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1979年11月 | ARCHIVE-SELECT | 1980年01月

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歌とは

歌そのもののもつ幾何学の世界の中に 
入って歌ってみたが
それはまだまだダメなものだと分かった

歌とは 歌うことだけが歌ではない
石があり 人があり この体もあり
空気も 空間も 山も 土も
全てが あること自体が歌なのである

だから全ての歌なるものの
元の構図である幾何学の構図そのものに
ならなければならないのだ

歌だけが 歌でなく
歌うことだけが 歌うことではない
体を動かす事も歌であるし
宇宙のある事も歌である

この根元的構図こそ我々全ての
総合的ふる里への入口なのだ

1979.12.26.
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| 1979年 | 10:21 | TOP↑

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瞬間の出合い

今朝のお祈りの歌を歌っている時
フト頭をかすめた事があった
それは昨日 マチルダを病院に見舞にいった時の
感激した事の一駒だった

私とデビイが車にのってガランとしたクリスマスの
病院の入口を通りガレージに車をあずけた
普段はガレージの係り員がいるのに
今日は 誰もおらずガランとしていた
まるで 新年のようだ

私は先に車を降りて フロントの方に歩きはじめていた
そこへフロントから出て来た五十七 八才ぐらいの夫婦がいた
他には人がおらず 私と彼等が向い合って距離を縮めていた
ハーイと声をかけたかったし 相手もそのようだったが
私は顔をそらして 右の方に何の意味もないのに眼をそらして
すぐまた 彼等の方に眼をもどした
その時 すでに彼等の方も眼と歩いている角度を
変えつつある瞬間だった

彼等と私がはなればなれになる瞬間だった
気まずい思いで なぜハーイと瞬間的に声を
かけなかったのかと後悔した

私は フロント近くまできた
そこへ右手の上の階段から十七 八才ぐらいの青年が
身軽に跳ねるようにして降りてきた
フロントに入ろうとするその瞬間 私と彼とは
ハーイとまで声をかけ合わなかったが 眼で声をかけ合った
私は ハッとかすかな喜びに戻された
最先の気まずい直後だったので

青年はなおも身軽にフロントのトビラを開けて入った
私も続いた
青年はトビラを私の為に開けたまま 手で押さえていてくれた
サンキューと眼で礼をいった
青年も声で答えて手を離し 
病院の中に跳びはねるように消えていった

デビイがフロントにおくればせながら近づいてきた
私は彼女の為に 私の入ったそのトビラを
ずっと手で開けたままであった

二階に 我々はエレベータで上った
エレベータを出ると そこに 二三の人が案内所の
前に立っていた

私は出合い頭に眼の前にいた男に 
ハーイとあいさつをかわした
相手もハーイといった

瞬間の出合いの音を歌を 神の声を
どうして 忘れられよう
忘れてはならないことだ
この連なり合った心の世界を

1979.12.26.

| 1979年 | 00:48 | TOP↑

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クリスマスイブと赤い火

火は赤く燃えている 暖炉の前の静かな一時だ
真知子一家も帰り セメン仕事も一段落して後片付け
掃除を終えて 一人日記を書くべく
クリスマスイブのこの良き日に坐っている
ホッペまで赤く あたたかくしみてくる
アメリカのこの豊な生活の一駒

木切れや丸太がたくさんあるので 早く燃やしてしまわねば
見苦しいまでに積み重ねられているのを
次々に 暖炉の中に投げ込む

真知子が暖炉で焼いもをすべく 買ったそのままの
いもの中から一つ 二つ 取り出して火の中にくべた
日記を書きおえる頃には こんがり食べられる程度に
それは出来上がるであろう
光司や拓人たちは 今頃何をしているであろうかと
思いをめぐらしても日本とアメリカだ

彼等が 日本に帰る前あたりに私は「ホッペにキスする」という
詩を書いたが あれは……とっても効果があることだ
人への批判は消えるし 知らぬ間に人と人との間が連なりの
構図になり 他の人の行為にひっかからなくなっている

