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春はゆれてあるものです

「春はゆれてあるものです


だから花が咲くのです」


1981.02.20.
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| 1981年 | 09:40 | TOP↑

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島宇宙と宗教

我々の住んでいる銀河系のようなものが
この宇宙にたくさんあって その星雲が互いに 
えらい勢いで遠のいているという
この地球から見てもそれ等が遠のいているし
その他の星雲から見たとしても この地球もえらい勢いで
遠のいているのである

そこである科学者が言うには 
もしキリストが生きていた時代にこの事がわかっていたら
当時の人々は これをどのように理論づけたであろうか
それは 明白である
即ち 地球人が余り悪い心をもっているから 
その星雲に住んでいる生物が こんな地球から遠のこうと
言うことで 遠くへ去っていっているのであると

このように宇宙のことを昔の人は すぐ宗教的に捉えてしまい
簡単にそんな幼稚な結論を出してしまうのである
このように我々現代人は このような幼稚な結論によって
組み立てられて来た道徳や宗教理念によって
育て上げられてきたのである

何か言うと人間はこうあるべきだといって 
宗教用語と道徳用語を縦横にふりまいて「説教」というものを
造り上げ そのつくり上げられた説教によって育てられ 
成長してきたのである
例えば良いとか 悪いとか 優とか 劣とか
道徳的とか 不道徳的とか 損とか 得とか 罪多いとか
……そういう宗教でつくり上げた用語をもちいて
人を左右してきた

ところが人間はそんな用語で人と宇宙を研究することは
出来ないのである
……にもかかわらず人と宇宙を宗教用語でもって
さばいて来たのである

人は宗教用語によって導かれるものではない
それらは間違った言葉である
人を研究するには宇宙を研究するのと同じように
科学的でなければならない

宇宙の構造が一般相対性理論によって
より確かに解明されてきたように 人間もそうされなければ
ならないのである
人間の助かる 助からないは人間の構造問題にかかって
いるのである

それを宗教用語を用いて お前は罪多いとか
お前は善人であるとか 悪人であるとか 欲をなくせ……とか
教えて来たのである
そんなもので人間の欲は消えるものでもなく 恥ずかしいとか
名誉心とか 貪欲な性欲とかがなくなるものではない

人間がこの宇宙に住みついてからの歴史は長い
しかしそれが今からつい六十年ほど前に始めて
一般相対性理論が現れてから今日までの 宇宙に関しての
文学や思弁的な哲学が その座を物理学にゆずらなければ
ならなくなったのである

ところが宗教においては その座をいまだに物理学に
ゆずろうとはしていないのである
……宗教用語が今だに人々の間を駆け回っているのである

人は自分の内にもつ構造の世界をなくしたら
すぐ救われるのである という事を そのうち人々は
気付いてくるであろう

グニャグニャ フワフワした人間にならない限り
人間は この複雑をようする機械技術文明をも
コントロールしてゆくことが出来ないのである

1981.02.14.

| 1981年 | 22:17 | TOP↑

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宗教の説教

宗教の説教など 余り役に立たなかった理由が
分かって来た

私が以前に 宇宙は歓喜の涙の噴水の花だといったが
それは 自分がないというその花だ

構造がこわれた その恍惚の
フワフワ グニャグニャの風のような
硬さが少しもない
つき当るものの少しもない世界の空気

骨抜きになったような
「ほほえみ」の花なのだ………

それだ それだ!
ラーマクリシュナは 少しも
構造をもたなかった人だ
といえよう

彼の前には人も 神も
計算も 明日もいらなかった
ただ あるものだけがあった

1981.02.14.

| 1981年 | 12:34 | TOP↑

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宇宙構造と人間

グニャグニャな世界 
このグニャグニャ
……構造をとった世界
これがラーマクリシュナのあの「ほほえみ」である

そのグニャグニャ
……荒々しい世界を降りたこの世界のその状態
これが「ほほえみ」であり開花された宇宙である
グニャグニャがほほえみであり花なのである

ほほえみが花 宇宙大にさいたほほえみ
これが花であり これがグニャグニャである

構造のない世界……硬いものが少しもない世界
ひっかかりが少しもない世界
たし算 引算 掛算 こんな事もない世界
これがグニャグニャの世界である
これが「ほほえみ」の世界であり 花なのだ

