FC2ブログ

1979年08月 | ARCHIVE-SELECT | 1979年10月

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

五次元の世界

五次元の世界には 
心情がないのかも知れない

波動と 響きと 停止とがあり
人間も その心情も消されてしまう

そこには破壊が
又もう一つある
心情を 人間心情を
ぶち砕くものがある
波動 響き 停止の世界

相対的に存在する
自己が消されてしまう

視点の一方が消される世界だ
光速を越す世界だ

1979.09.30.
スポンサーサイト

| 1979年 | 11:31 | TOP↑

≫ EDIT

勝利の女神

このドルガ女神は アメリカの自由の女神と同じである
勝利の女神であり 平和と発展の神である
彼女は一年に一度しか
その顔――御姿をあらわさない

我々は人間であり この女神により守られ
発展へとみちびかれる

人間――我々は 仲よくしなくてはならない
そして宇宙大の自己発展と
宇宙大の地上発展を迎えねばならないのである

ドルガ女神はアメリカ民主主義の象徴である

アメリカ ヴェーダーンタソサイティとは
アメリカの ヴェーダーンタとは
アメリカ民主主義を実現化するという意味のものである

アメリカ人はまだ アメリカ民主主義を
十分に実現させていない
それを そうさせるのがこの
ヴェーダーンタ ソサイティである

アメリカ人に 宇宙的自由と平和と発展を
来たすものである

1979.09.29.

| 1979年 | 11:41 | TOP↑

≫ EDIT

ドルガの前で

ただ 礼拝

何も考えず

何も文を書かず

ただ 五体を投じて

礼拝あるのみ


ただ 礼拝あるのみ

ドルガの前で

何も考えたり

文を書いたり

するのでなしに


ただ 五体を投じて

礼拝あるのみ

1979.09.28.

| 1979年 | 10:49 | TOP↑

≫ EDIT

アメリカの良さ

昨日 土地を見つけにゆく時
ガソリンスタンドで
我々の隣に来た車の婦人が
ニコリと私と同時に
微笑んで 同時に「ハーイ」と
いった

最近……いやこの度のアメリカに
来てから こんなに出合い頭に
「ハーイ」と かわした事がなかった
それが一つの物足りなさであった
アメリカの良さは この「ハーイ」にあるのに

これが アメリカのすばらしさだ
ところが 住んでいる環境が
ちがったせいもあって
この良さに ほとんど会わなかった

私も日本人ばかりの生活の中で
余り外出もしなかったせいもある
日本人ばかりの生活は
どうもさぐり合いばかりで困る

1979.09.28.

| 1979年 | 06:29 | TOP↑

≫ EDIT

光速の舞

光速の変化
光速の変化
人の眼に見えない光速の変化

人の眼に見えないこの舞
これこそ「ほほえみ」となるのだ

自由 勝利 直接直感
元へのくっつきもここにある

直線の硬い方向性も
ここではつぶれ
回転の瞬間移動の世界も
ここにあるのである

ピュアーに 瞬間に
飛び込む世界が
ここにあるのである

大宇宙を自己の中に秘めることも出来る
宇宙の大きい舞も
この一点に おさめることが出来る

勝利がこれだ
ここに勝利がある
自由もここにある

1979.09.28.

| 1979年 | 05:05 | TOP↑

≫ EDIT

私は走るもの

私は走るもの
光速の速さをもって
宇宙を突き切って走る

私は走るもの 光速の速さをもって 
私は走るよ 光速の速さをもって
私は走るよ 光速をもって

自由と勝利は私の手にある
自由と勝利
私は走るよ 光速をもって
この宇宙を突き切って

この変化と自由と速さに
誰が付いて来るや

走れ 走れ 光速をもって
時間も空間も 笑いながら付いて来る

ひざをガクガクさせながら
ずっと遅れて付いて来る

光速も 笑いながら走る

1979.09.28.

| 1979年 | 04:36 | TOP↑

≫ EDIT

ドルガ女神よ

悪がこの世にはびこって 天界の神々もこれには困った
そこで神々がよって 
一つの力なるドルガ女神を創った
その悪をやっつけるために彼女はその悪と闘ったが 
勝利を得るまで一ヵ月かかった

その悪が牛なる「善」に隠れていることを 
彼女は発見した
人々はこの「善」を始めから終わりまで 善として
尊敬をもって迎えた
だがこれが「悪魔のかくれ家」であることを
彼女は一ヵ月目に発見した
彼女の一突きの槍はこの「善」なる牛を
やっつけてしまった

勝利の日が来た
それが「ビジャヤ」の日である

人々は「善」「聖」「神聖」「聖者」にあこがれるが
これが悪魔の仕業である
彼女はそれを発見したのである

人間は人間であり それ以外の何者でもない
それ以下でも それ以上でもない
それを神聖化したがるのがおろかな人間である
「善」にひっかかっている人間である

人間は人間であり あなたも私も人間であり
我々は人間なのである

ドルガ女神よはその硬さを打ち砕いたのである
形を 直線を打ち砕いたのである

宇宙は直線ではない
変化に富んだ幾何学的構図を母胎としている
三次元的な宇宙の見方から 
四次元的な見方に変われ

宇宙は時空と共に変化し続けている
その変化こそ幾何学的世界である
踊り 舞い リズム 歌がそこにある
宇宙の踊り 宇宙大の舞をそこに開示したのである

ドルガ女神は一種の破壊神であり
ピュアーの世界を指し字す女神でもある

おお 讃えよ ドルガ女神を
ジャイ ドルガ
ジャイ ドルガ

勝利の神
勝利の日を讃え 祝え

ドルガ女神の存在を忘れるな
宇宙大に踊れよ


1979.09.28.

