1995年01月 | ARCHIVE-SELECT | 1995年03月

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真実しかない

この世は 零と 次元と 点と 線の

組み合わせによって 成り立っている


点も 線も 面積をもたない

点は 零次元であるが

線は 零次元と 一次元の同時存在物

である

二次元も 縦と横の平面を 意味するが

縦と横そのものが 零次元の産物である

高さも その通りである


現にこの世には縦 横 高さ 時間という

ものがあって 四次元をつくり出しているが

これらすべては 零次元即ち 点と

線の産物にすぎない


真実なものは 点と線の存在しかない

その他の次元は 確かにあるが これらは

学問上の記号にすぎない


幻影にすぎない記号というだけの

事である


あるのは 零次元の真実のみである

世界は 真実なる零次元の上に

幻のような 影のような 幻の花が

咲いているのである

そこに遊戯がある


真実なるアンリアルなものが

幻なるリアルなものと 同時存在して

踊っている


多様性もその通り

神話であり 舞である

語らいである


完全と不完全の組み合わせ

同時存在

神話は このピンボケの中から

現われてくる


1995.02.28.
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| 1995年 | 10:44 | TOP↑

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すばらしい次元に生きよ

鉄骨が地上に ころがっていた

その鉄骨が 地表に建てられた


一次元的な存在から 二次元的

存在になった


それが更に 多くの鉄骨と

組み合わされた

それは 三次元的存在 四次元的存在

となった


そこに 一つの花が 開いたのである


歌も歌われ それに更に 語りかけ

がなされると 次元が変わってくる

組み合わされの次元だ


人が その辺にある事物に語り

かけると

次元がかわる


月や 太陽や 大地や

星々 時間 空間

点 線 角度にも 語りかけてみよ


宇宙的な次元に 自己が

進展してゆく


そこに ただあるだけでは ダメだ

まして そこにありながら

つまらぬ事を 考えていたのでは

更によくない


つまらぬ者が 組み合わされると

家をつぶしてしまう


無駄口をたたかず 破壊的なことを言わず

消極的な事をいわず

ただ 宇宙的笑みをもって 黙々と働け

その零の次元こそ 大切である


その零の次元にこそ 真実の世界が 

内臓されている


1995.02.25.

| 1995年 | 10:39 | TOP↑

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独走は許されないのだ

宗教も 科学も 教育も

政治も 経済も

すべて詩と神話に 結びつか

ねばならない


そうでないと 本物にはならない


樹の枝も葉も 花もすべて

それらは独走していない

何千年も生きている樹は

がんとして 宇宙とも統一している


人々の心が 詩と神話に輝いて

おれば 国境があっても

民族に世界が 分かれていても

すべて平和にゆける


独走から結合へと移らねば

樹は枯れてしまう


1995.02.24.

| 1995年 | 22:39 | TOP↑

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世界商品

物と語らうことは

透明をつくる

語らいは 遊戯である


語らいは 吸引力に入って

ゆくことである


歌う中に 語らいを入れよ

手が上ってくる

その歌声に 語ってみよ

手が上って 踊れてくる


本格的な 踊りがはじまる

歌っているその歌声に 更に

語りかけるのだ


それは 二重構造になるからである

それは 三重になっているのかも

知れない

幾何学的な世界だ


透明な線と 角度がそこに

飾られ

その存在の意味としての

踊りがはじまる


重なりの 幾何学的構造の中から

本当のものが 創り出されるのだ


経済も 一重構造でなしに

二重 三重に 国境を越えて

他の国民の企業と 手を結ぶこと

そうしないと 世界商品とはならない


国境はあっても 詩と神話が

人と人の 企業と企業の 結ばれを

つくる

透明な心でなければ

その結ばれは つくれない


企業が 遊戯化されてくると

世界は 真に繁栄する


語りかけ 語りかけは

掛け橋である

物が 二つが 一つとなって

動き出すのだ

その時商品は 世界商品となる


1995.02.24.

| 1995年 | 13:11 | TOP↑

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求道をやめて蜜さがし

蜜のない花は つまらない

蜜のない人間は つまらない

誰もそこに 集まって来ない


蜜とは 知ではない

合理や 論理をならべ

たてることではない


蜜とは 甘いもの

詩と神話は 特別に

甘い


詩と神話を忘れた人間は

合理だけの虚構を きづき

自己を守ろうとする


求道も 自己を守り

救われようとする

一つの 形である


求道や 理論をいいかげんにして

蜜をもとう


学問のすべては その蜜さがしに

あるのだ


蜜は 甘いよ


1995.02.24.