他の人の行為や言葉にひっかかる その悪いくせが
この「ホッペにキスを」と思い出す度に
たちどころに それが消えさるのである
何と効果のあることだろうか 連なりの形になるのだ
ものすごい偉力だ

このアメリカ人の体質の移植……知恵や知識でなしに
彼等のこの積極的にまで体質がそうなったものを
移植するだけで こんなすばらしい事がおきるのだ
これは真似るのでなく 移植するのだから効果があるのである
真似たからとて こんなに効果があらわれない
移植のこのすばらしさよ

これを続ける事によって アメリカ人のあの明るい
ピュアーで ほがらかで 人のいやがる事を言わない
あの教養が 次第に 身についてくるであろう
それが 時々刻々に感じられる

だんろに入れる木がなくなったので取りにいった
雨が……雨が降っていた
セメン仕事も 二日連続のものが一応完成してホッと一息

アラン マイク ナンシー マヤたちは昨日の疲れもよそに
ペンキの仕事に出掛けている
デビイはクリスマス前の贈り物やカードの準備その他
今朝は セメン仕事の後片付けと部屋の掃除で
少々くたびれたようだ
部屋に入っている

ここグラナダヒルは以前のノースリッヂの家とは
大分趣きが異なるせいか落ち着いた生活が出来る
隣近所に全然気をつかう事なく かつずっと遠くの人々までが
親しく話しかけて通ってゆく
「あなた方は ここに住んでいるのか 私の名前は何々だ
あなた方の名前はどういうのか」と

また 二日程前にも夜 二、三十名の男女がかたまって
家々を一軒一軒訪問してはクリスマスの歌や賛美歌を歌って
家々の人々にメリークリスマスを称えながら
祝福して廻っていた
我々の家の前にも止まって 歌をきれいな声で歌ってくれた

ナンシーと真知子がお金をあげなければいけないかと思って
出ていったら そんな事ではないのだと言われて
小さくなって 苦笑して家の中に逃げ込んで来た
高級住宅地とはこの事なのか
以前のノースリッヂの雰囲気と全然ちがう
あそこも なかなかの高級地区だったのたが

ここは 又特にに良い所だし この辺の人々はこの辺を
良い所にしようという努力を互いにしていることがよくわかる
夜でも家の外は明々と 赤黄様々なライトで照らし出し
昼でも庭の手入れのゆきとどいたのが 気持ちよく眼にうつる
それに負けないようにと我々も前庭を手入れしているのである
家のペンキも塗り替えたし
今度はカーペットを張り替える番だ

どうやらいもも焼けたようだ
デビイも部屋から出て来てお茶をもってきてくれた
昼下がりの我れを 取り戻したこの一時

(焼いもは時間がたち過ぎて残念なるかな
 どこにも見あたらなかった)

1979.12.24.

| 1979年 | 14:00 | TOP↑

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体質の移植 ホッペにキスしよう

ホッペにチュとキスしよう ホッペにチュとキスしよう
向い合う態度から 連なり合う態度となる
アメリカ人はこれが容易に出来るし
そうしようと身がまえている

私も人間 あなたも人間
人の行為より 人の存在しているということに
重きをおいたが故に 彼等はその精神と理論と哲理と真理が
肉体化してしまったのだ
体質が変わってしまったのだ
心や体質まで変わったという実現が来てしまったのだ

我々アジア人が アメリカのその民主主義精神から学んで
行為より 人間存在を重きにおくその精神を
自分のものにしようと努めても 彼等と同じようにはならない
彼等にはその精神が 体質にまでなり切っているのである

そこで 我々が彼等のようになろうと思っても
理論がわかったからとて すぐにはそうなれない
誰とでも向い合わず連なった関係となり 他の人の批判をせず
平和な心でおれる自分となる為には 彼等の理論はいうまでも
なく知り その上で彼等が血肉化したその体質を
今度は移植しなければならない

