1982年06月 | ARCHIVE-SELECT | 1982年08月

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

礼拝が透明という幾何学の中から現われた

透明 透明

透明は礼拝である

透明は礼拝である


ゆだねるは透明であり

ゆだねるは礼拝である


この礼拝は今日までの

宗教的礼拝ではない

それらは相対的な中に

おける

礼拝である


私の詩の中に 時々

「礼拝」なる語があらわれたが

それが宗教的礼拝とはっきり

区別されるまで

数年かかった


あらわれては 用いられず

あらわれては 用いられずに

すんだ


それがはっきり姿をあらわしてきた

のである

物理学や幾何学の中に

その顔を出してきたのである


「今」という幾何学に自己を

ゆだねたとき

「透明」と「ゆだねる」という

ものの中から


一つの大きいほほえみとして

「礼拝」なるものが

姿をあらわしたのである


神が尊いから拝むとか

人間の本性が神性だから

拝むとか

そんな相対的なものでなく


相対などをよせつけない

絶対なる ほほえみが

絶対なる 礼拝が

絶対なる 透明が

幾何学の中にぽっかり

顔を出してきたのである


そのそれは 人間と人間社会に

大きな影響を与える


今日まで人々は

相対的な中に生きて

相対的な善悪よあしの

中から

善きものたらんとし

また 善きものを他に

要求してきた


しかし 相対的な善し悪しの

中に生きて

いくら

そこから善きものを

要求しても


そこから 出てくるよきものは

長つづきせず

すぐあしきものが

あらわれてくる


人々はそういう相対世界に

ふりまわされているのである


そうでなく 自己が絶対の

中に

いなければならない


それには 過去 現在 未来の

今でなく

永遠にして常なる

「今」に

幾何学としてある「今」に

意識をとどめ

更にその「今」がとぶもので

あることを知り


その「今」なってとぼうと

するのでなく

そのとんでいる「今」に

ゆだねるのである


ゆだねる時 それは

「それ」となり

それは 絶対の世界に

とどまる


透明なる幾何学の世界

礼拝とほほえみの中に

とどまるのである


そうなるためには まず星を

見よ

光速を 頭の中に流しこみ

更に 歌をうたって

意識波動をととのえよ


透明なる者が自己の前

にあらわれ

見えてくる

それに定着する時

「今」なるものがわかってくる


その二つのものは 一つのもので

あり

幾何学的なものである


そしてそのとぶ「今」にゆだね

「ゆだね」と「透明」の中から

「礼拝」が

わかってくる


人間関係も 生産も労働も

経済までが

それによって 整ってくる

ことが それから

わかってくる


「ゆだねる」ことの偉大さが

改めて

はっきり

わかってくる


社会はこれによって

よみがえってくるで

あろう

ほほえみにみちた社会に

強力で強力で 強力な

ほほえみにみちた社会に


1982.07.26.
スポンサーサイト

| 1982年 | 23:05 | TOP↑

≫ EDIT

礼拝は反転してくる

反転 反転

反転は最後までゆかないと

やってこない


反転は一番底まで

ゆかないと

やってこない


その底とは

その底とは

人間にとって「ゆだねる」と

いうことである


そのすべての可能性を

放った所からでないと

真実な響きがやって来ない

のである


その真実な響きとは

「礼拝」である


その礼拝とは

すべてを 礼拝できるという

そんな礼拝でなく

礼拝そのものになった

という「礼拝」である


そして それがおきるのは

この底までいった時である

自己をゆだねた時である

それこそ  反転が成立する

時である


「ゆだねる」こと

そこからこそ

本当の本物のものが

やってくる


反転のくるのは

この時である


1982.07.25.

| 1982年 | 16:46 | TOP↑

≫ EDIT

クチナシの花


花が咲いて

花が咲いて

御神殿の 壇の上に

いけられ 供えられている


クチナシの花

白く かおり高く

それは ある


壇はふかれて

ほこり一つない


透明な感じがする

祈りの一時


「今」にゆだねて

今日一日が おわった


ほほえみに 包まれて

一日がおわった


1982.07.20.

| 1982年 | 21:13 | TOP↑

≫ EDIT

ゆだねる者の 真実なる響


真実な響きの波にのって

舟はすすむ


その真実なる響きは

「今」なるもの


とぶものによって

この宇宙は うごくなり


自分も そのとぶもの

今なる舟に

身をゆだねよう


それはとぶ

それはとぶ


ゆだねるものは

それとなる


とぶものと

ゆだねるものとの

真実なる調べが

またしても とぶ


自己は自己の中に

身をゆだねて とぶ


実るものと

なるものと

それ自体は


ここで一つの調べを

かなでる


透明なるもの

その調べは


その調べは

それこそ 真実なる響


そこには 自己の

ほこりも

可能性も

けいかいも

すべてがない


他もなく 自分もなく

それはとぶ


おお おお お前よ

お前自身よ!!


1982.07.20.

| 1982年 | 16:09 | TOP↑

≫ EDIT

とぶ自分 今がとんでいる

はじめに 

お祈りの歌をうたっているとき

透明なる一枚の布という

波動の世界に入った


そして「透明」を 「今」つかんで

いなければ

透明もないのだ


……すると 今が大切なものと

なってきた


今 今 今

その 透明をつかんでいること


すると 今と透明は一つのもの

であることが

わかってきた


そして

その次に

透明が 幾何学であることが

わかるや

ただちに「今」も幾何学で

あることが

わかった


だが この「今」が永遠なる

本物の自分の

いのちであることが

わかったところで

ゆきづまってしまった


………はじめの感動が

みのって来なくなった


そして数日はたった


私は一人夜に

お祈りの歌をうたって

その解答 解決に

いどんだ


すると すばらしい声で歌えて

その「今」なるものが

とんでいるものであることが

わかって来た


そうだ とんでいるのだ

透明も 今も とんでいるのだ


時間 空間のない所を

とんでいるのだ


これは すばらしい

幾何学の世界のすばらしさよ


今が 今が 

とんでいるのだ


自己なるもの

宇宙の本性が

とんでいるのだ

空間もない所を

とんでいるのだ


1982.07.18.

| 1982年 | 13:18 | TOP↑

≫ EDIT

今がとんでいる

とんでいる

とんでいる

今がとんでいる


とんでいる

とんでいる

今がとんでいる


この宇宙も とんでいる


どこへ とぶのか

それ程 宇宙の外なる

宇宙は

大きいのだ


大きさのない

大きいものが

あるのだ


それは 幾何学だ

今がとぶ

今がとぶ


固定された

今ではない


今がとんでいるのだ

透明もとんでいる


とんでいる

とんでいる

今がとんでいる


1982.07.16.

| 1982年 | 09:52 | TOP↑

≫ EDIT

ほほえみなる夢がとぶ

透明な夢の社会が

つくれそうになって来た

実現可能なプランが

見えてきた


とべ

スプレーの時の

細かい粒が

風に吹かれて

どこまでも

とぶように


汝のほほえみが

どこまでも とぶぞ


強力で 軽く

しかも 細かい粒

ほほえみは とぶ


透明と 今はここに

げんぜんとしてある

幾何学として


しかも この「今」には

過去も未来もむろんない

事物設定のための今では

ない


現代人のとなえている今は

過去と未来のある今である

それは本当はないものである

かりにこしらえた今である


今 だれが 何をしたとか

今 誰が居ないとか

今 花が咲き出したとか

事物のなりゆきを設定する

ために

つかわれている今である


それは かりにつくったもので

あるから

小説家の台本のようなもの

である


しかるに人は

このかりに用いている今と

未来と過去の中で

生きている


そして それ以外に「今」の

あることを

知らなかった


この「今」は事物設定に

なんの関係もなく

あるのである

時間と空間をも超えて

あるのである


この時空に関係のない

「今」こそ

五次元の世界かも知れない


この永遠で常なる「今」

そこから ほほえにが

生まれ出てくる


ほほえみよ とべ

細く 強力で 軽い

ほほえみよ

五次元の世界の中で

とべ

とぶのだ


1982.07.11.

| 1982年 | 22:18 | TOP↑

≫ EDIT

本当の いのちとは

『 人間のいのちは

  ただの 生命であった

  「今」が本当の

  いのちかもしれない 』


1982.07.08.

| 1982年 | 22:11 | TOP↑

≫ EDIT

今がおどる

今がおどる

今がおどる

今がおどる


これが 今までに

一番大きい

おどり だった


これが 今までに

一番すばらしい

舞だった


「今」自身がおどるのだ


この時

「今」が透明をもっている事が

わかった


今と 透明と 同じ所に

位置していた事が

わかった


大浪は 小浪をのみこむ


今をもつ者

大浪


透明の 大浪

おどりの大浪


今が おどる

今が おどる


大浪が おどる

おどりの 大浪


1982.07.07.

| 1982年 | 20:42 | TOP↑

≫ EDIT

透明は幾何学であった


透明は 幾何学である


透明は幾何学である

これを はじめて知った


透明は幾何学である

そして 

わかって来たことは

「今」も幾何学である

ことが

わかって来た


透明は幾何学である

「今」も幾何学である


1982.07.07.

| 1982年 | 11:32 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT