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1981年02月 | ARCHIVE-SELECT | 1981年04月

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笛がきこえる

私は これを闇の中でかいている

なぜなら あかりをともすと

ビジョンが……インスピレーションが

消えてしまうからである

1981.3.26日未明

私は床の中で一つのインスピレーション

に 輝いたのだった


笛だ

神話の笛だ

空は明けようとしている

レディングの山の中の一軒家


黒い雲が横にたなびいている

木々は冬のねむりからさめて

ゆがんだ小枝を一杯につけている

まさに踊りをはじめようとしている


リズムがそこにきこえる

くらくて ペンがどこを走っているか

わからない

線と線が交錯して それも

互いにリズムを おりなしてゆくのだろう


神話の笛をおわねばならない

消えないうちに


私の頭に展開された劇の

一部分をここに

かこうとしているのである

はたしてこれが 新リグヴェーダの

世界詩になるかどうか

心配である


字にかこうとすると夢はちって

しまいそうだ


一本の笛――それは私が

どこかへ置いて来た

一本の竹の笛であった


それはインドの羊飼の青年たちが

もつ笛なのだ

広い広い平原を……はるか彼方に

地平が或は人一人もいないそこに

大きい岩ばかりの大山が


そのすそを一人の青年が

一本の笛をふいて

羊の群れをおってゆく

あの笛の音――あの笛

羊のむれと大草原


クジャクがふいに

私の坐っている大木の枝から

おり立って

すたすた歩いていった


音がきこえないくらい

そこは広々としていた


村の女は水牛をおっている

水牛がにげる


鶏がバタバタ散る

一本の笛を持って 青年は行く

どこへともなく


こうした働く者が

働いている者たちが

自然につくった曲

つくった楽器

つくった音色

それは最高だ



このアメリカのカーボイの歌

これもいせいのいい働く者たちの

歌だ


インドの……そしてカシミールの

いたるところの田植え歌

……これは皆おなじ歌だった

子供がそれをうたい そのおどりを

おどると

何ともいえない昔にさそいこまれる


それが ぐう然インド中――どの

山おくにいっても

トライバル達が同じ田植え

歌をうたっていた

ヒマラヤの人々も それと同じだった


世界中に これが こんな神話の

笛の音

笛が

いっぱいあるのを感じる


働く者のうただ

きれいな歌だ


それには広い広い場所で

うたわれ

働いているのでなければ

いいものが 生まれない


この闇の朝の静けさのように

何の音一つきこえてこない

こんな

広い広い中に その花は

さくのである


人にしられずに それは

さくのである

神話の境にそれは花ひらく

のである


世界中に散らばっているそんな

笛を

私は あつめたい

まだ見ぬ そんなものが

世界中に一杯

あるであろう そんなものを


素朴で 或は力強いカーボーイの

歌でも

そこにその味がある

働く者のつくった笛


歌 踊りだ

かこうとしている 新リグヴェーダの

下書きの絵が

下絵がここに どうやらかけた

ようだ


長い間 つづけた デッサンが

どんな絵をここに

かきつけることが出来るで

あろうか


静かな闇がきえてきた

家が見えるようになってきた

電灯の光をともさなくて

よかった


あれは人間の神秘をけちら

してしまうから


自然にあかるくなるその

リズムこそ 必要なのだ

昨夜はプールに大きく

丸い月がうつっていたっけ


1981.03.26.
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| 1981年 | 22:33 | TOP↑

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長い波長(前かがみの遠い距離)


長い長い 遠い遠い距離が

あった

長い長い 遠い遠い時間が

あった


それがコンピュータにかけられた

自己のコンピュータに


ゴム風船の上にえがかれた

絵が

ひきのばされるように

形も姿も何もかもが

ひきのばされて


形がかわって

消えてゆく


長い長い 遠い遠い

距離があった

長い 長い 遠い遠い

時間があった


天子も天女も

消えてしまう

前かがみに なったかと

思えば

恍惚がやってくる


1981.03.25.

| 1981年 | 10:47 | TOP↑

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東風が吹くと

東から風が吹くと

笛の音がきこえてくる

それは神の笛だ


高い意識の大空から

それは低く地面をふいて

横に長くたなびく霞の如く

あなたをつつむ


あなたの意識は急に

ねむくなってしまう

そこに見るものは何か

自己自身である


あわいやわらかい わら山に

倒れた時のように

それはあなたを

この世ならぬ国に

さそってしまう


東風が吹くと


1981.03.25.

