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1983年05月 | ARCHIVE-SELECT | 1983年07月

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心のないものがとぶ

私は人間ではない 

私は物質である


私は人間ではない

私は物質である


物質 物質 

物質には 心がない


心のないものがとぶ

外宇宙

外宇宙をとぶ


心は精神は

切りはなたれて

透明なるバイブレーション

がとぶ


とぶもの

この 物質なるものが

外なる宇宙をとぶ


時空をもこえたもの

根源の世界は

波打つ


今なる透明の

翼は はばたく


心や精神をもたず

その者は 

外なる宇宙をとびまわる


物質 物質

物質はとびまわる

ピュアーなる物質が


1983.06.30. 
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| 1983年 | 23:17 | TOP↑

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勤務から勤務へ

人は勤務から勤務へ移る

死ぬ時も

勤務から勤務へ

どんな勤務がまっているのか

わからないけれど

次の勤務がまっているのだ


会社員でも定年が来ると

次の勤務に移るのだ

定年で淋しいとか

死がいやだとかそんな事はない

次の勤務がまっているのだ


栄転であろうと させんであろうと

何であろうと どうでもよい

……たとえ 会社を首になったと

しても

勤務から勤務へ移るだけの

ことだ


それがたとえ子守であったとしても

立派な勤務なのだ


アメリカ勤務であろうと

日本勤務であろうと

それをしっかりやるだけの

事だ

ほほえみが やってくる


1983.06.24.

| 1983年 | 09:47 | TOP↑

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蜂鳥

蜜ばかり吸う鳥がいる 

それは異質の鳥だ

口ばしが長くて 

蜜ばかり吸うのだ


それと同じく 

空間を食う者がいた

空間を食うのだ 

パクパクと 

空間を食うのだ


普通の人間は 

知識や考えを食って 

生きているが

その者は空間を食って 

生きているのだ


空間がその者の故郷というか 

母胎なのだ


人間は考える意識の中に 

いつも生きている

それを 自己の宇宙としている 

自己の母胎としている


しかしそれは 

悩みを製造するだけである


人ははじめ 

ピュアーという空間の中に

生きる 生き物であった


ところがその空間をわすれて

言葉や言語や

次元の中で生きてしまった



眼は彼等のすべてとなってしまい 

眼でとらえた世界の中で

生きるようになってしまった

そして ピュアーなる空間を

わすれたのである


眼で生きていると 

次元があり

感覚と思考ばかりの中で

生きるようになる


宇宙は立体的にしか 

見えなくなってしまい

男や女やという 

相対的な感覚の中ばかりで

生きてしまう


人は男 女 時間 中性子 

運動というものを

すべて記号として扱えるようになると

この感覚世界は消えて 

真実なる透明の世界が見えてくる


そこは ぼやけたもの 

次元のない「踊り」そのもの

「舞い」そのもの 

「遊び」そのもの 

神話そのものの世界だ


その「踊り」そのもの 

「遊び」そのもの 

神話そのものが

我々の本質でもあり 

我々の住所でもあり

母胎でもあり 

我々の食いものでもある


幾何学はとぶ 幾何学はとぶ 

永遠の生命の中を


翼の一線はとぶ 

自己にゆだねて 

バイブレーションの

ふるいのみがある 


平安な世界が 

そこに展開している

人は考える世界から 

透明な空間を食う世界に

入らねばならない


体が左右にゆれ 

手が空にのびて 

踊りはじめる 舞いはじめる


本物 本物 本物がそこにある

ふるいがくる ふるいがくる 

本物のふるい


1983.06.06.

| 1983年 | 23:52 | TOP↑

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