1978年11月 | ARCHIVE-SELECT | 1979年01月

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ハーイをとなえよう

ハーイを となえよう

ハーイと言おう

ハーイは人間を人間から

はなしてくれる


人間は感情 理知の中にいる


ハーイは ひびきの中に

人間の本性の 中に

みちびいてくれる


ハーイは物質と物質の

ぶつかり合い

粒子と粒子のぶつかり合い


この世界こそが 我々の

ふるさとの 入口なのだ

ピュアーな世界はこの

物質的衝突の世界を

とおって


幾何学的に回転の通路をへて

入りうるのだ

感情の世界ではなしに


ハーイと言おう

ハーイをアメリカ人は発見した

人間から 人間の本当への

道を


感情の世界から

ひびきの世界へ

それは 我々を容易に

みちびいてくれるのだ


ハーイ ハーイ

ハーイ ハーイ


1978.12.31.
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| 1978年 | 11:51 | TOP↑

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一人が立つ

自分には 自分が

一番近い

そして その中でも

その内なる波動に

一番近い


しかし

幾何学的世界は

更に近い

二重性の同時存在する世界だ


光速の意識神経はその

隙間を通り抜けて

自分となるのだ

自分

一本立ちした 自分に

そこでは すべてがない


1978.12.24.

| 1978年 | 10:52 | TOP↑

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一番近いものは何か

人間にとって

人間が 一番近い

しかし

自分にとって

自分が一番近い


自分に 統一せよ

自分に

一番 近いものに


そしてその中で 消えよ

自分もすべても 消える


1978.12.24.

| 1978年 | 10:34 | TOP↑

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終りだ 結ばれてあるものとなれ

走るもの ふれ合うもの

くっつくものは まだ

感覚の世界にある

走るもの ふれ合うもの

くっつくもの

結ばれるものでなく


結ばれたもの

結ばれて あるものとなれ


結ばれて あるものとなれ

結ばれるものでなく


結ばれて あるものとなれ

それで 終わりだ


とまってしまった

とまってしまった


1978.12.16.

| 1978年 | 10:11 | TOP↑

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距離をちぢめた社会

やさしい複合線 

やさしい複合線

人と 人との間で

これを 実現せよ


最も身近かなもの 人

人とまず ひっつけ

人と先ず 結合せよ


それから 次々と

身近かなものに

及ぼしてゆけ


石でも 木でも 花でも

空間でも 空気でもよい

しかしまず 人は人にくっつけ

やさしく 

やさしい複合線を

実現せよ


天の実現は

あとまわしにしておけ

それでも おそくない

そんなものを わすれて

もよい


そしたら 

人との一直線上に

それはすぐ 実現の輪の中に

「的」の中に 入ってくる


「それ」から来るのだ

「それ」から来させよ

「それ」を追うな

「それ」から来させよ


「それ」を放った時

「それ」が 最も間近かな

ものとなる


まず 人にくっつけ

やさしい複合線を

実現せよ


汝は人だ

人は人に 先ずくっつけ


やさしさ 

ピュアーなるものを

実現せよ


それをわすれて 「それ」は

ない

「それ」など 遠いところには

ないのだ


「それ」と お前は

一つにあるのだ

そこに 「それ」がある


お前と 「それ」とは

はなれてあるのでは

ないのだ


礼拝 礼拝

礼拝がくる


輝き 輝き

一点の輝き

点となる


すべての相対は きえて

汝は 点となる

点となったものは

消える


消える 汝は

消える 一点の輝きの

のちに

万歳


人間は 人間以外の

何ものでもなかったし

人間は ブラフマン以外の

何ものでもなかったし


輝いてあるもの以外の

何ものでもなかった


詩 神話そのもの

その原点 そのものである


人間はたしかに 

幻であり

実在である

実在は 幻であり

幻は 実在である


遊戯である

宇宙は 一つの遊戯

のかたまりである


歌え おどれ 

遊べ

むつまじくゆけ

距離をちぢめよ


人間はいま 遠い 遠い

くっつきようもないような

距離の中に すんでいる


夫婦であろうと

親子であろうと

くっつきようもない壁に はさまれ

壁をつくって 生きている


距離をちぢめよ

一点となせ

点となって 消えよ

欲望は すべて消える


消えよ 消えよ 消えよ

消えて 輝け

輝いて 遊べ


遊びこそ 汝の本性

ピュアーなる 遊び

消えて 遊ぶのだ


裸 裸になって

人と人が むつまじく

消えてゆくのだ


輝ける社会をつくれ 

つくるのだ!