| 1995年 | 13:08 | TOP↑

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物理的な行為から

単純な一つの事に うち込め

そこから透明が つくり出されてくる

透明 透明と思っても だめだ

単純な事を 一つでもいいから

続けてする事である


例えば 朝起きて 食卓に向った時

卓上のフォークに「お早う」とあいさつ

する

又は机の上や 窓ガラスをふくとか

何か勢を出して 歌を歌うとか

語りかけるとか


すると 透明になってくる

知的に考えたり 精神的に考えたり

するだけでは 透明がやってこない


必ず 何時に五体を倒して

全宇宙を礼拝するとか

一つ決めた事を する事である

そんな 「絶対」にするという「絶対」を

もつことである


本当の透明は 物理的な行為の中から

じわり内らから 湧き

にじみ出てくる


1995.02.22. 

| 1995年 | 11:33 | TOP↑

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夢そのものの宇宙 

夢そのものの宇宙

その中に 生きているのである

それなのに人は かたい宇宙を

つくろうとしている

理論の合った 一定の宇宙を


私たちは 「夢」のかたまりである

花と蝶が 一つであるように

人間も それらと一つであり

相互作用の遊戯を くりひろげている


我々は あらゆる相互関係の中に

「夢」の蜜を すって生きている


はねのけ合い うたがい合い

きずつけあっては ならない


真実な「夢」は 真実な花である

花はいつも 透明で ピンボケで

消えた構図を もっている


蜜は その消えた構図

消えた構図こそ 蜜である


その蜜からは 何らむつかしい

解答は 出てこない


解答は 出てこないが

それが宇宙を 動かしている


解答を出すような学問は

花に対する 塩水のようなものだ

夢のない しぼんだ人生を

つくってしまう


真実な花 

真実な花 「夢」

これが 本当の花なのである


1995.02.19.

| 1995年 | 08:34 | TOP↑

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神秘なる存在 宇宙

時間は あるように思うが

時間というものは ないのである


刻々と 時をきざむような

時間は

それは物理学的に 必要とされ

かりに作られた時の流れである


我々はたしかに 何かの流れの中に

生かされているが

それは 夢という流れの中に

ただよっているのである


空間というものも あるようだが

ないのである

それは 単に物理学的に 

そういう名称でとらえないと

つじつまが合わないからである


その空間も 夢そのものである

我々は 夢という流れの中に 

ただよい

生きているのである


蝶が 花から花に 

蜜を求めて とびまわるように

我々は 夢の蜜の中を 

とびまわっているのである


相対と 異質の同時存在する 

この宇宙の

幾何学的神秘の中に 

身をゆだねよ


1995.02.18.

| 1995年 | 11:21 | TOP↑

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けがれなき赤トンボ

赤トンボ 今年も同じ

赤トンボ

人間だけが よごれゆくなり


人は年に 月に 数を重ねる

たびに

よごれてゆく

そのよごれを とり除く

最良の道は

太陽 月 大地

それらを 礼拝し

それらとの線を

結ぶことから始めよ


人間にとってこれが 一番大切である

それを 忘れると

自己なるコンピュータがこわれ

別のものを 探しにゆき

更に けがれる


透明なる角度

先ず そこから

さずかってゆけ

自己の全身を それにて

整えよ


太陽 月 大地に 手を

合わせていると

必要な真理は 自然に

開かれてくる

自己が 開くのでなく

先方から 開かれてくるのである


すると 

透明なる自信の翼が のびてくる


透明なる翼の勢は エネルギーをつくり

個有の時をつくり

永遠の至福の中に 自己を導く


手を 合わすこと

太陽と 月と 大地に

手を 合わすこと 

これが 神話の一つの儀式

である


神話は 儀式をつくり

儀式は 神話をつくる


赤トンボ 今年も同じ

赤トンボ


人間だけが

よごれ

ゆくなり


1995.02.17.

| 1995年 | 13:07 | TOP↑

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語りかけること

語りかけること

これは 掛け橋となる

語りかけることによって 

同じ位置になる


すべてに 語りかけると

すべてを 友とする

同じ位置に立つと 自己は消える


消えることが 神話である

自我が消えると 神話が現われてくる


語りかけは 吸引力に入ってゆく

事でもある

その開かれた世界に入ってゆくと

自己は消える


人はいつも 閉ざしている

宇宙とも 物とも 人とも 道具とも

相対的である


物が 相対的に配置されている

本当の意味は

一つを意味し 語りかけを意味し

遊戯を意味し

夢を意味している


1995.02.11.

| 1995年 | 12:53 | TOP↑

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