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1981年04月 | ARCHIVE-SELECT | 1981年06月

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アメリカ人は

アメリカ人は第一段階のジャンプは出来ているが
セックスとお金の問題で悩むだろう
悩むというより 問題を世界に撒き散らそう

彼等はセックスを乗り越える事が出来ないし
お金を乗り越えることが出来ない 難しいのである

彼等にとってはフリーセックスは良いが 
それを乗り越えられるかな
もし乗り越えられたら えらい
彼等は 世界に貢献したといえよう

お金だが アメリカ人は一寸仕事をしても
お金を取るようになっている
アメリカにいるメキシカンに車の修理を一寸頼んだが
彼等は少しぐらいの修理には金を取らなかった
「友達 友達」と言って 彼等は手を振った
アメリカの白人は メキシカンにこんな点で学ばねばならない

人間を金とセックスで埋め尽くしては 人間は泥沼に落ち込む
そこから抜け出れるかな
それを抜け出たら 世界に貢献したといえよう

アメリカが今まで世界にどれだけの事を貢献してきただろうか
そういうアジア人自体も世界にどれだけ貢献して来ただろうか
金と女を諦めよとはインドの聖者の言葉だが
本当に金と女を諦めなければ 本物がつかめない
アジア人もそれをようするかな
もしそれが出来たら世界に貢献したといえよう

第一のジャンプをアメリカ人はもっている
これはすばらしい事だ 世界中でもすばらしい事だ
そのアメリカ人に負うものが多いが
アメリカ人が世界に貢献出来る日はいつだろう

アジアやヨーロッパ人 
その他はそれよりずっと後についてゆく

フリーダム フリーダム
ピュアーなフリーダム
そこから二つのジヤンプが起きよう

経済とセックスからも乗り越えられよう
人類よ
この二つを
もう一つの二つをようするかな

1981.05.28.
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| 1981年 | 12:49 | TOP↑

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本物は本物

本物は本物
本物は本物

本物は一つしかない
本物は一つしかない
本物 本物
本物は一つしかない

本物以外は全てまやかしだ
この世は百パーセントまやかしである
そのまやかしを放った時 本物がある

本物は そこにあって
見つかるというようなものでなく
本物はこの世の全てをまやかしと分かった時
本物がやってくる
本物が姿を現わす

1981.05.28.

| 1981年 | 08:47 | TOP↑

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二つのジャンプ

空洞 空洞 前屈みの空洞
アメリカ人はその空洞をもっている
日本人もそうならねばならない

硬い一本の鉄の棒が立っているように日本人は歩く
意識が硬いのだ
善悪ばかり考え 善悪ばかりに反応する
硬い石のようなものだ

少しも穴があいていない 空洞がないのだ
蓮の花はいいと言われるが 蓮の花のレンコンが良いのだ
レンコンには空洞がある
空洞があってこそ きれいな花を咲かせる事が出来るのだ
仏陀はそう言っているのだ 空洞を持てと

空洞のない者は硬い木切れと同じだ
アジア人は間違った教えによって硬物になった
まじめ人間 硬物は良いと思うが少しも良くないのだ
世の中を汚すばかりだ 善し悪しを振り撒くばかりだ

グニャグニャのアメリカ人のようになれ
どんな事でも軽く柔らかく受け止める
いわゆる余裕の世界だ 半導体だ
半導体はすばらしい働きを起こす
硬いもの聖者を欲する者は良いようでも 
本当は災いばかりを撒き散らしているのである

空洞をもて 空洞となれ
前かかみになって歩け かかとを浮かして歩け
いつも踊っているような状態で歩ける
何もかもを柔らかく軽く 音楽的に受け止められるようになる
そして なおかつ自己を越えてゆくのだ
時間が時間を乗り越えてゆくように

超える事と 空洞を二つ同時に持つのだ
アジアはその乗り越えるという一つしか持たなかった
だから聖者のような感じになったのだ
それは越える事によって他と離れてしまう格好になる
乗り越えるという事は離れているようだが
離れながら それは踊っている

