978.11.23.

| 1978年 | 11:17 | TOP↑

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皆こい

ネコも来い
犬も来い
犬格も 猫格も
みとめる

かわいい すべての
存在よ 来い

悪魔も来い
悪魔も来い

ここで憩え
悪魔もここへ来い
かわいがってやるから
悪魔もここへ来い
かわいがってやるから

むろん 人々も
ここへ来い

1978.11.20.

| 1978年 | 08:46 | TOP↑

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