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1994年06月 | ARCHIVE-SELECT | 1994年08月

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静かな躍動をもて

言葉を失った者は

幸いである

言葉を失った者は

幸いである


宇宙の もとのもと

自己の もとのもと

それは 静かな躍動である


その静かな躍動と 言葉とを

とりかえよ


知識と 静かな躍動と とりかえよ


それは 詩的 神話的躍動である

さわがしい 躍動ではない


大きな音を立てるのは 躍動ではない

それは 狂気だ


世の中には 狂気的な躍動をもって

よろこんでいる者がいる

それは 本質的な自己を こわしてしまう


芸術とは そんなものでなない

音楽にしても そうだ

言葉と音を 芸術化せよ

詩的な静かさをもて 静かにもえよ


1994.07.27.
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| 1994年 | 22:12 | TOP↑

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躍動の世界

知識の世界と

躍動の世界とは ちがう


科学者は 知識の世界を 

歩き通すが

時には 躍動の世界に

ぶつかる事がある


その時そこに 詩をみつけ

神話を みつける


そして それを筆にした時

それを書きつけた時

彼は 根源への足場を

一歩かためる


知識のみの世界を

この世に ひろうしてはならない

人も 社会も 宇宙も

躍動そのものである


大切な躍動の世界を 提供する

ことを忘れるな


1994.07.27.

| 1994年 | 21:42 | TOP↑

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意味なき永遠の舞の世界がとぶ

未来とは 透明な翼の

上下運動である


そこに透明な幾何学の

角度がある

夢は そこで永遠に

織りなされていく


神話は それだ

それが 神話だ

透明な幾何学の 織物だ


道端の石ころ 一つにしても

野の草花 一つにしても

それらは全て 翼をもっている


知的に意味づけた

かたまった世界は そこにはない

かためると その翼は折れてしまう

花はしおれ 色あせて 種を絶やしてしまう


神話のない未来時間は ありえないのである

翼なき未来時間は ありえないのである


神話は 飛ぶもの 導き入れるもの

意味づけをもたない

永遠の彼方に 導き入れるもの


ソフトで 不動で 

そかも 飛んでいる


人々の耳に それが

ささやきとなって ふれ 

伝わってくる


自己は それに とりことなって

自我そのものが 停止してしまう


恍惚がくる

恍惚がくる

狂わんばかりの 恍惚が

死にたいばかりの 恍惚が


それ以上の至福が

どこにあろうか


自己は 至福のかたまり

言葉をそこでは 失う

神話のバイブレーションに ふれた時


しかも それが 一面に

そこいらに 散らばっている


1994.07.15.

| 1994年 | 21:03 | TOP↑

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宇宙はチャチなもの

もし 「神」がいたとしても

この人間に かかわったり

宇宙に かかわったりしているうちは

小さな チャチなものだ


人間にも 宇宙にも 関係なく

かかわりを もたないものがいる

それこそ 「神」と名付けられるべきだ


しかしそれは そんな名称のつけられる

ものでもなく

インドではそれを 「ブラフマン」といっている


「ブラフマン」は 神ではないのだ

神をも 越え

神にも かかわっていないものだ


この宇宙は 大きいから

人間は 宇宙に関心をもち

宇宙は 偉大なものだとか

それをつくった神が 偉大だとか

考えたがるが……


こんな宇宙は 一人の人間がいるのと

同じくらい チャチなものだ

人間は短い間に 生き死にするので

弱いものの様に 思われているが

宇宙だってそうだ


その広さと 時間が

大きいというだけの ちがいだ


有る者 存在するものは

すべて チャチなものだ

それに気付けば

そんなものを 越えたもの

それに 目をつけるであろう


人間は 近視眼的で

宇宙というチャチなものに

ものすごく 興味をもっている


存在する小さいものにしろ

大きいものにしろ

そんなものに かかわりをもつな


それ等を 越えたもの

外なる宇宙

それに 目を向けよ


そこには 大きい翼をもった

大鳥が とんでいる

その大鳥に またがれ

その羽の 動きとなれ


透明な羽の 動きとなれ


1994.07.15.

| 1994年 | 11:04 | TOP↑

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人を束縛するもの

人間のもつ 「愛」という言語は

広い意味にも もちいられるが

恋人とか 夫婦という場になると

それ以外の人を愛してはならない

という

愛になってしまう


愛が人を 束縛するのか

人が「愛」という「用語」に 束縛されるのか

その使う場によって 愛は

やっかいなものに なってしまう


この用語は 人間を今まで

身動きも出来ない場へと

おいやってきたのだ


これからしても その用語は

普遍的なものでない事が わかる

そんなまやかしの 真理らしい言語で

なしに

本当に人間を 自由にし

本当に人間を 幸せにする言語が

なければならない


それが 透明という言語である


1994.07.14.

| 1994年 | 08:36 | TOP↑

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言葉を失う者は 幸せである

何かに 「ゆだね」られていないから

頭が 動き

自己が 動き

「言葉」を 使ってしまうのである


例えば 刀を腰に持っているのと

同じである

それを使って 何とかしようとする


それなくしても 他の方法が

あるはずである


身を 守ろうとしたり

その場の出来事に 対処しようと

する


そういう反射的運動が

言葉によって なされる


言葉を 使わないで

何とかならないか


その出来事によっては

言葉なしに 

すませられることもある


言葉を失った者は 幸せである


大事なものに

大事な事に

心が 統一されていないと

言葉は むだに動きはじめる


統一する事

統一する事


光の線

宇宙を つらぬき

宇宙を 構成しているもとのもの

透明なる角度に

意識を 集めておれ


それがすべてだ

それから ずれてはならない


複数や 複雑の中に 人は

まぎれ込んでいる

神話の中に 住んでいない


人は失敗の連続を くりかえして

社会をつくっている

失敗社会はふくらむばかりだ


1994.07.12.

| 1994年 | 23:22 | TOP↑

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宇宙の持つ夢

宇宙の持つ夢を

自分も もっている

存在すべてが もっている


宇宙の持っている 夢を

自分も もっている

存在すべてが 持っている


宇宙の持っている 夢を

自分も もっている

存在すべてが 持っている


自分も 夢で

神話そのもの

存在すべてが 夢で

存在すべてが 神話そのもの


その閃きの中で

すべてが 消える

そしてそこから 神的なもの 「それ」が

現われてくる


その時 我々のコンピューターは

その整いの中で

神秘な活動をはじめる

人はそれを 呆然と

ながめる

驚きの もとに


1994.07.03.

| 1994年 | 09:29 | TOP↑

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