| 1981年 | 00:13 | TOP↑

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画用紙をもて

画用紙を持て

眼の前にそれをおけ

おこうとしても おけない時は

こう考えよ

画用紙をもたなかったら

天子や天女をおい出して

いるのだと


そして 神話や天子 天女の

ない世界の中に

遊びのない中に

傾きやスペースのない中に

自分はいるのだと思え


そしたら その反動で

画用紙をもたねばならぬと

いうことが

はっきり わかって来て

画用紙を もてるようになる



その画用紙をもっと

大きくしてみよ

世界を入れこむ大きさと

せよ


世界が そのスペースの中に

入ってきて

おどり たわむれ

遊びに やってくるだろう


眼の前につくったその

画用紙を そのように

大きく 大きくひろげるのだ


傾き ホール スペース

半導体 無重力を

思い浮かべよ


あなたは 今幸せになる

今あなたは 幸せであるか

今幸せでなければならない


たわむれ積極性を

忘れてはならない

スペースを持てば

傾きをもてば


あなたは やわらかくなって

たわむれてくる

花と蜜蜂が

たわむれているように


画用紙の中で

たわむれ 遊べ


1981.03.20.

| 1981年 | 10:42 | TOP↑

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今 あなたは幸せですか

今 あなたは幸せですか

今 あなたは幸せですか

私があなたを幸せに

してあげましょう


私は 世界中の人々を

幸せにする者です


今 あなたは幸せですか

今 あなたは幸せですか

幸せは 受け身であっては

決してやって来ません


受け身であると

幸せであっても

それは長つづきは

しません


今 あなたは幸せですか

今 あなたは幸せですか

幸せになる秘訣は

受け身でないこと

あなたの方から

幸せをふりまく者で

なければ なりません


今 あなたは幸せですか

今 あなたは幸せですか

幸せは 後程くるものでは

ありません


まっていても だめです

今 あなたが幸せで

なければなりません


今 あなたは幸せの

かたまりに

なっていますか


今 あなたは幸せのかたまりに

なっていますか


あなたを 私が抱いて

あげましょう

あなたを抱いて ほほに

キスしてあげましょう

私は 幸せをふりまく者

私は幸せの天使そのものです


天子や天女は

とんでいます

決して幸せを まって

いません

受け身の者は 幸せを

にがしてしまいます


今 あなたは幸せでなければ

なりません

「今」が大切です

幸せは 後程くるものでは

ありません

今あなたが幸せを

つかんでいなければ

なりません


それには あなたは

あなたの方から

積極的に

幸せをうりこまねば

なりません


決して 幸せは

待っていたのでは

来ません


今 あなたが

あなたの方から

幸せをうりこんで

幸せをつかまねば

なりません

幸せは 今

あなたが そうするのです


抱きかかえて ほほに

キスするのです


雨の日も 晴天の日も

寒い日も 暖かい日も

あなたは そうするのです

夜でも ひるでも

朝でも 夕方でも

仕事中でも


あなたは そうするのです

世界は花が咲きます


かなしみなど……

いやなことなど

ふっとんでしまいます


人と人が抱き合わず

キスし合わないから

あなたと彼とが

離れているのです


ある時は幸せでも

すぐ又 日がかげるように

消えてしまうのです

それは あなたが

受け身だからです


世界中の人を幸せにする

あなたに

なってください

世界中が花に

みちてきます


ほほえみの世界が……


ストーブをたくと

すぐ暖かくなります

もし あなたに 今幸せが

ないなら

ストーブの火が 消えて

いるのです


待っていたのでは

ストーブの火は つきません

あなた自身のストーブは

あなた自身で管理しなさい


暗い夜の部屋でも

明るいひるの部屋でも

幸せが必要です

あなた自身からそうして

下さい


世界中が花で

みちてくるのは

間近かです

すぐそれをはじめて

ください


今すぐそれを

はじめて ください


1981.03.18.

| 1981年 | 12:35 | TOP↑

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仏陀とコンピューターの記号 (半導体の発見)

わかった わかった 

やっとわかった


今から 一年前

人間の体内のコンピュータの

かける記号を

さがしつづけていた 


そして みつけたものがあった

それは 直線記号でなしに 

曲線のグニャグニャ記号であった


そして そうしたある日 

仏陀の映像が 夢の中にあらわれ

それが 解体しはじめたかと思うと

自転車のハンドルと

ピントの合っていない 一本の棒とに

かわってしまった


しかもそれが 仏陀を形成していた

要素である というのであった


だが その自転車のハンドルと

ピンボケの一本の棒が

なぜ コンピュータにかける記号なのかが 

わからなかった


そしてそれが 一年後に 

わかったのである

それは「半導体」であった 


半導体的な記号を かければ

人間は自動的に 改良される

という事であった


穴のつまったものと 

穴のつまっていないものとの 組合わせだ


しかも仏陀は その穴のつまったものと 

穴のつまっていない

記号のもち主であったという事が

わかったのである


我々は今日まで 仏陀といったら 堅物

まじめ人間だったと

思いこんできたが そうではなく

心に余裕の空白をもった人で

あったということである


堅物はだめだ 

まじめな者はだめだと 私がいいつづけて来たが

ここにそれが 実証された


堅物は 堅物だけの仕事は出来るが 

そうでなく

もっとゆとりのある心 

半導体的な やわらかい曲線的な者

空白のある者こそ 

本当の働きが 出来るのである

という事がわかったのである


半導体 半導体 

自動的に人間が 改良される為の

コンピューターにかける記号 

その記号が みつかったのである


「半導体」「半導体」

半導体が見つかったのである


1981.03.05.

