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1980年07月 | ARCHIVE-SELECT | 1980年09月

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サリー達の帰国

やっとサリー達が出発した

館内はしーんとした

1時から夜のお祈りまでの

小雨模様の部屋の内は

うっとうしかった


何をしても落ち着かなかった

見送りに行った者も帰って来て

お祈り 

夕食をすませた………が

落ち着かなかった


ここ20日間の騒々しい日々と

時間が 大分と神経を

この学園を 俗界の空気に

巻き込んだ


しかしその間 何かを自分は

得ているはずだ


それはガラスばりの世界と

ワンダフルの世界を

自分はつかんだはずだ

はずであってはならない

そうなるべきだ


ガラスばりとワンダフルに

今は ほほえんでは居れない

迂闊に行ってはならない時

なのだ


この二つを真剣に

実現せねばならないのだ

私はもうすぐ アメリカに又

第四回目の出発だ


どうか 人類が………世界が

救われるこの二つの出来事が

見事に私のものとなり

又 それが人類のものとなる日の

近いことを願う


1980.08.31.
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| 1980年 | 15:44 | TOP↑

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カリフォルニアドリーム1960年代

1960年代のアメリカ映画を

TVで見る

しかしこれらは アメリカにおける

1960年代のものだ


性の自由というか

禁欲主義崩壊の開幕のような

ものだ


暗いものと 明るいもの

明るいものと 暗いものとが

交さしている

1970年代はそんなものとは

ちがう


善悪 誠意を問われる

時代から

夫婦交換等のガラスばりの

時代へと突入している


本格的に人間開花期へと

突入しているのだ

そしてすでに 1980年代へと

突入している 


過去のものは いつも

古いもの

暗いものとなって

後ろに 流れ去ってゆく

この奔流に 誰が抗しえようか


眼ざましい世界の

進展の中で

日本人は あれよ あれよと

眼を見張るばかりとなる

このガラスばりの 曙の

時代にあって


1980.08.30.

| 1980年 | 15:40 | TOP↑

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これしかない

ワンダフル

ワンダフル

直接直観


ワンダフル

ワンダフル

ワンダフル

これしかない


1980.08.29. 

| 1980年 | 10:36 | TOP↑

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宇宙的ワンダフルの効果

ワンダフルを忘れるな

「ワンダフル」

この言葉を 思い出すと

すべての 調子が一元的になり

ととのい

エネルギーが わいてくる


これを 宇宙大にひろげ

宇宙的な 「ワンダフル」を

心の中で唱えると

ふるえ

宇宙の中で ととのう


この宇宙的 ととのいは

宇宙の自由の優先という


位置の回転によって

やってくるのだ


ただ単なる 宇宙をたたえる

ワンダフルとは ちがう


回転 回転

宇宙と自分が 一つの

中心軸を中心として

まいはじめるのだ


ワンダフル  ワンダフル

あなたも 私も 宇宙も

ワンダフル


回転 回転 踊り 踊り

神話だ 回転だ


私も あなたもない回転だ


1980.08.19.

| 1980年 | 11:20 | TOP↑

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優先 神話 夢 一本立ち

優先は 神話をつくる

ワンダフルという 言葉が

生まれる その

ワンダフルが

すでに 神話である


神話は 夢である

ほほえみは 神話である

一本立ちは 神話である


1980.08.14.

| 1980年 | 16:45 | TOP↑

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人と人との壁が

鉄が磁石に ひきつけられるのは

磁気がそこに 現われたからである

磁気――


人と人との間に

磁気のようなものが やってこないと

人はいつまでも 向い合っている


磁気が 来たのだ

人と人とが ひっついた

踊りが 踊りとなった

いつの間にか

人々の方を向いて 踊っていた

人が人々を 気にするのは

人が人々とまだ

相対的に おるからである


それが くつきが やってくると

気にしなくなる

人々の方を向いて 踊れてくる


踊るのでなく

踊れてくるのである

宇宙的なおどりを


「優先」「ワンダフル」が

先ず 人と人々との壁を とった


その壁が とれない以上

神とか 宇宙とか

ブラフマンとか いっても

無駄である


1980.08.09.

| 1980年 | 23:53 | TOP↑

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ワンダフルの一本道

優先とワンダフルからいつまでも
抱き合っておれるようになった
他の人が側にいても いつまでも
優先ということで 人の中で自己の位置が消える

ところがこの方法だけでは 宇宙的に自己が消えない
宇宙的な震えがやってこないのだ
そこで人間から宇宙へ その優先を切りかえてみた
だがそれは 一つの技巧に過ぎないことだと分かっていた
そこでせっかく いつまでも抱き合えるという
いいところまで行っておりながら
ちよっとした難局にぶつかっていた

ところが その苦しまぎれの中にあって
《やっぱり光速の彼方》という人間から離れた世界
……光速 星の彼方 胸を張って歩けの詩をもって来た
途端に 宇宙的自己の震えがやって来た
宇宙的に消える世界に突入した

