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ここは 天国 

ここは 天国

ここは 天国


ここは 透明

ここは 透明

ここは 透明


ここは 天国

ここは 天国

ここは 透明

ここは 透明


廻転軸をもって

廻転した世界

ここは とどまった世界


ここは 透明

ここは 透明


ここに とどまった世界

ここに とどまった世界

ここは やわらかい世界


透明で やわらかい世界だ

そして とどまった世界だ

61才誕生日朝に


1986.01.23.
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| 1986年 | 19:52 | TOP↑

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神示があって


1986年月1月18日の ラーマクリシュナ祭の

夜でした


僕はワニの眼の中から生まれたの

おなじみの 光司が

神話の中にいつもいるような 光司が

このソサイティの世継となるということを

神の神示で 知りました


ところが 私は

光司は まだ7才だし

その上の拓人もいるし

そのどちらが 僧になるか

今から わからない

拓人が なるかも知れない と


その神示をうけながらも

その時に なってみなければと

うかつに 受け止めていた


ところが ところが

その翌朝のこと

一つの異変がおきた

私をはじめ みんながすごく驚いた


朝のお祈りの時である

いつもはまだ 床の中にいる光司が

バタバタとかけつけて

チャダルをつけて 私のそばに坐った


いつもは余り 歌わないのに

この時だけは 歌を正確に歌う

この子は よく覚えているのだなと

感心させられた


ちゃんとかしこく 歌い終った光司は

いつもより ていねいに頭を下げて

ひきさがったが

まるで お坊さんが歩くように

ゆっくりゆっくり 退場した


私が チャタルをたたんで

台所に来たら 

光司は 台所にある本箱の棚に

椅子を 踏み台にして

一冊の本を選んでいた


とり出したのは うすぺたい

ラーマクリシュナの生涯という本だった


それを 母親のメアリーに

よんでくれという

むつかしい本なので

よく聞き入っていたが

ラーマクリシュナの 生まれた日付けになると

メモとペンをもって来て

それを ひかえはじめた


そがすむと 椅子にもたれて

瞑想をしはじめた

それが すむと 神殿にいって

ベルをならし

歌いはじめた


おおピュアー おおピュアー

あなたの名は ピュアー

私の名は ピュアー


それがすむと 一冊の部厚い

本をもってきた

それは キリストの聖書だった


それをあけて 英文を

すらすらとよみだした


少しよみおわると

この本を 自分の部屋に

もっていってもよいか

いつもよみたいから という


私たちは 更にびっくりして

光司の仕草を ただぼう然と

眺めるばかりだった


……思うに これは

私が昨夜 神示をうけて

誰にも いっていなかったが

自分としても まだはっきりと

受けとめていなかったから

それを 神が

この子は普通の子ではないのだと

私たちに 教えるために

その証しとして

今朝のようなことを

この子にさせたのだと

わかった


しかし その驚くような仕草は

その時だけで

あとは 元の光司にかえった


以前からも この子は

ラーマクリシュナの事や

神様のことを

ふいにいったり 絵をかいたり

していた


ついこの間も

ラーマクリシュナの神殿にいき

ラーマクリシュナの絵を 上手にかいて

その横に

おおピュアー おおピュアー

あなたの名はピュアー

私の名はピュアー

とかきつけていた


私の世継は

思いもよらぬ

こんなところに あった

まだ7才の この子に

神の子が ここに

誕生していたのだ


生まれて7ケ月のとき光司は

はじめて アメリカに来た

その後 2才と7ケ月の時

アメリカの永住権をもって

再びやって来た


プリスクールに入ったのが

2才と9ケ月の時で

プリスクールに2年間いった


その2年目のある日

この子はあまりやんちゃなので

頭がおかしいのじゃないか ということで

スペシャルクラスに入れられ

そうになった


その時 光司は知能テストを

うけたら

余りかしこすぎて

この子は 6才の知能がある

といわれた


そしてすぐ 幼稚園に入れろ

と言われ

普通の子より1年はやく

幼稚園に入ることになった


幼稚園には 2年間いて

1年生と今はなった


日本語も はっきり分からない頃から

プリスクールに 入っていたので 

耳だけは なんとかついてゆけた

ところが 家庭では

日本語ばかりなので

なかなか英語を しゃべれなかった


それが 1年生に入ってから 急に

英語がしゃべれるようになり

兄の拓人と 英語で遊べる

ようにもなった


また 英語のセンテンスも うまく

書けるようになり

単語も 他の子以上によく

知っているそうだ 


拓人が 科学者になるのだと

がんばっているので

光司も 科学者になるのだと

がんばっている


私が70才のとき

拓人が20才

光司は16才になる


1986.01.19.

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