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もえたぎる炎

私は 一人だ

私は ピュアーだ

私はピュアーだ


私は 敬礼だ

私は 敬礼だ

敬礼の ひびきだ


宇宙は そのひびきに 

みちている


もえたぎる

敬礼の炎

宇宙を のみこみ

その直径範囲の者を

飲み込んでしまう


カルキが 正に あらわれた





大うずまきの 炎

敬礼の 炎


我が内に

その点を

中心の 宇宙大に

ひろがる 時が

来たのだ


1979.07.29.
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| 1979年 | 11:47 | TOP↑

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あなたがあってない

あなたがあって

そしてない


あなたは その中で

消されている


あなたが

見えない あなたが 見えない


礼拝 敬礼しか

そこには ない

敬礼

礼拝しか そこにはない


1979.07.29.

| 1979年 | 10:26 | TOP↑

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海底の真珠

私は真珠だ

私ではない


私は真珠だ 

私ではない


海底の真珠だ


私は海底のピュアーだ

私は海底のピュアーだ


私ではない


海底の真珠だ

海底の真珠だ


私はピュアー

私はピュアー

私はピュアー



1979.07.29

| 1979年 | 10:10 | TOP↑

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一人の位置

仏陀の足の礼拝では

ないが

礼拝の行事がはじめられる

ようになる



礼拝そのものが うたう

一人の位置で

うたえた

一人の位置


一人の位置は

礼拝なのだった


1979.07.27.

| 1979年 | 09:55 | TOP↑

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私は一人

私は一人

私は一人

私はどこを探しても

一人しかいない


あなたはあなたである

私は一人

私は一人

私は一人しかいない


私はその私になれ

他と切り離した私となれ


私が私となった時

そこで私が消える

消えたもの そのものとなる


その時 本来の自分が

現われ

本来の自分となる


手助けをする者として

現われる


消えたものが

そこにある

本質はそれである


ピュアー

ピュアーなるもの

人々の中では手助けとして

現われる


未来の人の教養は

これを基礎をする

未来人はこうして現われる


「敬礼」がこれである

「停止」「静止」が

この相対の中にあらわれると

泉となる

ピュアーの泉だ


「礼拝」だ 「敬礼」だ


礼拝の行事が

はじめられるようになる

礼拝そのものが 歌う


一人の 位置でうたえた

一人の 位置

一人の 位置

一人の 位置は

礼拝そのものだった



1979.07.27

| 1979年 | 00:12 | TOP↑

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貝殻に耳をあてる乙女

乙女がいた 彼女は南インドの

海岸で 一つの貝殻を手にした

千古のひみつを秘めている海岸

人一人来ることのない海岸


そこには燈台が一つ

つき出た海岸に建っているだけで

カモメや野じか うさぎが

その海岸のフォーレストに住んでいた


馬も牛もキツネもタヌキも

イノシシも そこに住んでいた


海岸は長く 長く 広く 広く

砂浜がつづいていた

真赤な小さいカニが何千となく

白砂浜を染めていた

時には大きなカメや大きな

魚がそこに 打ち上げられる

ことがある


素足の彼女は

サリー一枚で 髪は長く

後ろに垂れ

花のチェーンでその根元は

しばられていた


大きな貝殻を乙女は

耳にあてた


遠い遠い昔の音が

そこから 聞こえてきた

それが彼女のイマジネーションの世界で

画像となった


私は見たのよ

一つの輝く真珠を 海底で


それは遠い昔に人間が

海にもぐって

真珠をとりに来た

彼女は その真珠に

魅せられて

海底にとどまったという


彼女は真珠そのものとなって

そこにとどまった


海の魚たちの間に

その昔話がずっと

語り伝えられている

その真珠を 私は見たのよと

貝殻は言う


乙女はその映像の中に

すいこまれて

浜辺に 浜辺にずっと

居つづけた


お船が来ては 行って

しまったが

彼女はなおも 聞きつづけた

深い深い 海の底の

そこしれぬ物語を


海女の満足げな顔まで

見えた


人々はその夢をひめて

真珠の指輪を指に

はめるようになった


海女の満足しきった

ささやきが

夜になると

聞こえてくるのを信じて


恍惚が彼女らを

おそうとき

彼女等は 手助けの中にいる


手助けが人々の中に

あらわれるのは

海女の真珠から

やってくるのである


1979.07.26.

| 1979年 | 14:23 | TOP↑

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海女よ

海女よ 海底にもぐれ

もっと深く もぐって

帰ってくるな


真珠と 汝はなれ

そして なお

帰って来るな

この地上に


ピュアーの真珠の輝きが

恍惚を さそう


アジアの アジアの

きびしい 思想から

早く ぬけ出したい 私だ


泣きたい程の

懺悔が おきてくる


1979.07.26.

| 1979年 | 10:47 | TOP↑

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海女の詩に想う

海底にとどまって

真珠となった 海女がいた

それがお前だ


そのお前がいま

そこに立っているのだ

何がそこに 起きるか

かんさつしてみよ


手をかすこと

手をかすことから まず

第一に起きてくる

以前に すすんで 手を

かさなかったのは

自分があったからだ


手をかすこと

それが 礼拝 おどりだ


海底にとどまった

海女と 汝はなれ


1979.7.26.

| 1979年 | 10:20 | TOP↑

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礼拝はスプリング

「礼拝」はスプリングである

湧き出た泉である


相手の者が 尊いから

礼拝するのではない


アジアの 礼拝は

そういうたぐいが 多い


1979.07.18.

| 1979年 | 17:06 | TOP↑

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礼拝そのものが自己

「礼拝」は

直接直感のふるえの

中から

出てきたものである


ウシャスのひろがりの

ように

それはある

暁紅の光りが

人々 生きとし 生きるものを

立たしめるのではない


人々が それをみて

立ち上るのである


なぜなら

人々の内に 「礼拝」なる

本物があるからである

人々は「礼拝」へと

向かうのである


自己の欲の為に

人々は 起きて働かねば

ならないように 今は

なっているが

そうではなく

人々は 「礼拝」へと 立ち

向かうのである


その時 

天は天となり

地は地となる

人は 我が本性――ピュアー

なる

「礼拝」なる中味を

本物を もっているのだ


尊いから他を礼拝するのではない

それは信仰宗教だ


神を 尊いから

人を 尊いから礼拝する

のではない

そういう相対的な世界で

なされる 礼拝ではないのだ


「礼拝」 そのものが 

自己なのだ


「人間は人間である」と

直接直感で

一元にかえったその時

「礼拝」のふるえが

やって来る


人々よ やって見給え

それが 自己実現だ



1979.7.17.


| 1979年 | 10:48 | TOP↑

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