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サリー達の帰国

やっとサリー達が出発した

館内はしーんとした

1時から夜のお祈りまでの

小雨模様の部屋の内は

うっとうしかった


何をしても落ち着かなかった

見送りに行った者も帰って来て

お祈り 

夕食をすませた………が

落ち着かなかった


ここ20日間の騒々しい日々と

時間が 大分と神経を

この学園を 俗界の空気に

巻き込んだ


しかしその間 何かを自分は

得ているはずだ


それはガラスばりの世界と

ワンダフルの世界を

自分はつかんだはずだ

はずであってはならない

そうなるべきだ


ガラスばりとワンダフルに

今は ほほえんでは居れない

迂闊に行ってはならない時

なのだ


この二つを真剣に

実現せねばならないのだ

私はもうすぐ アメリカに又

第四回目の出発だ


どうか 人類が………世界が

救われるこの二つの出来事が

見事に私のものとなり

又 それが人類のものとなる日の

近いことを願う


1980.08.31.
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| 1980年 | 15:44 | TOP↑

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カリフォルニアドリーム1960年代

1960年代のアメリカ映画を

TVで見る

しかしこれらは アメリカにおける

1960年代のものだ


性の自由というか

禁欲主義崩壊の開幕のような

ものだ


暗いものと 明るいもの

明るいものと 暗いものとが

交さしている

1970年代はそんなものとは

ちがう


善悪 誠意を問われる

時代から

夫婦交換等のガラスばりの

時代へと突入している


本格的に人間開花期へと

突入しているのだ

そしてすでに 1980年代へと

突入している 


過去のものは いつも

古いもの

暗いものとなって

後ろに 流れ去ってゆく

この奔流に 誰が抗しえようか


眼ざましい世界の

進展の中で

日本人は あれよ あれよと

眼を見張るばかりとなる

このガラスばりの 曙の

時代にあって


1980.08.30.

| 1980年 | 15:40 | TOP↑

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これしかない

ワンダフル

ワンダフル

直接直観


ワンダフル

ワンダフル

ワンダフル

これしかない


1980.08.29. 

| 1980年 | 10:36 | TOP↑

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宇宙的ワンダフルの効果

ワンダフルを忘れるな

「ワンダフル」

この言葉を 思い出すと

すべての 調子が一元的になり

ととのい

エネルギーが わいてくる


これを 宇宙大にひろげ

宇宙的な 「ワンダフル」を

心の中で唱えると

ふるえ

宇宙の中で ととのう


この宇宙的 ととのいは

宇宙の自由の優先という


位置の回転によって

やってくるのだ


ただ単なる 宇宙をたたえる

ワンダフルとは ちがう


回転 回転

宇宙と自分が 一つの

中心軸を中心として

まいはじめるのだ


ワンダフル  ワンダフル

あなたも 私も 宇宙も

ワンダフル


回転 回転 踊り 踊り

神話だ 回転だ


私も あなたもない回転だ


1980.08.19.

| 1980年 | 11:20 | TOP↑

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優先 神話 夢 一本立ち

優先は 神話をつくる

ワンダフルという 言葉が

生まれる その

ワンダフルが

すでに 神話である


神話は 夢である

ほほえみは 神話である

一本立ちは 神話である


1980.08.14.

| 1980年 | 16:45 | TOP↑

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人と人との壁が

鉄が磁石に ひきつけられるのは

磁気がそこに 現われたからである

磁気――


人と人との間に

磁気のようなものが やってこないと

人はいつまでも 向い合っている


磁気が 来たのだ

人と人とが ひっついた

踊りが 踊りとなった

いつの間にか

人々の方を向いて 踊っていた

人が人々を 気にするのは

人が人々とまだ

相対的に おるからである


それが くつきが やってくると

気にしなくなる

人々の方を向いて 踊れてくる


踊るのでなく

踊れてくるのである

宇宙的なおどりを


「優先」「ワンダフル」が

先ず 人と人々との壁を とった


その壁が とれない以上

神とか 宇宙とか

ブラフマンとか いっても

無駄である


1980.08.09.

