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1986年02月 | ARCHIVE-SELECT | 1986年04月

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ピンボケの自分

ピンボケの自分

ピンボケの自分

礼拝そのものの自分


そのものの 世界


消えて 現われたものたち

礼拝 礼拝

礼拝だけが ある世界


いぶし銀のように 

それは 静かだ


はでやかでなく

可能性をもたない

ただ 礼拝だけがある

静かな世界だ


ピンボケの世界


はでやかさの 少しもないない

現実もない世界だ


消えて 現われた世界

神話そのものの世界

そこに 神話がある


1986.03.30.
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| 1986年 | 13:44 | TOP↑

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復活祭(イースター)

今朝 曇天となり

四年ほど前の

ピンボケのバラの時の

雨がふった イースターの事を

思い出した


ピンボケの世界が 見える

一面に見える

全宇宙に見える


神話が ここにあった

消えて 現われたもの

それが 宇宙だ

そこに ピンボケの影像が

見える


神話 神話

神話が見える


長い間 約半年間

私は 詩をかけなかったが

やっと それが書けたのだ


それは 神話をさがして

その実現を 

さがして

さまよっていた


だがまともに

それが かけたのである


「消えたものが 現われて

いるのでなしに

消えて 現われている」

と 見たとき

それが自分のものと なってきた


一たん消して あらわすのだ

消すとき 自分も消えるのだ

そして 現われてくるのだ


人間は一たん 消されねば

ならない 

それには 一たん宇宙を

眼の前のものを

消すのである

そして 現わすのである


「消えて現われたもの」

そこに 礼拝なる

透明なるもの

金線で おられた世界が

こまやかで

ピンボケの世界が

見えてくる


これが 神話だ

現実がない世界だ


現実がない世界だ

神話は それだ


礼拝 礼拝

礼拝の世界が見える


三月 三十日

復活祭の朝


1986.03.30.

| 1986年 | 00:11 | TOP↑

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金色の透明な線 声 体

礼拝という金線で 出来ている

それは 透明

消えて あるもの


消えて 現われたもの


神も 私も すべてのものも

消えたものが ここにあるのだ


それが 神話だ

神話の 実態だ


今 

ニコヨンの中国婦人のことが

分って来た


そこには 可能性というものが

全然なく

透明そのもの

礼拝そのもの

そして 今がなく

消えて 現われたものだ

からである


光に輝く はでなものがない

透明で 消えた光だ


現実のない 

現われてきた世界だ


神話だ

それが 神話だ


1986.03.29.

| 1986年 | 19:01 | TOP↑

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