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純粋な世界

おどろう おどろう

お前は何を考えているのか

お前は感情の世界に

住んでいるのだ


視覚的な世界にたって

ものを見 ものを考えて

いるから

なやむのだ

おこるのだ


あれは あんなものだと

思っていればよい

それを自分の知性で

きめた

定義にしたがわせようとする


物事を自分のなっとくのゆく

よう

何でもはっきりさせようとする


感情はそこからおきる


あれはあんなものだ

あの人は あんな人だと

ぼんやりとらえよ


はっきりとらえようとするから

けんかが起きてくるのだ


おどろう おどろう


おどりそのものは

はっきりしない世界から

あらわれてくるのである

そこにこそ 純粋なものが

あるのだ


純粋……ピュアーは

はっきりしたものの中には

ない


そこには 知性と感情が

あるだけである


ピントの合っていない

一本のバラの花となれ

大きいバラの花となれ

ピンぼけの世界こそ

消える世界の入口である


ラーマクリシュナは

いつもほほえんでいた

いつも踊っていた


仏陀のほほえみも

そのおどりの一つの

かたにすぎない


ほほえみが一つの記号で

あるとするならば

何と気安い事なん

だろう


ほほえもう

そんな賢こぶった 顔を

しないで

そんなにおこりっぽい顔を

しないで

そんなにうたがい深い顔を

しないで


あなたは記号そのものに

なって下さい


その世界こそ 我々のゆく

崇高で神秘に輝く

世界なのだ


純粋でピュアーな世界が

そこにあるのだ


超能力や神通力やと

あまりへんな方向にゆかずに

ほほえむ事から

はじめて下さい


それが夫婦の

男と女の

人間の

あり方なのである


感覚的な自己から超越せよ

感覚的な人間から超越せよ


一人そこから立って

つっ立て


ほほえみがやってくる


くだらぬ顔をする自己から

くだらぬ顔をする人から

離れよ


一人でほほえんで

つ立っておれ

ぼおっとした世界は

あなたを助けてくれる


神が我々の前にはっきり

あらわれてこないのは

神はぼおっとしたものだ

からである


あなたもぼおっとしていたら

神のようになれる

もしあなたがぼおっと

していたら

神を見る事が出来る


神は はっきりさせようと

する世界には

あらわれてこない

くだらぬ人間の間には


人とこの宇宙の一切から

離れ

一人でつっ立って

ほほえんでいる人のところに

あらわれる

1981.06.20.
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| 1981年 | 10:51 | TOP↑

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記号の世界


アッハッハッハ

実に笑いがとまらない

この世の人間は 何でも

かんでも

はっきりしたがるし

はっきりさせたがる


例えば 真理とは何か……と


宗教家は 真理とはこれだ

……と言った

それは すべてうそである


人間は こうして何でも

はっきりしたものを

つかみたいのである


この……はっきりさせたいのは

この感覚世界の特性である


犬は犬の特性があり

猫は猫の特性があるように

人間は何でもはっきり

させたいという

特性をもっている


それは感覚世界の特性だから

である


現代の科学の進歩は

だんだんそれらから

それて来ている


真理とは こんなものだ

とは はっきり 言わない

はっきり言わないで

記号であらわしている


微視的世界に入ると

時間―空間 質量―エネルギー

物質―場といった

特徴のない究極的な

統一概念に達する


これ以上 人間の知識では

入ってゆけないのである


プラトンはこの視覚の世界は

監獄であるといった

この獄舎からのがれる道は

唯一つしかないのだ


それは はきりしたもので

なく

ぼんやりしたもの

ぼんやりした象徴と

抽象の領域へと

深まりゆく道しか

ないのである


それを感覚の世界に住む

人間は

その特性のとおり

なんでもかんでも はっきり

させようというくせを

持っている


このくせの中にいる間

人間は感覚の世界にとどまり

何ごともはっきりつかみ

得ないで

死んでゆくのである


いわゆる まよった魂の人と

なるのである


はっきりさせようと思うのが

根本的に

まちがいなのである


そんな視覚的な世界は

氷山の一角のような

世界である


記号 記号

記号は 実在ではない

時間―空間 質量―エネルギーは

物と物との関係であり

アインシュタインはその関係を

明確にし

それによっておこる現象を

のべることに

成功したのである


物の「本質」について

ふれることは出来ない

といっている


大体 人間が この宇宙の

本質を

はっきりさせようとするのが

まちがっているのである

科学者は それを知ったので

ある


我々が宇宙の

基本的な構造を

ありのままの形でつかむ

ためには

この見せかけのの「感覚下の世界」

をのりこえねばならないのである


アインシュタインは言っている

人間の崇高な目的は


このはっきりさせようという

考えを

すてなければ

獲得できないと


それをむつかしい言葉で

いうと

「具体的な内容の欠如

という代価を払って

獲得される」

とアインシュタインは言っている

のである


科学者や哲学者のゆきついた

真実の世界とは

このように内容を………本質を

はっきりさせるという世界で

なしに


記号を骨組みとした

構造の世界である


人間が ほんとうに知りうる

世界とは

自分の感覚でつくった世界

だけである


もし真理とはこれだと

言った人がいたとしても

そんなものは

ぼんやりした ピントの合って

いない

一本のバラの映像の前で

ふっとばされ

ふき消されてしまうのである


人類は いまや

具体的な内容を

はっきりさせようとする

見せかけの世界から

宇宙の基本的構造を

ありのままの形で

つかもうとする世界に

入っているのである


1981.06.20.

| 1981年 | 00:30 | TOP↑

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人から離れよ

裸で立て

そして人から離れよ

インスピレーションの中でおれ


それが生命だ

宇宙の生命だ

宇宙をこえたものの

いのちだ


それ以外には

何もないのだ

人を離れよ

宇宙を離れよ


インスピレーション

これこそ 「本物」だ

すべてと はなれ

すべてを ほった時

そこに インスピレーションが

あらわれる


「本物」からそれるな

それると 俗世におちこむ


一人の世界があるのだ

おどりがはじまる

おどりがはじまる

一人でおどれる世界が

あるのだ


他の者を気にするな


人と人との間で

何かよいものが起きるのだと

思ってはならない


他の人にはかかわるな

人が入ってくると

まちがってくる


グループというものがない

複数というものがない

他というものがない


他の者

他の事物

というものはない

それが見えている間は

だめだ


それにかかわり

それ等との間で

何とかなそうとするな


グループや複数は けっこう

しかし 自分は一人でなければ

ならない


一人になると

グループや複数の中で

いることこそ

けっこうである


一人でなければ

グループは保てない

一人こそ インスピレーションの

世界だ


つっ立て

つっ立つのだ

一人で

他に何も関係するな


他との間で

何かよいことがおきるだろうとか

おこそうとするな


この世は相対的に

引き合うのではない


そのもの自体が一人でもつ

「場」が

宇宙の中で

時空連続体の中を

およぎまわるのだ


一人でもつ「場」は

インスピレーションの場だ

これが 重力場だ

幾何学の場だ

おどりだ


おどりは幾何学であり

重力であり

インスピレーションである


各自それは それ一つしか

ないのだ


かかわり合いの中で

何かが 何とか

おきようと するのでは

ないのだ


一人の本物の位置に

立て


1981.06.09.

| 1981年 | 11:48 | TOP↑

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