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1991年02月 | ARCHIVE-SELECT | 1991年04月

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ヴェーダーンタ拳法と神話実現法

連続と非連続

宇宙はこれによって 成り立っている


武道の 武は

道は それに属している

それが又 神話実現の鍵でもある


武の右半分は 才の字で

これは フォースという意味で

左半分は 止で

止まると スピードを意味する


止める事 それと力である

止める所から 力が出てくるのである

いわゆるエネルギー スピード


真なるエネルギー

宇宙的な生命力 これである


これは 止めるところから

出てくるのである


止めないで 連続的に人間が

生き動いていると

人間から はなれる事ができない


いわゆる 本当の力ある

人間になれない という事である


止めること 止まること

うろつかない事

連続的でない事


止め そして そこから

発進すること

それが 拳法の極意である


スピード 力 生命力が 

そこから 出てくるのであ


拳法は ただ単に

相手を たおすだけの

ものではない

道とはそれだ


剣道 柔道 華道

茶道 書道

すべて 道のつくものは

宇宙と合一し

そのものとなることを 教える

ものである


これを 道という

その道には 武が必要である


武とは 道の極秘をそこに

秘めている


いわゆる 連続と非連続であり

止め そこから 発進するのだ

それなくしては

いかなる道も 道たり得ない


……という事は

人間が 人間となれないという   

事である

書道にしても 華道 茶道にしても


止め そこから発進しないと

いい字がかけないし

いい花の活け方

いい茶の立て方も 出来ないのである


それらの事によって 人間は

人間となるのである


武士の武という文字は その

秘をそこに かったっている


私が いつも言うように

歌をうたうにも

前方に 歌という生き物をおいて

そこから 発声せよとあるが

それは 止めの中からの 

発進 発声である

その声は 神の声であり

宇宙的な声となる


人はいつも 自己と一つになり

自己から 離れていない

この自己は 無我になれない自己

であり

感覚 感情にまどわされている

リアルな自己である


神話は リアルな中には

ないと

私は言うが

神話は アンリアル 即ち

非連続の中からでないと

あらわれてこない


それを昨夜 分かったのである


神話実現は ものすごく 

むつかしい道であった

こんな難しいものはなかった


……がこの連続と 非連続の

秘法をもちいたら

可能になるであろうと思う


それには 連続と非連続の

拳法をする事

そこから はじめる事である


それにより リアルな連続的

自分から

非連続なアンリアルな自分に

かえれる

これが 宇宙に入る方法である


自己の肉体のリズム 意識すべてを

アンリアルな世界に

もどさなければならない


神話の高みに のぼらねば

ならないと ハイネが言っているが

その

高みにのぼるには この

連続をやぶる 非連続法に

あった事が分ってきたのだ


よし やってみるぞ

それは とても面白い


すべての道が 今まで

人類が 無にしてきた道が

ここにまとめ上げられそうだ


道たる道が


道とは 自己実現

神話実現を 意味するのだ


1991.03.02.
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