宇宙の構造はものすごく整然としている
遠い遠い星雲の世界……これら星雲の位置も
均等性という原理と一致しているようだ

このような複雑かつ均等性をもつ宇宙の構造を
そうあらしめている根源はその「構造」のないもの
そういうものが 根源でなければならない

もしブラフマンの性格を言わんとするならば
構造のないもの……と言える

その構造のないものがブラフマンであるなら
我々の内にもあるというアートマンはこれと同じく
「構造のないもの」でなければならない

それではっきりすることは
構造のない状態に人がならなければ
人はまともに生きてゆけないということである

1981.02.14.

| 1981年 | 12:28 | TOP↑

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はずかしいも硬い構図

今朝 恥ずかしいという事も構図をなくすと
なくなるという事がわかった
アメリカ人はそうなれているのに
アジア人はこれらを取るのに 必死になって教訓や教典を作り
それらを取ろうとして来た

例えば 裸の自分を見られるのが恥ずかしいとか
トイレに入っている自分を見られるのが恥ずかしいとか
または崇拝されたいとか 権威欲を満足させたいとか

こういうことは アメリカ人にはない
しかしアジア人にもアメリカ人にもある根深いカルマ
たし算 引算 掛算の複雑な構図
こういうものが いずれも心の中に 肉体の中に残っている
ところが そのやっかいな構図を
アメリカ人は 取り除き始めたのである

これ等は 学問や技術の世界には必要だが
心と肉体に染み込ませては失敗をする
その構図を取り除くと 人はグニャグニャになる

はずかしいとか 損とか 得とか
……そんないやらしいものがなくなってくる
崇拝されたいとか 権威を保ちたいとかもなくなる
フワフワ グニャグニャ ニコニコほほえんで来る

1981.02.12.

| 1981年 | 11:40 | TOP↑

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ラーナクリシュナは宇宙に咲いた花

ラーマクリシュナは

宇宙に咲いた

ラーマクリシュナは

宇宙に咲いた噴水の水


ラーマクリシュナのほほえみは

宇宙に咲いた歓喜の花

噴水のひろがり


ラーマクリシュナのほほえみは

宇宙に咲いた噴水の花

1981.02.11.

| 1981年 | 11:12 | TOP↑

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計算のない世界

構造のない世界に入ると
体が揺れてくる
「震え」てくる
例えは 足し算 引算 掛算だ
それ以外にも 沢山
我々の体と心の中に
構造の世界をもっている

それを取り除くのだ
それを取った世界に入ると
体が揺れてきて
震えの中に入ってしまう

荒々しい世界の舞台の上にいて
そこで助かる道を
方法を 方程式を
探しているのでなくて

その舞台から 
見つけた次の世界へ
降りてしまうことだ

その降りた世界が
このグニャグニャな世界
硬いものを造る構造のない
世界なのだ

1981.02.10.

| 1981年 | 09:22 | TOP↑

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グニャグニャの世界


体がグニャグニャになります
体がグニャグニャになります
足し算と引算と掛算のような
複雑な構造をとると

グニャグニャになります
硬さはそれらの人為的に
つくられたものによって
なっていた事が分ります

やわらかい 骨なしの世界
これこそが
世界が助かる法則の世界でした

足し算 引算 掛算のような
複雑な構図から抜けると
人間はその時
永遠という法則の内に入るのです
本物という世界に

1981.02.09.

| 1981年 | 11:09 | TOP↑

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歓喜する宇宙の花

歓喜の涙で出来た花々
宇宙一杯に それが
ひろがっている

あの人も あれも これも
この人も あれも これも
すべて 「涙」のふるえだ

幻なるものは どこにもなく
開花の実在のみが
そこにある
歓喜の涙のスプリングだ

春の衣
透き通るベール
春姫が行く 春姫が

足首の鈴の音がきこえるよ
鈴の音が風にのって

1981.02.07.

| 1981年 | 10:47 | TOP↑

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ちがう世界

それは 涙の世界でした
……
それが神でした
おお神よ
おお神よ
あなたは 歓喜の涙の主です

それは ピュアーです
ピュアーは ただ ただ
それです
おお純粋物理の世界よ

それが入口で
門だったのです
その門をもう二度と
忘れないようにしよう

五体を地に 倒じさせて下さい
それが そこへの第一歩なのです

もう詩をかくのを 今は
これくらいで やめよう
余りに良過ぎるから

1981.02.06.

| 1981年 | 13:39 | TOP↑

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