理論や精神ばかりでなしに その彼等の体質となったもの
――ホッペにチュと キスしようとするその積極的な
連なりの形を 我々は実行に移さねばならないのである
それは理論の注入でなしに体質の移植である

例えば 美味なものを美味しそうだとか 美味しいのだとか
理論をのべてみたところで自分の血肉とならない
実際にその美味しいものを食べれば
ただちに自分のものとなる
それと同じだ

事は次第に 具体的になって来た
ただアメリカ人は 誰とでもホッペにキスしたりするから
それを真似よう……としてもだめだ
なぜなら理論が 精神が入っていなければならない
アメリカ民主主義の精神であるそれが頭にたたき込まれ
その次に必要な事は この体質の移植である

このホッペにキスする事は 積極的に思っていなければ
出来ないことで これを積極的に実行しようと
努力していることは 連なった形に入ることである

握手は 向い合っている形である
向い合った人間同士が 親しく手を握り合っているだけである
抱き合い 更にホッペにキスするこの行為は
肉体化されたアメリカ精神を 頭にでなく口に食べるような
ものだ

こちらの血肉にかわるのだ
実現の世界とは このように頭でわかっても
どうにもならないという時
もう一つ必要なもの 体質となりきったものを移植しなければ
ならないのである
そうしない限り 美味しい食べ物の入った器のふちを
廻るようなものだ

体質化したものを移植すること
そして それ以前に理論を知っておくこと
人間の行為に重きをおかず人間の存在するものに
重きをおくこと
人間の存在を尊重する精神 これは向かい合いから
連なり合いになろうとするものである
あなたも人間 私も人間……

そこで次にこのホッペにキスするというこの努力 積極性が
人の心を明るくし批判を消してゆく
心の幾何学的構造……構図がこれによって
すっかりかえられてしまうのである

だから今まで強硬だったこの向かい合いから来る形と 
それにともなう感情 批判は力を弱め姿を消してくるのである
苦しかった向かい合いの人間構図からおさらば出来るように
なるのである

頭ばかりの時代はすぎた
大いにホッペにチュッとキスしていこう
誰とでも

1979.12.14.

| 1979年 | 19:30 | TOP↑

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そこには人は いなかった

そこには 人はいなかった

そこには 人はいなかった

大きい拡がりだけが

そこにあった

大きい拡がり


震えが来て 自分が

消えてしまった

そこには人は いなかった

そこには人は いなかった

1979.12.10.

| 1979年 | 10:48 | TOP↑

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幾何学的構図の偉大さ

おお幾何学的構図の偉大さよ
幾何学構図こそ我等を救うもの
構図こそ 我等を救う

今までので宗教その他で 我等の救いは
愛とか 優しさとか その他やわらかい心情が
その解決法となっていた
いわゆる教訓的 人間性的な心の暖かさをその薬として来た

しかし人間が向い合いの構図にいるかぎり 
人はそれを使い
或は成功 或は失敗とそれの繰り返しであった
それは 幾何学的構図の誤った世界にいるからである

向い合いの構図から 横に連なる構図に帰ってみろ
たちまち人間は元来の人間 元来の人間関係に復帰する
人と人はくっつきの構図となるのである
そこに他人も 相手もなく
連なった一つの人々となる事が出来る
あの人 この人 私という個人と所有欲すら消える

あの人は私でありであり この人は私であり
あの人も 私も 私というこの区切られてある自分がなくなる
構図をかえる事だけで人間は連なり ひっかかりがなくなり
流れる水がスムーズなように ぶつかり合いや
批判する 相対する心が消える

人は誰とでも 腕を組み合って歩けるようになる
人を批判するのも 嫉妬心をいだくのも全て
向い合いの構図にいるからである

夫婦であっても 向い合いの構図にいると
嫉妬心や批判その他 愛とかやさしさが要求され
それらの言葉や心がおきてくるのである
しかもこれらは間違った構図に住む人々である

連なる構図になると人類全てが連なり 一つとなれる

1979.12.03.

| 1979年 | 23:25 | TOP↑

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