人と人が むつまじく

行きだしたら

それ以外に 何も

することはないのだ


金や物の 追っかけ合い 

とり合いは やめよ

いつまでも人間は くるしむ


くるしみの経済社会

くるしみの生産社会は

やめよ


むつまじくゆけ

そこから 何かを考えよ

人と人が あるものを

もち合って

一つの 少し大きい集まり

かたまりが出来る 


そのかたまり 集まりが

もう少し 大きくなり

それが更に 大きい動きを

とると 更に大きくなる

そのうごきが 働きだ 

真の働きだ


物のとり合い 

金のため合いは よせ

金も物も 一か所に集めてみろ

えらい力となる


距離をちぢめよ


人間はいま

遠い 遠いくっつきようの

ないような

距離の中に住んでいる 


夫婦であろうと 

親子であろうと 

相対という

くっつきようのない壁に

はさまれ

壁をつくって 生きている


距離をちぢめよ 

一点となせ


根源がくる そして

根源から「現れ」「展開」

へとおりてゆけ


1978.12.14.

| 1978年 | 22:15 | TOP↑

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波動になれ

波動になれ

波動になれ

ふるえがくる

A点が ふるえてくる


波動になれ

波動になれ

波動は自己の本性に

一番近いものである

そこには感情や

知識や

すべての 表現する多様性

がない


一元への入口

波動になれ

波動に


歌の音でも

おちてくる

感情が消されて

歌えてくる


ピュアーな音声になり

微妙な振動 そのものとなる


恍惚がくる

一人になれ

一人に


一人がくる  一元がくる

人と人のふれ合いの

中で


1978.12.12.

| 1978年 | 10:23 | TOP↑

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やさしい神話

行為はどうでもよい

相手の行為は

どうでもよい


誰であろうと

誰にでも やさしく

複合線の重なりを

実現せよ


やさしい神話

相手の行為はどうでもよい

やさしい複合線の重なり

その中で 消えよ

おどり 舞い

そのものとなる


1978.12.09.

| 1978年 | 21:58 | TOP↑

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三位一体

根源と そのあらわれと

その展開


展開の中に 根源の消えたものが

なければならない

そこで先ず

自分が消えることだ


消えたものが 

あらわれと展開を

おこすのだ

ラーマクリシュナが

神の前に立った時

人の前に立った時

すでに消えていたと

私は言うが

そのように 消えて

立つのである


A点の神経で

光速の意識で

自己を消すのだ


そして あらわれとして

ものの前に立つのだ

それが複合線だ

それがひろがりと

むすばれとなって  

展開するのだ

むすばれて 消えるのでは

ない

その前に消えるのだ


消えてから立ち

展開するのだ

アメリカ人は このような

消え方ではないが

アジア人のように

相対の中で ひっかかってから

何とかしようとしている

者とは ちがう

展開が先に来ているアジア人

それは相対の中での

展開であるから

あやまってくる

相対的展開からは

感情と批判と

感覚的ラブがおき

ねたみ にくしみが

うずまいて

困るのである

そうしながら 或いは

そのうずを払い取り

ながら

根源にかえって

それから 助かろうと

するのである


だが アメリカ人は 

このまちがいを発見した

そして相対から来る渦

相対の中での展開の

あやまちを知った


そして個人は

独立することをはじめた

自分は自分

私は あなたのために

あるのではない……


このように相対からはなれて

自分をまず独立させた

ここでは 渦からのがれているし

相対から離れている

まず一本立ちをしたのだ

樹が立っていることが

詩であるように

一本の樹は立ったのである

立ってから展開へと向かっている


私もあなたも人間であると

……いうように

アジアよりすっきりしている

私のいう実現は

アメリカ人にもう一段階

根源にさかのぼらせる

ことだ


アジア人に全然ちがった

道を教えることだ


まずアメリカの民主主義を

教えて

それが出来たら

展開へとくるのだ

そこには相対はないのである

相対のない生こそ

のぞましい

それが 本当の展開である


1978.12.05.

| 1978年 | 13:21 | TOP↑

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根源的なもの

消えたもの

消えたものが

詩である

神話である

A点に その入口がある

根源に 消えた世界があり

時間の有の世界に 出てくる

やさしさ むすばれ

ひろがりの三つの法則が

生れてくる

詩や神話は 消えたものである


消えたブラフマンの世界は

根源的詩 根源的な神話の

世界である

ピュアーな世界である


根源的詩が「詩」となると

やさしい複合線の重なり

となる

神話もそうだ


「根源的神話」と

「神話」と

「神話的物語」とがある

人間は根源的詩や

根源的神話に

かえらねばならない

そして「詩」になり

詩的物語と ならねば

ならない


芸術にも やはり

「根源的芸術」と

「芸術」と

「芸術作品」の三段階がある

芸術作品も 根源的芸術

「消えた世界」に

とびこまねば 

つくれない 


光速の意識でもって

その消えた根源の世界へ

行くのだ


根源的な芸術

そしてあらわれとしての

「芸術」

それから 展開としての

芸術作品となるのだ

人間は一つの 芸術であり

芸術作品である


1978.12.04.

| 1978年 | 19:38 | TOP↑

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先ず神話の中に立つ

神話の中であそべ

神話の中であそべ

人の中であそぶのでなしに


神話の中であそべ

神話の中であそべ

人の中であそぶのでなしに

神話の中であそんで

そのあそび

その神話が

人の中にひびかれてゆく


人はあとまわしに しておけ

一人がまず 独立せよ

その後で 人とか 鳥とか

木とかの 自然の中へ

入ってゆけ

人だけに限るな

形にとらわれると 人は

人の中に入ってゆく

自分は人の中に立っている

のでなしに

宇宙全体の中に 立って

いるのである


ほほえみの中で 遊んで

立て

神話の中で ゆたかに

ピュアーに

立つのである


1978.12.03.

| 1978年 | 10:03 | TOP↑

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