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1994年01月 | ARCHIVE-SELECT | 1994年03月

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下僕となれ

そこに透明なる線を見よ
そこに透明なる角度を見よ
先ず人間は誠実でなければならない
それが為には尽くすことである

ラーマクリシュナが 賤民の家の床を頭髪で掃いたように
尽くせ それが全てだ
考えを全て失くせ 失くして尽くせ

尽くさないで 考えてばかり人はいる
それでは いつまでたってもダメだ

神の声も 透明な線の声も聞けない
贈り物としての 自己の本性を忘れるな

教師は教壇に立って 教えることばかりしないで
生徒の足の汚れをふいてやれ
宗教家は説教ばかりしないで 信者の足のほこりを拭いてやれ
警察官は 犯人をとらえて叱ることばかりしないで
犯人の足のほこりをぬぐってやれ

そうしないと 世の中は良くなってこない
人は下僕となる事を忘れて 平等だとか 自由だとか 
権利だとか そんな事ばかり言っている

人の下僕となれない者は 神の下僕にもなれない
神の下僕になれない者が 神を造って何になるか
人が 人の下僕になれない者が 子供をつくって何になるか
悪が悪を増やすだけだ

本当の自由は尽くす事である
本当の平等は尽くす事である
その中から得れるものである

魂の自由と魂の平等
外観だけの自由と平等
法則の上での自由と平等
荒い波動は自己を失う

1994.02.18.
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| 1994年 | 09:51 | TOP↑

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頭の力をぬけ

ローマのパンテオン建築
ジェファーソンのモンティチェロを思い浮かべよ
ジェファーソンの建てた家の天井に穴が開いている
ローマのパンテオンも穴が開いている

その穴には力がかからない
だからパンテオンは何千年たってもつぶれないのだ
それは人間に力をぬけという事を教えている
力で進む者は 力で進む国はいつか滅びる
力を抜けと それ等は言う

力をぬいて零になれ
零になって そこから出発だ
零の地点は 時間のない世界だ
零にならないと 時間の世界を抜ける事はできない

宇宙の根源 ピュアーな世界には結果はない
我々はいつも結果を求めている
結果を求めない零の地点を心の中に作れ

結果の中で生きているから 人は怒りをもつのだ
いかなる結果ももたず 手助けとして ヘルプ者として
訪問者として人に尽くせ

変身 変身 変身者として上につっ立て
上の世界には結果はない

結果を求める世界は下の世界である
悟ろうとする事もやめよ
神を仰ぎみる事もやめよ

神と共に遊べ
神の肩をマッサージし 神の足をさすってみよ

光司の言ったドングリの水泳ぎ
魚の為に樹の枝を全部 取り除いてほしいという心
それを幼稚な子供の心と思わず それを天上に乗せてみよ
下でそれらを扱ってはならない
上でそれらを扱え
自己の内なる大宇宙が動いて来る

下から上を仰ぎみてはならない
下に留まってはならない
その習慣をやめよ
それは今日までの 果てし無く苦の続く精神文明である

上につっ立て
贈り物として つっ立て
今までの理性は崩れ 新たなる理性の世界がやって来る
力をぬいて 大雨の中に立ってみよ

1994.02.08.

| 1994年 | 13:19 | TOP↑

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弱者から強者になれ

宇宙の中心に立て
宇宙の中心は誰の中にもある
宇宙の中心に立て

その中心は大宇宙を動かしている
おお 強力なる者よ
強力であると同時に ヘルプ者として立つのである

おお 透明なる角度で織られた者よ
透明なる線は求めることなく ヘルプ者の角度である
ヘルプ者として立つこと 訪問者として立つこと

今日までの精神文明は 常に下から上を仰ぎ見た
いつも受けよう 登ろうとしてきたのである
それが求めを生み 弱者を罪人という観念を作ってしまった

下でなく 上に立つのである
宇宙の中心 根源に立つのである
不動であること 求め歩かないこと
弱者はいつも求め歩く
自己のなすべき事を忘れて求め歩く

クリスチャンゴットロープハイネが言ったように
神話は神話的物語の中から探していっても 見付からない
それは下にいて 下にある物の中から何か高いものを 
見つけようとするのは主客転倒であると

常に上にいる事だ
神話の高みに立て と彼は言っている

西洋には多くの神話学者がいるが そのほとんどは
下にある神話的物語の中から 神話を探し出そうとする
それは大変間違っている

宗教も 哲学もそうだ
常に 下から上へ登ろうとする
それが今日までの精神文明を作ったのである

1994.02.06.

| 1994年 | 17:14 | TOP↑

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色彩の奥にあるもの

構図 構図
構造 構造
透明なる構造

宇宙の中心に立って
ワシの翼を拡げよう
芸術の翼を拡げるのだ

上下運動する翼は
構図を描く

数学も 科学も 宗教も
全て 芸術の世界に到達する

構図 構造こそ芸術のゆきつく所
それは感覚的な美の世界を越えている

色彩を越えて
その中にある透明な角度を見てとろう

飛ぶもの 色彩も飛ぶもの
構図の世界を 翼を拡げて飛ぶもの
透明な角度がそこにある

1994.02.05.

| 1994年 | 22:49 | TOP↑

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地上をうろつくな

構図 構図
構造 構造
透明なる構造

宇宙の中心に立って
ワシの翼を拡げよう

上下運動する翼は構図をえがく
透明なる構図は羽ばたく

水たまりに落ちたドングリは
波紋を描いて
宇宙の大海を泳ぐ

神話は生きている
太陽は 生きている

宇宙一杯に翼を拡げよ
地上をうろついてはならない
知識のみの世界は 
地上をうろつかせる

1994.02.05.

| 1994年 | 17:11 | TOP↑

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瞑想学

古くから形而上学と 哲学という二つの学問があった
しかし これだけでは不完全である
それに メディテーションという学問が加わらねばならない

メディテーションとは 静かに坐って
考えをめぐらすばかりの事ではない
メディテーションとは 哲学と反対で
考える事をやめるところから始まる

考える世界より 考えない世界に入ってゆく方が
はるかに深い世界をつかむことが出来る
考えず 静かに眼を開いて坐るのである
自己を宇宙の中に入れ 宇宙を自己の中に入れるのである

そこに見るものは 透明な線
透明な角度で織りなしたピュアーで詩的 神話的な世界が
現れて来る

知識の世界ではない
体験の世界である
体験する学問が必要である

トランスパーソナル
自己を越えた世界への学問
メディテーションは一つの学問である

1994.02.01.

| 1994年 | 10:30 | TOP↑

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