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1983年02月 | ARCHIVE-SELECT | 1983年04月

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原子の力

一つの原子は

宇宙大の質量をもっている

一つの原子は

宇宙大の質量をもっている


一つの原子は

宇宙大の価値をもっている

一つの原子は

宇宙大の価値をもっている


一人の人間の質量は

宇宙大の質量をもっている

一人の人間の質量は

宇宙大の質量をもっている


一人の人間の存在は

宇宙大の価値をもっている

一人の人間の存在は

宇宙大の価値をもっている

一人の人間の存在は

宇宙大の価値をもっている

一人の人間の存在は

宇宙大の価値をもっている


その存在の価値の「場」に

おいて

すべての多様性は

消える


あの人と 私

私と あの人

あの人と この人という

区別は消える


すべては価値の「場」に

おいて

抱き合える


人がもつ所有欲が

消える

誰の存在であろうと

何の存在であろうと

すべて 宇宙大の

価値をもっている


すべては そこでは

抱き合え

すべては そこでは

尊敬し合え

歌い たたえ合える


そこでは にくしみも

かなしみも 消える


自己の価値は

宇宙大に 大きいのだから


あの人の価値も

この人の価値も

すべて

宇宙大の価値を

もっているのだ


一つの原子の「価」は

宇宙大の「価」を

もっているのだ


幾何学の羽音が

ここに聞える

光が斜めに走ると

宇宙が起きた


斜めに走るその角度は

一つの原子の「価」を

意味している


すべてが

すべての人々が

光が斜めに走る 幾何学だ


質量だ 重力だ 曲った

空間だ

物質だ 運動だ

一つの物質には

それだけの価値があるのだ


宇宙空間にとびかう

光の子らよ

時間の子らよ

栄光につつまれた子らよ

「存在」そのもの


1983.03.28.
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| 1983年 | 13:54 | TOP↑

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礼拝……〈あらわれ〉なる世界

そこは 幾何学の世界

透明な世界

消えてある世界


しかして

それは礼拝なる

この世ならぬ神秘の世界

神話の世界


とぶ とぶ

透明なる礼拝の一線が


ゆだねと 自信とをもって

右に展開 左に根源

前に展開 後に根源

その中間帯のゆれた世界


チャプチャプと 水音をたてて

小馬が浅瀬を わたるように

霊威は白く光って

角度の世界へ消えてゆく


ワシの翼は 生きた一線

この世とちがう むこうの世界

A点が それをキャッチして

ふるえ上る


礼拝 礼拝 透明 透明

歌う世界は 展開の羽衣


1983.03.22.

| 1983年 | 22:29 | TOP↑

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あらわれの位置

なぜ人間に

手と足と眼とが 出来た

のだろう


なぜ人間に

手と足と眼とが 出来た

のだろうか


人間には もともと

そんなものが

なかったのではないか

そんなものは

感覚世界の情報をあつめ

頭脳におくる

頭脳の細胞は

そんな情報をあつめて

判断する


頭脳はそれだけの

働きしかもっていないのだろうか


手と足と眼と耳などは

それだけの働きしかもっていない

のだろうか


もし それだけの働きに

とどまるのなら

大分に低級な品物

である


むろんそれらは

よい事もするだろうが

よくない事もする

それは相対的である

相対的ないい

それらが ないものだろうか


しかし それらがあるからには

それらを詮議しても

仕方がない

だから それらがよいように

使われねばならない

それにはどうするか


それには 根源からあらわれて

こなければならない

下から上にあがろうとするの

では

下級な感覚的世界の

情報ばかりあつめてくる

習慣のついたそのものにとっては

無理なことである


それ故に 上から即ち

宇宙の根源からやってくる

のである


下から根源まで

あがろうとするのでなしに

上からのものを

その手と足と眼と耳等に

流さなければならない


それには 根源から一段さがった

あらわれによって それらが

動かされねばならない

のである

その「あらわれ」とは何か


そのあらわれたもの

それは「礼拝」である

根源はピュアーというもの

であり

それでは展開している

この感覚世界には 直接に

関係がない


そこには 根源にも

展開にも 関係のある

中間帯のもの 即ち

「あらわれ」が

ある


そのあらわれとは

「礼拝」である

その「礼拝」に それ等が

うごかされると

人間の手足や耳や眼は

はじめて

まともな働きをしだすのである


そこでいう「礼拝」は 下にいて

上を

礼拝するというような

感覚世界における

産物でない

それは根源からやって来た

生のものそのものである


「ピュアー」という根源なる

ものが

一段さがってあらわれとなると

「礼拝」という

ものになる

そこは 天と地を

つなぐものである


しかし この「あらわれ」は

この「礼拝」は

感覚世界に属したり

或いはこの世界にあるのでは

ない


天と地をつなぐもので

ありながら

あちらの世界にある

あちらの世界に

「あらわれ」と「根源」

とがある


「あらわれ」の世界は

「根源」が動きの世界に

移りかけた所のもので

あり

幾何学の神秘の中に

つつまれている


それが 回転軸の中から

そこを通って

あらわれてくるのである


こうしてあらわれたものが

「あらわれ」ではなく

「あらわれ」は

この世にあらわれる以前の

ものである


「礼拝」はこの世の

時空の彼方にある


その それとなれ

その それとなれ


それは ピュアーの

香りをもって

ピュアーの香りを

ただよわせている


1983.03.17.

| 1983年 | 16:23 | TOP↑

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