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1981年05月 | ARCHIVE-SELECT | 1981年07月

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純粋な世界

踊ろう 踊ろう お前は何を考えているのか
お前は感情の世界に住んでいるのだ
視覚的な世界にたってものを見 ものを考えているから
悩むのだ 怒るのだ

あれは あんなものだと思っていればよい
それを自分の知性で決めた定義に従わせようとする
物事を自分の納得のゆくよう 何でもはっきりさせようとする
感情はそこから起きる

あれはあんなものだ あの人はあんな人だとぼんやりとらえよ
はっきりとらえようとするから喧嘩が起きてくるのだ

踊ろう 踊ろう
踊りそのものは はっきりしない世界から現れてくるのである
そこにこそ 純粋なものがあるのだ
純粋……ピュアーははっきりしたものの中にはない
そこには 知性と感情があるだけである

ピントの合っていない一本のバラの花となれ
大きいバラの花となれ
ピンぼけの世界こそ消える世界の入口である

ラーマクリシュナはいつも微笑んでいた いつも踊っていた
仏陀の微笑みもその踊りの一つの型に過ぎない
微笑みが一つの記号であるとするならば
何と気安い事なんだろう

微笑もう そんな賢こぶった顔をしないで
そんなに怒りっぽい顔をしないで
そんなに疑い深い顔をしないで
あなたは記号そのものになって下さい

その世界こそ 我々のゆく崇高で神秘に輝く世界なのだ
純粋でピュアーな世界がそこにあるのだ
超能力や神通力やと あまり変な方向にゆかずに
微笑む事から始めて下さい
それが夫婦の 男と女の 人間のあり方なのである

感覚的な自己から超越せよ 感覚的な人間から超越せよ
一人そこから立って つっ立て
微笑みがやってくる
くだらぬ顔をする自己から くだらぬ顔をする人から離れよ

一人で微笑んでつ立っておれ
ぼおっとした世界はあなたを助けてくれる
神が我々の前にはっきり現れてこないのは
神はぼおっとしたものだからである

あなたもぼおっとしていたら神のようになれる
もしあなたがぼおっとしていたら神を見る事が出来る
神は はっきりさせようとする世界には現れてこない
くだらぬ人間の間には

人とこの宇宙の一切から離れ
一人でつっ立って微笑んでいる人のところに現れる

1981.06.20.
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| 1981年 | 10:51 | TOP↑

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記号の世界


アッハッハッハ 実に笑いが止まらない
この世の人間は 何でもかんでもはっきりしたがるし
はっきりさせたがる
例えば真理とは何か……と 
宗教家は真理とはこれだ……と言った
それはすべて嘘である
人間はこうして何でもはっきりしたものを掴みたいのである

この……はっきりさせたいのは 
この感覚世界の特性である
犬は犬の特性があり 猫は猫の特性があるように
人間は何でもはっきりさせたいという特性をもっている
それは感覚世界の特性だからである

現代の科学の進歩はだんだんそれらから逸れて来ている
真理とはこんなものだとは はっきり言わない
はっきり言わないで記号で表している

微視的世界に入ると 
時間―空間 質量―エネルギー 物質―場といった
特徴のない究極的な統一概念に達する
これ以上 人間の知識では入ってゆけないのである

プラトンはこの視覚の世界は監獄であるといった
この獄舎から逃れる道は 唯一つしかないのだ

それは はきりしたものでなく ぼんやりしたもの
ぼんやりした象徴と 抽象の領域へと深まりゆく道しか
ないのである

それを感覚の世界に住む人間は その特性のとおり
なんでもかんでもはっきりさせようという癖を持っている
この癖の中にいる間 人間は感覚の世界に留まり
何ごともはっきりつかみ得ないで死んでゆくのである
いわゆる迷った魂の人となるのである

はっきりさせようと思うのが 根本的に間違いなのである
そんな視覚的な世界は氷山の一角のような世界である

記号 記号 記号は実在ではない
時間―空間 質量―エネルギーは物と物との関係であり
アインシュタインはその関係を明確にし
それによって起こる現象を述べることに
成功したのである
物の「本質」について触れることは出来ないと言っている

大体 人間がこの宇宙の本質を
はっきりさせようとするのが間違っているのである
科学者はそれを知ったのである

我々が宇宙の基本的な構造を
ありのままの形で掴むためには
この見せかけのの「感覚下の世界」を
乗り越えねばならないのである

アインシュタインは言っている
人間の崇高な目的はこのはっきりさせようという考えを
捨てなければ獲得できないと
それをむつかしい言葉でいうと
「具体的な内容の欠如という代価を払って獲得される」
とアインシュタインは言っているのである

科学者や哲学者のゆきついた真実の世界とは
このように内容を………本質をはっきりさせるという
世界でなしに 
記号を骨組みとした構造の世界である

人間が ほんとうに知りうる世界とは
自分の感覚でつくった世界だけである
もし真理とはこれだと言った人がいたとしても
そんなものはぼんやりした ピントの合っていない一本の
バラの映像の前で
ふっとばされ吹き消されてしまうのである

人類は いまや具体的な内容をはっきりさせようとする
見せかけの世界から
宇宙の基本的構造をありのままの形で掴もうとする世界に
入っているのである

1981.06.20.

| 1981年 | 00:30 | TOP↑

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人から離れよ

裸で立て そして人から離れよ
インスピレーションの中でおれ
それが生命だ 宇宙の生命だ
宇宙を越えたものの命だ
それ以外には何もないのだ
人を離れよ 宇宙を離れよ

インスピレーション これこそ「本物」だ
すべてと離れ すべてを放った時
そこにインスピレーションが現われる
「本物」から逸れるな 逸れると俗世に落ち込む

一人の世界があるのだ 踊りが始まる
踊りが始まる 一人で踊れる世界があるのだ

他の者を気にするな
人と人との間で何か良いものが
起きるのだと思ってはならない
他の人には関わるな
人が入ってくると間違ってくる

グループというものがない
複数というものがない 他というものがない
他の者 他の事物というものはない
それが見えている間はだめだ

それに関わり それ等との間で何とか成そうとするな
グループや複数は結構
しかし自分は一人でなければならない

一人になると グループや複数の中でいることこそ
結構である
一人でなければグループは保てない
一人こそインスピレーションの世界だ

つっ立て つっ立つのだ 
一人で他に何も関係するな
他との間で何か良いことが起きるだろうとか
起こそうとするな

この世は相対的に引き合うのではない
そのもの自体が一人でもつ「場」が宇宙の中で
時空連続体の中を泳ぎ回るのだ

一人でもつ「場」はインスピレーションの場だ
これが重力場だ 
幾何学の場だ 踊りだ

踊りは幾何学であり 重力であり インスピレーションである
各自それは それ一つしかないのだ
関わり合いの中で何かが 
何とか起きようとするのではないのだ

一人の本物の位置に立て

1981.06.09.

| 1981年 | 11:48 | TOP↑

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