| 1979年 | 03:30 | TOP↑

≫ EDIT

大きい舞

舞おう 大きい舞を
舞には大きい舞と 小さい舞とがある

大きい舞を
大きい舞を舞おう 宇宙大の大きい舞を

人間と人間との舞もあるが
人間を 宇宙の一切を 星々の世界をも包みこんだ 
宇宙大の舞を舞うまで
「舞」そのものを 大きく変えてゆけ

すぐ人間は人間にくっつきたがるが
宇宙大にくっついてみよ

むろん人間ともくっつけなくてはダメだけれど
宇宙大の舞はすべてを含む

ピュアーが更にはっきり分かり
ピュアーな社会が築かれてくる

ピュアーな社会と人間を創ろう

1979.09.28.

| 1979年 | 01:40 | TOP↑

≫ EDIT

我々は人間

我々は人間 我々は人間
幾何学の世界で舞う人間
幾何学の舞
舞こそ我等 舞こそ我等 

我々は人間 我々は人間
幾何学の世界で舞う人間
幾何学の舞
舞こそ我等 舞こそ我等

我々は人間 我々は人間
幾何学の世界で舞う人間
その奥にピュアーがある

手をうって踊れ
手をうって舞え
人々よ 我等人間よ

我々はピュアーそのもの ピュアーそのもの
硬い世界を破ち 硬い形を破って
硬い心を 硬い精神を破って
舞う者 ピュアー人間

今日までの世界を 舞いそのものと化せ
歌え 踊れ 舞え
一次元や 二次元や 三次元の世界でなしに
時間をくぐった四次元の世界に突入して

直線的硬さを消せ
直線的硬さ
妄想を消せ
世界は常に 形が変わりつつあるのだ

世界は常に舞い 踊っているのだ
舞え 歌え 踊れ
ピュアーな世界がそこに待っている
ピュアーがそこに待っている

硬い世界を破って
幾何学の変化する世界に入れ

変化こそ 自己を消すもの
リズムこそ 自己を消すもの

リズム 変化
舞い 踊り
これらは 全て幾何学の世界のものだ
直線の世界から 変化の世界に入れ

1979.09.28.

| 1979年 | 00:21 | TOP↑

≫ EDIT

ガラスばりのシャワー室

始めからのくっつき 始めからのくっつき
始めからのくっつきにかえると 人は安心を得る
離れているから人は 相手と向かい合っているのである
これでは一生救いがない
古い人々は この離れた形の人である
新しい人々は このくっついた形の人である

アジアやヨーロッパ その他の古い人々と 
アメリカの新しい人々との違いが ここにある
アメリカ人は始めからくっついている
向かい合いというものがない
そこからくる社会構造 家庭構造 建築構造がやって来ている

アメリカでも古い人と新しい人 古い構造と新しい構造は違う
そのように日本人も 新しい構造を創れるような
新しい人間に変わらねばならない

古い向かい合った構造 例えば感謝の心をもてという事も
古い構造の中から言われてくるものである
必要とされてくるものである
この辺がむつかしい 分からないだろう
何で感謝の心が古い時代の遺産なのか

相対構造の世界では 人と人がうまくゆかない
だから親に感謝せよとか 何々に感謝せよとか言って
来なければ 人間の行為と思考がちゃんと整わないのである

だからそれを整わすために 感謝の心ということを教える
だがこの心は 整わす為に必要とされた言葉であり
人為的なものである
このように相対的な構造に生きている人々には
問題がおきるばかりなのである

そしてそれを支え整えねばならぬから それへのつけ薬が
百も千も考え出されたのである
その一つが感謝の心である
なる程 感謝の心をもつと自分の心は整い 安定を得る
行為も思考も整ってくる 乱れがなくなってくる

しかし人の行為と思考が 再び整わないようになってくる
相対的構造の人間にとって この感謝という心は 考えは
骨の折れた者のための添え木のようなものである

例えばここに 相対的でない始めからのくっつきをもつ人が
いたとするなら それらの間に損や得の感情がわくであろうか
……これだけ仕事をしたら損だとか バカらしいとか……
損だとかバカらしいとかいう心がわくと 人は行為においても
何においてもふくれ面とかわる
……そうならないようにつけ薬をみつけて感謝せよと 
来たのである

例えば それと一体ならば――親と子が一体ならば
そこに何がおきても感情的にはならない
それが離ればなれの心になっていると
親子でも感情的になり 許せないことが心の中におきてくる
人はこうして許せないという感情のもつれを常にもっているのである
一時の感謝という薬は 全てのことに効能があるだろうか
このような感謝の心は 持たないより持った方が
全てが美しくゆくが それとちがった形のもっとよいものが
発見されないものなのだろうか
例えば ガラスばりのシャワー室のように

私もあなたも一つなら 囲いをつくったシャワー室など
いらないであろう
感謝をこめて(ああ いい気持ちだ)といって 囲いのある
シャワー室で一人で湯を浴びるのと 二人 三人で何の囲いも
なく 楽しくシャワーを浴びるのとどちらがいいだろうか
それが出来ないから 人は一人の中に入りこむのである

感謝とか 愛とか 神聖とか 美の世界とかへ
孤独の一人舞台へ入ってゆくのである
他の人々との間に囲いをつくって
ピュアーな世界では このような古い時代につくって来た
感謝せよとか 愛せよ 神聖な方向へゆけとか
そういうような飾りはない

人の心は始めのものになる
始めの人と人 人と自然が始めから くっついてある
そのものに そのものになるのである
くっついた者には相対がない
相対がないと様々な付け薬がいらなくなる

ピュアーな世界には今まであった 舞台装置や芝居は
もはやなくなるのである
文学も哲学も 宗教も 社会構造も全て根底から
くつがえされるのである

1979.09.11.

| 1979年 | 22:27 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT