1982年10月 | ARCHIVE-SELECT | 1982年12月

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大浪

静かな大浪が

大音をたててやってくる

自信のかたまりの大浪が


ゆだねの ゆだねの

大浪が

やってくる


大浪 大浪 大浪

すごい迫力をもって

それは やってくる


大音 大音 

自信の大音

ゆだねの大音

大浪はとびつづける


1982.11.24.
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| 1982年 | 23:38 | TOP↑

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ゆだねは幾何学である

ゆだねは

幾何学である

ゆだねは

幾何学である


ワシがとぶ

その一本の

翼の線の中にも

幾何学がある


幾何学が

我々の古里である


そこでは ふるえがくる

ゆだねも 礼拝も

幾何学である
 

1982.11.22.

| 1982年 | 23:25 | TOP↑

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ワシになれた

ワシになれた

ワシになれた

ワシになる方法が

わかった


線だ

あの翼の線だ

あの翼の線が歌う

翼の線が歌う


かたい直線ではない

やわらかい線だ

しかもそこには

宇宙がかくされている


一切がそこに

ととのえられているという



それが ワシの翼の線だ


アインンシュタインをみよ

彼の顔には

その線がある


ほほえんで

しかも誰も

その顔の中には

ない


ないが 一切が

そこに

ふくまれている


ワシ ワシ

ワシがもつ 一つの線


1982.11.21.

| 1982年 | 23:22 | TOP↑

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ゆだねは

ゆだねは自己に

与えられた

最高の特権である


ゆだねれば どんな事でも

無理のない 願いなら

かなえられる

心配などする必要が

なくなる


「ゆだねる」とは

ブラフマンにゆだねるの

である

またそれは自己の本性

宇宙の本性に

ゆだねる事でもある


自分を自分にゆだねる

事ほど

簡単な事はない

だけど それを人は

わすれているのである


一番身近かにあり

ながら

自己を忘れて

神にすがりにゆく


神にゆだねる事も

よいが

神にゆだねる事によって

自己を

忘れている


神も 自己も

絶対なるブラフマンも

同じである


ブラフマンばかりに

ゆだねても だめだ


ブラフマンにゆだねて

いる事は

自己の本性にゆだねて

いる事であるという事を

知らねばならない


自己を忘れて

人間は他にすがる


これは一番いけない事である

神もブラフマンも自己も

その本性においては

一つであり

同じものである


だから神やブラフマンに

「ゆだね」ている事は

自己にゆだねている事で

あるという

認識を

しっかり 持たねば

ならない


自己が自己の本性を

信用できずにおる事は

自己の本性に対して

失礼である


自己がもっている特権を

活かせ

最も気高い 特権を


ほほえみが

ほほえみが

その自信のある

ゆだねから

わいてくる


1982.11.20.

| 1982年 | 00:36 | TOP↑

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ワシの翼の線が歌う

線が歌う

線が歌う

ワシのかっそうの

翼の線


その線が歌う

曲線が ここにある

やわらかさも ここにある

透明もここにある


ワシのかっそうの

翼の線

自信のあるその線が

歌う


自信とは

自己を信じる事である

その自信が

最良の線をつくる


線 線

線が歌うのだ

線が歌うのだ

宇宙をはばたく

線が歌うのだ


ほほえみが

ほほえみが そこに

やってくる


安定した

平安なるほほえみが


ゆだね ゆだね

ワシはゆだねの中に

とんでいる

ゆだねは 最良の

線をつくる


1982.11.20.

| 1982年 | 00:16 | TOP↑

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本当の宇宙人

平面に 人がはいったり

三つの形の宇宙に

入ったリする小説が かけそうだ


今のSF小説は

もう あきあきするものばかりである

もう一つ 破てないものがある


スーパーマンも つまらぬ小説の

世界で うろついている


もっと 本当の宇宙人を

小説に できそうだ

ヒントが うかんだ


1982.11.16. 

| 1982年 | 23:27 | TOP↑

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とぶものは透明

白鳥の翼の上下運動

ワシのかっそう

白いむな毛をもつワシ


白い白鳥の

翼の上下運動

白く 白く 

それらはとぶ


透明の平面と

透明の運動

透明な白


とぶものは透明

とぶものは線となって

粒となって

回転しつつ

光より速く

それらは とんでいる


1982.11.16.

| 1982年 | 21:57 | TOP↑

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ダリヤの花が

うれしい うれしい

とっても うれしい


ダリヤの花が 御神前に

一杯 飾られて生けられている


花びん いっぱいに

まっかな ダリヤが

これは ある老夫婦が

くれたものであった


畑に咲いてあった

ダリヤの花全部を

我々に与えたのだった


畑に咲いてある見事な花を

すべて与えるという

その心根がうれしい 

とても明るい

うれしくてたまらない


その老人は 八十三才とか

近くに来たら 寄ってくれと

言っていたとか


その老夫婦の心 

それは この花のように

「みんな」だ


「みんな」自分のものを 

なげ出せる人は 少ないし

すばらしい 

それは神だ


神とは 「みんな」を

なげ出せる者のことであろう


1982.11.15.

| 1982年 | 13:31 | TOP↑

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ヴェーダーンタ拳法の三段階

第一は 意識のあとを

手又は足が追って動作をする


第二は 宇宙を意識の前におき

手又は足が宇宙的動作をする


第三は これは今までの

拳法や 舞踊が

まだつかみ得ていなかったもので

宇宙の根底にある

幾何学なるもの

消えてある透明な

構図の中を

手(又は足)が

追って 動作をする


1982.11.09.

| 1982年 | 13:28 | TOP↑

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ヴェーダーンタ拳法

透明の中に 人々よ

のみこまれよ

透明の中に 人々よ

のみこまれよ


ヴェーダーンタ拳法は

舞踊である

人を倒すためのものではない

太極拳もそうである


人々を宇宙の透明の

中に

いざなうものである

いわゆる自己実現の

法である


科学も 哲学も 宗教も

拳法も

すべてこの舞踊に

いたらねばならない


1982.11.06.

| 1982年 | 13:24 | TOP↑

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