1986年12月 | ARCHIVE-SELECT | 1987年02月

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花が咲くと

花が咲くと 香りが出てくる

花が咲くと 香りが出てくる


香りは 花がひらいた

あとに 出てくる


人は 天上のブラフマンに

花さくと

香りが出てくる


香りはさきに 出てくるもの

ではない

香りは

あとに 出てくるのである

人は 人間と人間との間で

香り高い人間に

なろうとする


しかしそれは まちがっている

香りはたんなる間(ま)の中に

うまれてくるのではない


天のブラフマンに 花さけば

香りは 香りは

神話の香りは 出てくるのである


1987.01.11.
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| 1987年 | 14:19 | TOP↑

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詩情

詩情がふってきた

それが 時間と空間となった

詩情がふってきた

それが 時間と空間となった


宇宙は 詩情ぞのものである

宇宙は 詩情そのものである


人間の

詩情は 神をつくった

詩情は 精をつくった

花の精 樹の精

水の精 雪の精 

空気の精 等々と

神と精を そこに置いた



それらは 生きはじめた

詩情は ピュアーの入口

ブラフマンが ふりそぞがれた

ものだ

ピュアーの権化なのだ


詩情は 美ではない

美の世界は 感覚世界の

ものだ

詩情は 美の世界のものとは

ちがう

それよりはるかに 根源的な

ものだ


詩情は 遊びそのもの

半導体的そのもの

ぴんぼけそのもの

幾何学そのもの

ゆれうごく 線だ


みつばちが 蜜をみつけて

とびさるように

よろこびにみち

ふるえている 透明な線だ

透明な角度だ


角度とは 幾何学的ふるえなのだ

透明なる

ふるえは 詩情であり

美は そのふるえではない


詩情は 透明な幾何学的

角度をつくる

神話はそれだ


宇宙は その神話にみち

あふれている


インドの シャンカラ一元論には

詩情がない

哲学だけだ

美学は 愛をうみ

やさしさを説いた


宗教が 美学に入ったら

もうおしまいだ


宗教は 科学そのもの

詩情そのものだ


1987.01.03.

| 1987年 | 13:25 | TOP↑

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