離れて硬物になるのではない
離れてかつ 柔らかく踊りとなるのだ
ラーマクリシュナはそんな人だった
インスピレーションの人とはそんな人だ

アメリカ人の第一段階を 
まずアジア人は取り入れなければならない
それと超越とを結びつけるのだ
積極的にアメリカ人のあの空洞を自分のものにしてしまえ

体質の移殖だ
前屈みのかかとの浮いた歩き方の出来る人間に
そんな体質をつくってしまえ
そして超越を忘れるな

すると 輝きがやってくる
踊りが 宇宙を越えた踊りと輝きがやってくるのだ

ジャンプ ジャンプ
前屈みのジャンプと超越のジャンプ
この二つのジャンプを持て
この二つのジャンプを持て

ジャンプは踊りだ 空洞だ

1981.05.19.

| 1981年 | 22:36 | TOP↑

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輝いて立つ者が踊る

時間が時間を乗り越えてゆく
鹿が金網を飛び越えてゆくように それはジャンプだ
それが空洞だ 空洞 空洞 
半導体 震えだ 
インスピレーションだ 純粋半導体だ

乗り越えてゆく 半導体
踊りだ 震えだ 狂いだ

本物 本物 
本物はその者がその者を飛び越えた時やってくる
時間が時間を乗り越えてゆくように
それ自体を飛び越えた時にやってくる

金色の鹿が走る
宇宙という車を 宇宙という輪を引っ張って それは
金色の鹿は走る それは光速より速い
光速が光速をのりこえた時の速さだ

人間の世界は人間の世界で何やかやと 理屈をつけて
何やかやと言うが それらはすべて人間のいう屁理屈だ
人間は屁理屈を並べ立てて生きてゆくのだ
それらは すべて「うつつ」だ

「うつつ」をぬかす人間どもを その車は足蹴にして進む
インスピレーションに震えながら走る
その車は

1981.05.17.

| 1981年 | 14:14 | TOP↑

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苦しいまでの世界

画用紙 画用紙 
宇宙を突き切った彼方
大きい 大きい画用紙
そこには自分一人しかいない
半導体の大きい画用紙

そこにはピントのぼけたもの 
はっきりしないもの
夢のような狂いだけがあった
その狂いは美の極致だ

「最高」だ 
停止を停止させてしまう停止そのものの狂いだ
硬さも柔らかさもない「それ」だけがある世界だ

画用紙は無限にそれを支え 
そこに近づく人をして無言でそれを開花させ 
誘惑の中へ誘い込んでしまう
人は一旦 この世界に入るやもう帰れない

輪郭のない「物たち」が震えの中にいて
お前をふるえ上がらせ お前を溶かしてしまうからだ

溶けた震え 躍動 それが狂いだ
溶け 揺れ 震え 息を詰まらせる世界だ

1981.05.15.

| 1981年 | 09:53 | TOP↑

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すごいフィルムが出来たよ

すごいフィルムが一巻出来上がった
まだ 次々と継ぎ足されるだろうけれど

仏陀への道の主題歌ともおぼしき
この一本のフィルム

見る者をして息を詰まらせ
苦しくさえさす程である

バラ
バラの花が咲いている
純粋半導体の世界に

山も 木々も 水も 
空気も
清澄そのもの

息をつまらせるこの一本のフィルム
傑作がうまれた

この家に この里に
この故郷は
誰も決して忘れない

仏陀への道

1981.05.14.

| 1981年 | 11:04 | TOP↑

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断念

こんな世界を
どこまでいっても
どこまでいっても
同じことだ

この感覚という世界を
どこまでいっても
同じだ

ここから抜きん出るしかない

この宇宙から殻を破って
つっ立つのだ

こんな宇宙は
しようがない
どこまでいっても

1981.05.11.

| 1981年 | 09:45 | TOP↑

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我々のアシュラム


img052.jpg

Mt.ラッセンが真向かいに見える
Mt.シャスターが真左に見える
樹々にかこまれた山荘 「我々のアシュラム」

ヤギを四頭 犬を二匹 人間が三人
訪れて来る人もなく 訪れてゆく人もなく
畑仕事に毎日が暮れる
星は夜の河 河は流れて物語りせぬ

時間の動きが静かに分かる
やわらかい何かに包まれて 彼等は茶を飲む
これが一日の楽しいひと時である

つっ立つ者がいた 
宇宙にぬきん出てつっ立つ者がいた
あるものは全て 無視されて相手にされない
ただそれがある 世界だ! 世界が!! 
そこに不動の眼をしてつっ立っていた

時間も闇も物もそこには無かった
ただそれだけがあり それだけがある「世界」だ!!

世界がそこにあった
一人しかそこに人がいなかった
過去がややあった事が感じられる 下の方に
そしてそこには 人も物も何もない

多様性も屑のように 一つの風に吹きとばされて
消えてしまった
映像として 残像としてそれらは下の方にあるようだ
宇宙といった名のもとに

ピントの合った本物の世界があった
そしてそこはピントが合っていない世界だ
ピントの合わす相対事物がそこにないのだ

無視された他のピントの合った世界は
どこかへ消されてしまった
うるさいそれらは もううるさいものではなくなった

それらは 無視されていなくなってしまったから
残像と映像 映像と残像が最後に名残をおしんでいる

長い旅の終わりに

1981.05.09.

| 1981年 | 13:18 | TOP↑

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ヤギと人間

だんだん分かって来た
体(からだ)をもって分かって来た
それは人間とはうるさいものだという事だった
それは どうして体をもって分かって来たかというと
ヤギを飼ってからだということが判った

人の中でいると 人を何とかしよう……と思う
人の世を何とかしようとする それを何とか………
それ等を何かの方法で良くしようとする
しかしそれは それ等を知らないからであった

人からヤギにうつった時 ヤギのうるささが身にしみて
感じるようになった
その時 私の体が人間から離れて
離れた所から見れるようになったのだ
そして人間のうるささが分かって来たのだ

――その中にいるとその中のことがわからない
だから その中を何とかしようとして来たのだ
それは その中にいたから それらが何であるかが
分らなかったのだ

ヤギと生活をするようになると 
人間もヤギと余りかわらないことが分かってきた
身をもって 体をもってそれを感じるようになって来たのだ

ちょっと優しくするとつけ上がるし 人をなめるし
人のスキを狙うし 大人しくしているようでも油断ならん
やはり動物だ
人間も動物だと一言でいっても良いくらいのものがある
人間を見下げるのではないが 人間をいやになったのだ

――それはヤギを飼い始めてからなったのではない
8ミリフィルムでひとつの傑作を作ってから
人間が……いや「はっきりしたもの」がいやになって来たのだ
いやになったと言うより余り良くないものだと
分かって来たのだ

雨の中にあるバラ……ピントの合っていない草原のバラ
それは夢だ 神話だ 「世界」だ
本当に「良い」「もの」がそこにあり
「良いもの」がそこに現存していた

人間のはっきりした顔やはっきりしたバラの映像
はっきり太陽にうつし出されたすべての映像の
いかに醜い いやらしいものであるかが分って来たのである
一つの偉大な発見だった それは

ピントの合ったもの 太陽光線 きまりきった形や物
そのつまらぬ世界をそこに見たのである

「良い」「本物」の藝術作品
それが一本の8ミリフィルムから
映し出されて来たのであった

1981.05.09.

| 1981年 | 00:55 | TOP↑

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つきぬけて立つ者

つきぬけて立つ者 つきぬけて立つ者
宇宙を貫いて立つ者 宇宙を貫いて立つ者
何も付いて来れない
人もこの宇宙の一切も付いて来れない
そんなうるさいもの一切が付いて来れない

このつっ立つ者 このつっ立つ者
宇宙の殻を破ってつっ立っている

人は一番うるさいものだった
甘えるし 無茶を言うし 
人を陥れようとするし
人をそそのかすし 悪だくみをするし
美をおっかけるし 愛を求めるし
来ているかと思えば離れるし 
尊敬しているかと思えば不尊になるし 
どうしようもないのが人間だ

文明と混乱との区別がつかず
混乱ばかり作り
ごそごそ地表を這い回り 走り回るし
まるでムカデの喧嘩だ
本当につまらんのが人間だ

1981.05.07.

| 1981年 | 10:38 | TOP↑

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