1983年11月 | ARCHIVE-SELECT | 1984年01月

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ほほえみの原形がわかった

今朝のお祈りの時

はじめて「ほほえみ」なるものが

わかった


「ほほえみ」は笑いである

「ほほえみ」というものはなくて

笑いが余りにも

広い空間と 永い時間の中で

ぼやけたために

「ほほえみ」にしか見えなく

なってしまったのだ


人間の笑いや ほほえみは

あるが

宇宙の笑いや ほほえみを

人は夢みない


子供のような笑いや

ほほえみを 人は夢みても

それは人間的だ


人間は人間の考える 人間的な

笑いやほほえみでなく

もっと宇宙的な笑いや ほほえみを

求めねばならない


宇宙的な笑いは「ほほえみ」に

しか

感じられない


スリーラーマクリシュナのほほえみは

笑いなのである

あれが ほほえみにしか見えないのは

余りにもその笑いが

広い広い空間と時間の中で

笑っているから

人間にはほほえみとしか

感じられないのである


あれは 笑いが大きくひきのば

されたものである


本当のほほえみとは

笑いそのものである

その笑いも 宇宙的な笑いで

なければならない


風船にかいた絵が

ふくらまされると ぼやけて

のびきると絵となるように

時空の中で 笑ったそれは

ほほえみとなるのである


一者のほほえみとは

実は一者の笑い そのものだった

のだ

底抜けの笑いだ

それが分かって来た


宇宙は 笑っている

宇宙は 大爆発している

波と幾何学が混じり合って

大爆発をしているのだ


その爆発は笑いだ

そこぬけの大爆発だ

それが一者のほほえみなのだ


ほほえもう 人よ

それもたんなるほほえみでなく

宇宙の笑い

大きい 大きい  広い 広い笑いで

なくてはならない


それが 「ほほえみ」となるのである

ラーマクリシュナのほほえみは

世界をつつみ

未来を語っている

そのほほえみこそ 我等がゆくてである


1983.12.30.
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| 1983年 | 13:20 | TOP↑

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感じられない程の宇宙の笑い

波があった 波があった

波が現物 現象をつくるのか

永遠の未来と 永遠の今

そのぶつかり


消えた 消えたものである

永遠の未来が ワシの翼を

もつ 

そのかっそうの中へ

ぶちこまれる


大波がおきる

いや その大波こそ

それらのもとなのだ


時間は 波かもしれない

時間の原形は 波かも知れない


波 波 波こそ

消えたものの母胎なのか


その波に また宇宙構造の

基礎をなす

幾何学が入って来ると

世界はゆれる


太陽の爆発も

幾何学と

原形 母胎なる「波」との

混合

ふれ合い

「うたい」が

その爆発となっているようだ


宇宙も爆発しつづけているのだ

静かにみえても

それは 永い 永い

広い 広い 時間と

空間の中にあって

静かに みえているのだ


宇宙は 波という本体と

幾何学とのぶつかり合いで

大爆発をしつづけている


そして 彼等はそこで

笑っている  

それが宇宙の笑いだ


その笑いが 余りにも

大きくひきのばされているので

我々には見えないのだ

感じられないのだ


声は 声は

ずっとあとに来たものだ

心も  心も

ずっと あとに 来たものだ


1983.12.29.

| 1983年 | 15:46 | TOP↑

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