FC2ブログ

1986年06月 | ARCHIVE-SELECT | 1986年08月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

遊び

遊び 遊び

細胞の中に 遊びを入れよ

遊び 遊び


遊びを細胞の中に 入れよ

遊びは神話

神話は遊び


歌いの中に 遊びを入れよ

遊びは半導体

遊びは空間

空間は遊び


遊び 遊び

遊びで 全細胞を入れかえよ


神話 神話

歌え 神話で

透明 透明

透明な角度

それが 神話だ


透明な河が ながれる




1986.07.20.
スポンサーサイト

| 1986年 | 13:29 | TOP↑

≫ EDIT

河は流れる

河は流れる

神話は 流れている
 
神話は 流れている


宇宙は流れている

それなのに 人間だけが 

たたずんでいるから

感情がでてくるのである


河は流れている

河は流れている

たたずんでいるものは

何もない

それなのに 人間のみが

ボーッと たたずんでいる


戦争をしたり

ばかな事を考えたり

感情に ふりまわされたりしている


動け 流れる河になれ

神話の河に


歌え 神話の歌を

生きた歌を


力強く 速いテンポで


1986.07.10.

| 1986年 | 22:31 | TOP↑

≫ EDIT

一寸のすき間もなく 歌おう

歌を歌おう

一寸のすき間もなく

歌を歌おう

神話の歌を


おどりが おどり出て来る

世界は 神話に つつまれてしまう

おどりに つつまれてしまう

歌に つつまれてしまう


狂気がくる 狂気がくる

これが 本当の狂気だ

これが 本当の理性だ

本物が 来たのだ

速いテンポとともに

いのちにみちた テンポとともに


神話が 

神話の歌が やってくる


歌え 一寸のすき間もなく 歌え

神話の歌を

1986.07.09.

| 1986年 | 10:47 | TOP↑

≫ EDIT

神話から歌う

神話から 歌をうたおう

神話から 歌をうたおう


神話という一つの  生きものがある


神話は 神話という状態でなく

神話という一つの生き物が

あるのである


その生き物をとらえ

それから 歌うのだ


歌のテンポは 速くなり

歌に元気がでてくる

体がゆすれ はぎれのいい

歌がとびだす


まるで 神話が歌い

おどっているようだ

自分がなくなり

神話そのものが とび出し

それになっているようだ


神話の実現が いよいよ

本物になりつつある

ありがたいことだ


はぎれのいい歌 

テンポの速い歌

なんと気持ちのいい事なのか


歌そのものが ふるえている

生きている

力づよく 生きている


これが歌というものだ

歌も 一つの神話だ


速いところと ゆっくりしている

ところが

はっきりあらわれる

強弱が はっきりしている


神話が 神話をうたう

河が流れる

それが歌だ


天の川が わらっている

これが わからなかったのかと


1986.07.09.

| 1986年 | 00:54 | TOP↑

≫ EDIT

低次元から目醒めよ

創造 創造

この世には 創造というものは

ないのである


この世には 創造というものは

ないのである


創造があると とらえるのは

低次元の 考えである

それは平面思考の産物である 


この世を平面と とらえると

はじめがあり おわりがある

それは 平面思考で

二次元世界である


人類は今や

平面宇宙でなく

立体宇宙であることを 知っている

それにもかかわらず

宗教のいうところの

創造主崇拝は

おくれた考えである


創造主というものは

ないのである


子が親から 産れるが

この親は どこから産まれたので

あろうか

平面思考のあやまちは

そこかしこに ある


ところが 宗教経典は

今だに 人類の眼を

ごまかしている


もし 創造というものが

あったとしても

それは感覚的なもので 

その奥に何かがあることを

知らねばならない


そこには 幾何学がある

神でも 創造主でもないものが

その奥にある


ところが 

その幾何学への 目醒めは

今にはじまったのではない


その歴史は古く インドにおいて

すでにそれが 説かれている


この宇宙は 創造主によって

うまれたのでなく

創造と破壊と保持という

三つくみ合わせによって

できたのであると いわれている


これは幾何学を知ったインド人の

最初の英知である

それにもかかわらず

インド人は それを忘れ

こんとんとした 宗教思想を

展開してきた


インドのみでなく 人類あげて

それに目醒めねばならない

時代はすでに 幾何学の時代に

本格的に 突入しているのである

おくれをとっては ならない


愛も 同じことだ

幾何学の 透明な角度の中で

人間よ 生きよ

最高の目標 

宇宙根源との 結合と

神話の実現を

めざして


1986.07.03.

| 1986年 | 14:48 | TOP↑

≫ EDIT

こわれた腕時計をもつ男

「愛」という宗教用語は

低級な用語である


人間関係において

「愛」が必要だと いいはじめた

のは

低級な考えである

しかし それが過去何千年も

つづいてきた


「愛」をといた それらの人々は

悪意をもって 言ったのではないが

それは 低級な言い方であった

なぜなら その用語は

つけ薬のようなものであるから

科学性が少しも入っていない


科学しないで 心の世界で

そのつけ薬を みつけたのである


それは 一種のまじないの

言葉のような用語である


宗教には 呪術信仰の時代と

いうのがある

印をむすんだり 呪文をとなえ

たり

そういう非科学的な 宗教時代が

長くつづいた


しかし この愛という

まじない信仰は

真理だと思いこんで 今だに

それがつづいている


人類はそれでは 助からない


そんな呪文信仰から

神秘思想へと うつらなければ

ならない

科学性のある時代へと うつらねば

ならないのである


ところがインドでは すでに

何千年も前からその神秘思想へ

突入していたにもかかわらず

科学性が足りなかった


しかし時代は そのねむりを

そのままには しておかなかった

科学時代へ 超科学時代へと

光速のはやさで のびてきた


愛の つばさは

印の つばさは

まじないの つばさは

無用のものとなり

光速のつばさに 人は

乗らねばならない事を

知ってきた


人間の細胞は

動いているのである

透明な角度をもって

光速以上のはやさでもって

うごいているのである


ここに 一人の男がいた

その男は 腕に古い古い

時計を

はめていた

それは 古さの故に

すぐ 止まった 


男はそのたびに

また止まったと いいながら

その時計を コンコンと

たたいた

すると その時計はまた

少し動きはじめた 


しかし また気がつくと

その時計は 止まっていた

そこで 男はまた

あきもせず その腕時計を

コンコンと たたいた

時計は 動きはじめた

男は満足げに 歩きはじめた


愛という 古いまじない用語は

透明という用語と とりかえ

られねばならない


愛情深い人間に なろうと

するのでなしに

透明な人間に なろうとしなければ

ならない


透明な角度

それが 人間の本姓なのである

コンピューターは 透明な人間の

細胞は 動きつづける

光速以上の スピードをもって


1986.07.02.

| 1986年 | 13:37 | TOP↑

| PAGE-SELECT |