| 1981年 | 22:09 | TOP↑

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コンピュータにかける記号


画用紙をもとう

画用紙をもとう

心の中に


その画用紙が出来ると

天子や天女が 遊びにくる


画用紙をもとう

画用紙を

心の中に


画用紙をもつと

遊びがはじまる

それは 神話だ

神話がそこにはじまる


天子と天女が

はすかいになって

飛んでくる


重力のない者たちが飛ぶ

重力のない人々がとぶ

それが 幾何学だ


彼はそれだ

幾何学だ

重力だ


重力のもとのもとの

重力だ

幾何学のもとのもとの

幾何学


遊びそのもの

神話そのもの

天子そのもの

天女そのものだ


これが「仏」になる為の

コンピュータにかける

記号だ


1981.03.05.

| 1981年 | 15:01 | TOP↑

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仏陀とコンピュータの記号

仏とは半導体のような

ものである

コンピュータにかける

「仏」の記号は

これだ


ピントのあったものと

合っていないものとの

組み合わせである

これからは コンピュータ研究に

いどもう

ここ二日程前からは

「非情」について考えられて

いた


だが これは 後まわしに

する

「非情」とは「法」である


「法」とは 「非情」である

これなくしては 世界は

おさまらないのだ


1981.03.05.

| 1981年 | 10:20 | TOP↑

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求めるな

病気は治ろうと思わなかったら

治るし

長生きは

長生きしようと思わなかったら

長生きする


病気の治ることや

長生きをあきらめたの

ではない


求めを捨てるのである

そこに本物があり

本物にぶつかる

それは永遠だ


1981.03.04.

| 1981年 | 09:25 | TOP↑

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求めなきもの

ここ暫く何だか霊感が

止まっていた様だった

私のいう霊感とは

インスピレーションの事をいう


2月末の会計報告や

仕事の打ち合わせ会議

こんな俗世の事で頭を

つかう事があったり

日本からの手紙にアメリカの

校内暴力がどうのこうのと


霊感にえん遠いニュースが

つたえられて来たり

……それよりもっと私自身に

何かインスピレーションを失わせて

いるものが

あるようだった

このアメリカに来てから


……そしてそれが 今夕の

お祈りの時に

はっと わからせられた


それは 私が日本から

ずっと持ちこしてきた咳が

今だにやまず

寒い雨の日などになると

直っていたと思われていた

咳が又でてくる


それで2月27日から

お線香を12本たいて

お祈りをしていた

……何の因縁なのか

早く治るように――と


そし今夕だ

いくら祈っても何の答え

も得れないので

祈っている自分がたいくつしてきた

それで

日本神道のいのり方から

我々のソサイティの歌を歌う

ことにした

そして「クリシュナを見つけた」の

歌になった時

「求めなきもの それだそこに

クリシュナを見つけた」

と歌った瞬間

はっと気付かされたのである


求めなきもの……それなのに

自分は今

求めているではないか

咳の因縁がわかるようにとか

咳が治りますようにとか


求めているではないか

お前は何たるチグハグな

事をしているのか

求めてないといいながら

求めている


求めをやめよう……と私は

いま思った


求めをやめた

その瞬間

一つのインスピレーションに

包まれ

ふるえ上った


本物の中に

本物にふれた


「本物」「本物」

本物というものが あるのだ


その本物にふれず

本物から遠いところで

うろついている意識


それはにせ物の生活であり

にせ物の意識であり

にせ物の知識である


本物――本物――本物に

ふれた

ふるえ上がって やまなかった


本物から遠くはなれると

インスピレーションが湧かない

インスピレーションは

本物にふれた時

本物と一緒にいる時

本物にとどまっている時

ふるえは ふるえとなって

全宇宙を包み

それと合体するのだ


世の中には 様々な

俗事がある

しかし それは俗事だ

俗事とちがうものがあるのだ


俗事は俗事だけの事しか

おきてこない

混乱ときょう楽と

どろんこの手と

どろんこの心だ


インスピレーションの世界

本物の世界

求めなきもの

それだそこに

お前を見つけた


お前は それだ

求めなきもの

我々は……インスピレーションのみで

生きる人間なんだ


1981.03.02.

| 1981年 | 13:38 | TOP↑

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