それと 他の人の自由の優先とどこでどうかみ合ったのか
踊りの時にまともに踊れて来た
インスピレーションに輝いて 力一杯の踊りが来たのだ
それが一つの次の型となってやって来た
それは 今までにないものだった

それは無意識的に人々の方を向いて踊りが
なされて来たのだった

今までの踊りはいつも前面を向いての踊りだった
ところが 後ろ向きになって人々の方をむいて
踊りがなされてきたのだ

ふとその変化に驚いた 変化だ 突然の変化だ
これがどうしてこうなったのか……と考えた
やはりその経過がはっきりしていた
いわゆる 人間と完全に関係がなくなったのだ
なくなったという事は完全にひっついた という事である

関係があるという事は 相対的であるという事なのだ
他の人が気になっていつまでも抱き合っておれないという事は
相対だからである
アジア人にはその欠陥がある
人と人が向い合って少しもひっついていない
人と人との間があり空間があるのだ
それがアメリカ人にはないのだから不思議だ

それが 優先ということからワンダフルが生れ
ワンダフルから差別 空間が消えていったのである
むろん人種差別は今でも残っているが
残っているという事は 消えていっているという事である
いつまでも変わらずに依然として同じくある
という事とはちがう

優先 ワンダフル これが人々を救った
人と人がひっつき始めた 他が気にならなくなった
私の場合も先ず最初にいつまでも人を気にせず
抱き合っておれるようになった
そしてその次に光速がかかってくると
その踊りが 人々の方を向いて踊るようになった

それは人々とひっついたが故に
人々の方を向くようになったのである
これは 向い合っている相対関係をいうのではない

相対関係にいると人は人の方を向かなくなる
いわゆる 人と離れて自分の位置にいるのである
人と人がひっつくと いつまでも人の方を向いて
宇宙的踊りがなされるのである
そこには 恥 外聞 見栄 見せかけが少しもない

それは それ等と一つになって消えた状態で
踊れているのである

アジア人は人や世界と合一し 更に超越することを学んだ
しかし 人と人がくっつく事なく聖者とか 神聖とかの
方向に逃げ勝ちだった
神や神秘主義的な方向で自己陶酔する恐れがあった
いわゆる「聖」なるものへの精神病にかかっていたのである

聖 神聖……の深い闇を破って
ワンダフルの一本道に邁進しよう

1980.08.09.

| 1980年 | 13:17 | TOP↑

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優先 優先


優先 優先
優先と ワンダフルを見つけてから
キスして 抱き合っても
いつまでも いつまでも
抱き合っておれるようになった

人がそばにいても
少しも 気にすることなく

不思議な 変化だ

また 手を高く上げて踊っても
前方ばかり 向いているのでなく
人々に まともに向って
踊れるのでる

人々とすべてが まともに
その相手となったからだ

すべてが ワンダフルの中に
入れられてしまうからだ

1980.08.09.

| 1980年 | 10:55 | TOP↑

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宇宙のすべてに ワンダフル

相手の人の自由の優先

これは アメリカ的第一段階である

第二段階は 宇宙的でなければならない

宇宙のすべてに ワンダフルが言えてくる


踊りが始まる

私のない すべてである

ワンダフルの踊りが始まる

1980.08.05.

| 1980年 | 22:15 | TOP↑

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ワンダフルが通過する

人間は幾何学の世界を通過しないと根源に帰れない
なぜならこの宇宙の構成は幾何学的構図があって その上に
この眼に見える「有」の世界が存在しているのだからである

異質のものの同時存在する世界と物理学では 言っている
――光が光波と粒子で出来ているように
時間と空間 質量とエネナルギーもそうだ
同じ一つの物が異なった性質の二つのものになって
しかもそれが 同時にあるのである
それが幾何学的構図なのである

構図が母胎なのである
だからそこを通りぬけないと故郷へ 同じ一つのものの世界へ
ゆけない

話は一変にとぶが「ワンダフル」と他の者に言えるように
自分を訓練することだ
こんな事がどうして根源へ行ける方法なのか
これがどうして幾何学の通路を越えることになるのかというと
「ワンダフル」と他の人の一切に言えるという事は
「他の人の自由の優先」という事を重きに置くと
そう言えるようになってくるのである

「他の人の自由の優先」とは 自分中心にいたものが
他の人中心になる事であり それは自分から他へ
自己の意識が 幾何学的に変化しているからである

「変化」 変わること
こちらとあちらが変わること
これがそれである

この方法は一般者にとって容易な方法である
アメリカ人はこの方法によってあの「ほほえみ」を得たのである
一元のほほえみを
なぜならそこでも 自己が徐々に消されるからである

一元のほほえみは 自己を消し 多くの人々と 
一つの体になったというその連なりの中から生まれてくる
自己を消すこと
自己を消さないと 何事も本当のことが起きてこない

ワンダフル ワンダフルと 他を讃えていると
自然に自己が消えてくる
消えてくると余計 宇宙に満ちているワンダフルが
わかってくる

自分と他 他と自分というものがあるのも
この相対界の構図の一つである
その相対構図の中をワンダフルが通るのである

1980.08.05.

| 1980年 | 19:54 | TOP↑

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