| 1980年 | 23:53 | TOP↑

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ワンダフルの一本道

優先とワンダフルから

いつまでも抱き合って

おれるようになった

他の人が 側にいても

いつまでも


優先ということで

人の中で 自己の位置が消える


ところがこの方法だけでは

宇宙的に自己が消えない

宇宙的なふるえが

やってこないのだ


そこで人間から 宇宙へ

その優先を切りかえてみた


だがそれは 一つの

技巧にすぎないことだと

わかっていた


そこでせっかく いつまでも

抱き合えるという

いいところまで行って

おりながらながら

ちよっとした難局に ぶつかっていた


ところが その苦しまぎれの

中にあって

《やっぱり光速の彼方》という

人間から離れた世界

……光速 星の彼方

胸を張って歩け

の詩をもって来た


途端に 宇宙的自己の

ふるえがやって来た

宇宙的に消える世界に

突入した


それと 他の人の自由の優先と

どこでどうかみ合ったのか

踊りの時に

まともに踊れて来た


インスピレーションに輝いて

力一杯の踊りが来たのだ

それが一つの 次の型となって

やって来た

それは 今までにないものだった


それは 無意識的に

人々の方を向いて 踊りが

なされて来たのだった


今までの踊りは

いつも前面を向いての

踊りだった


ところが 後ろ向きになって

人々の方をむいて 踊りが

なされてきたのだ


ふとその変化に驚いた

変化だ

突然の変化だ

これがどうしてこうなったのか……

と考えた


やはりその経過が

はっきりしていた

いわゆる 人間と完全に

関係がなくなったのだ


なくなったという事は

完全にひっついた という事である


関係があるという事は

相対的であるという事なのだ

他の人が気になって

いつまでも抱き合って

おれないという事は

相対だからである


アジア人にはその欠陥がある

人と人が向い合って

少しもひっついていない

人と人との間があり

空間があるのだ


それがアメリカ人には

ないのだから不思議だ


それが 優先ということから

ワンダフルが生れ

ワンダフルから差別 空間が

消えていったのである


むろん人種差別は今でも

残っているが

残っているという事は

消えていっているという事である


いつまでも変わらずに

依然として同じくある

という事とはちがう


優先 ワンダフル

これが人々を救った

人と人がひっつき始めた

他が気にならなくなった


私の場合も 先ず最初に

いつまでも人を気にせず

抱き合っておれるようになった


そしてその次に

光速がかかってくると

その踊りが 人々の方を向いて

踊るようになった


それは人々とひっついたが故に

人々の方を向くようになったのである

これは 向い合っている相対

関係をいうのではない


相対関係にいると人は

人の方を向かなくなる

いわゆる 人と離れて

自分の位置にいるのである


人と人がひっつくと

いつまでも 人の方を向いて

宇宙的踊りがなされるのである


そこには 恥 外聞

見栄 見せかけが

少しもない


それは それ等と

一つになって消えた状態で

踊れているのである


アジア人は 人や世界と合一し 更に

超越することを学んだ

しかし 人と人がくっつく事なく

聖者とか 神聖とかの

方向に逃げ勝ちだった


神や神秘主義的な方向で

自己陶酔する恐れがあった

いわゆる「聖」なるものへの

精神病にかかっていたのである


聖 神聖……の深い闇を破って

ワンダフルの一本道に邁進しよう


1980.08.09.

| 1980年 | 13:17 | TOP↑

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優先 優先


優先 優先

優先と ワンダフルをみつけてから

キスして 抱き合っても

いつまでも いつまでも

抱き合って おれるようになった


人がそばにいても

少しも 気にすることなく


不思議な 変化だ


また 手を高く上げて踊っても

前方ばかり 向いているのでなく

人々に まともに 向って

踊れるのでる


人々とすべてが まともに

その相手となったからだ


すべてが ワンダフルの中に

入れられて しまうからだ


1980.08.09.

| 1980年 | 10:55 | TOP↑

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宇宙のすべてに ワンダフル

相手の人の自由の優先

これは アメリカ的第一段階である

第二段階は 宇宙的 でなければ

ならない


宇宙のすべてに ワンダフルが

言えてくる


踊りが はじまる

私のない すべてである

ワンダフルの おどりが

はじまる


1980.08.05.

| 1980年 | 22:15 | TOP↑

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ワンダフルが通過する

人間は幾何学の世界を

通過しないと

根源にかえれない


なぜなら この宇宙の構成は

幾何学的構図があって

その上にこの眼に見える

「有」の世界が存在している

のだからである



異質のものの 同時存在する

世界と

物理学では 言っている


――光が光波と粒子で

できているように


時間と空間

質量とエネナルギーもそうだ

同じ一つの物が 異なった性質の

二つのものになって

しかも それが 同時にあるのである


それが 幾何学的構図なのである


構図が母胎なのである

だから そこを 通りぬけないと

故郷へ 同じ一つのものの世界へ

ゆけない


話は一変にとぶが

「ワンダフル」と他の者に

言えるように

自分を訓練することだ

こんな事がどうして

根源へ行ける方法なのか


これが どうして

幾何学の通路をこえることに

なるのか

というと 「ワンダフル」と他の人の

一切に言えるという事は

「他の人の自由の優先」という事を

重きにおくとそう

言えるようになってくるのである


「他の人の自由の優先」とは

自分中心にいたものが

他の人中心になる事であり

それは 自分から他へ

自己の意識が 幾何学的に変化しているからである


「変化」

変わること

こちらとあちらが

かわること

これがそれである


この方法は一般者にとって

容易な方法である

アメリカ人は この方法によって

あの 「ほほえみ」 を得たのである

一元の ほほえみを

なぜなら そこでも 自己が徐々に

消されるからである


一元のほほえみは 自己を消し

多くの人々と 一つの体になったという

そのつらなりの中から

生まれてくる

自己を 消すこと

自己を 消さないと 何事も

本当のことが おきてこない


ワンダフル ワンダフルと 他を

讃えていると

自然に自己が 消えてくる

消えてくると よけい宇宙に

みちている

ワンダフルが わかってくる


自分と他 他と自分というものが

あるのも

この 相対界の構図の一つである

その 相対構図の中を

ワンダフルが 通るのである


1980.08.05.

| 1980年 | 19:54 | TOP↑

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